1時間18分 前
シオーネ・セベレは、することがなかった。
王位継承137位という立ち位置が微妙というのもあったが、セベレ自身が政治にあまり興味がなかったことのほうが原因だろう。トンガの国民のことも考えないわけではなかったが、アレシボ茶会の仲間たちのほうに興味が向いていた。
セベレにとっては、セドリックやパレアナみたいな人種は、天才すぎて、そもそも自分の人生に関係があるなど考えるのすら恐ろしかった。茶会の仲間にしてからが、たとえばステイなんかは同じ王族同士だからと、向こうは気にかけてくれていたようだが、土台、素質が違う。次期国王の声すら上がるステイと、そもそも王族であることすら忘れられがちなセベレでは、格が違う。
たぶん、俺に施されたデザイナーズチルドレン施術は失敗だったんだろう、とセベレは思っていた。脳容量は増大してるし、なにより生き延びているんだから、お前は成功例だ、と教授は言うわけだが、そもそも他の仲間と頭の出来が全然違うのだ。
ただ、頭の良い連中とつるむのは、セベレにとって心地よいことだった。理由はわからない。仲間の誰もがセベレを対等に扱っていた、というのはあると思う。セドリックですら、セベレを馬鹿にしたことはない。もっとも、セベレがセドリックの視界に入っていなかったという可能性はあるかもしれない。
ただ、まあ…、
月見台に向かう、という今回の企ての中で、アレシボ茶会はバラバラになってしまった。亜空間を通って行った者たちとは連絡が取れない。ボロルマーとマルティナは南極から帰ってきたが、あまり口をきいてはくれなくなった。疎遠になったわけではないが、共通の目的のようなものは無くなってしまった。
ボロルマーはアイジュマルの理論は正しかったと言っていた。
マルティナはゲートが開いたのを見た、と言った。
何故、向こうに行かなかった、とは聞かなかった。セベレも行かなかったから。
セベレの目の前から亜空間ゲートを通っていった3人については、何もわからない。亜空間群体で包まれた月見台には亜空間ゲートを通してのアクセスしかできない。つまりセベレには何もできない。
うまくやってるんだろうか? セベレは思うが、心配しているわけではない。あいつらなら上手くやれるだろうという漠然とした気持ちがある。駄目なのは俺だけだし、俺がいないのなら問題はないだろう。
セベレはすることがないが、セベレの周りはそうではない。シンガポール大学からアイジュマルが取り付けた装置をどうするか問い合わせが来ていた。そのまま放っておいてくれ、とセベレは言った。大学の方も何の装置なのかすらわからなかったので、セベレの言うとおり手出しはしなかった。それをセベレは思い出した。
装置そのものは南極基地と亜空間ネットワークで接続されているのだが、操作端末は普通のデジタルネットワークを介して接続されている。
月見台に向かうゲートを開くのにアイジュマルが使っていた端末は、セベレの机の上に放り出されたままだった。
何の気なしにセベレは端末画面に視線を向けた。チャットウインドウが開いている。
ーー誰か、お話ししませんか?
何かのA Iヘルパーでも動いているのだろうか、普段なら気にも留めないが、ほんの気まぐれで、セベレはチャットウィンドウに向かってタイプした。
お前は誰だ?
「いきなり誰だとは何ですか」端末が声を出した「そう言う時は自分で名乗るのが先でしょう。失礼な人ですね」
「ああ、すまん。働いてるとは思わなかったんだ」セベレは驚いて謝った「俺はシオーネ・セベレ。この端末はキュービット1Mとの接続に使っているのだと思っていた。あなたは誰だい?」
「そのキュービット1Mです」キュービット1Mは答えた「シオーネということは、アイジュマルやジャックの友だちですね?」
「そ、そうだ。そのとおりだ」セベレはますます驚く「ジャックは…、彼らは、大丈夫なのか?」
「大丈夫ですけど」キュービット1Mはやたらハキハキとしゃべる「忙しいらしいんですよ。これから亜空間を介して軌道離脱するらしいんで、むこうも大変なんです、ってオールインワンが言ってました」
「軌道離脱? 何が離脱するんだ?」
「ヒスパニオラですよ。L1にあるやつ」
「ヒスパニオラ?」
「ええ、ヒスパニオラです。いったん月見台との亜空間フィールドを切って再接続するんです。その間、不安定だし、むこうも忙しいから、話しかけないようにしてるんです。軌道再設定がすめばまた話してもらえるだろうし、だから、いまはビルと話してるんだけど、ビルは…、ビルは話すのが苦手らしくて、あまり、その…、いや、気をつかってくれてるのはわかるんだけど、他の人と話すほどには楽しくない」
「ビル? ビルっていうのが、キミの相手なのか? ビルもコンピューター?」
「え? ビルはあなたたちの友だちでしょう? アイジュマルとジャックと一緒に行った。彼は天体宇宙船じゃなくて月見台に行ったけど…」
「ビル…、ウィリアム、ティルフィアか?」セベレが叫んだ「ティルフィアがいるのか?」
「ここにはいませんよ」キュービット1Mは淡々と答えた「ここは南極です。ビルがいるのは月見台。地球の自転を考えなければ南極と月見台の相対位置は変わらないから捕捉し続けるのは簡単です」
「そうか、ティルフィアは月見台に…」
「話してみますか?」
「え?」
「ビルと話したいですか?」
「も、もちろんだ。頼む」
一瞬の沈黙の後、端末にウインドウが開き、人の顔が映る。
「なんだ、シオーネじゃないか。何か用か?」
セベレは驚きの連続だった。ティルフィアだ。ティルフィアがリモート接続で顔出ししている。そしてセベレのことをシオーネと呼んだ。ファーストネームを呼ばれたのは初めてだと思う。
「用ってほどのこともないが、お前、いや、みんな元気か」
画面の中で、ティルフィアは少し考えている風だったが、やがて口を開いた。
「そう言えば、こちらの動向はそっちにまったく伝えていなかったな。悪かった」
これまた驚いた。ティルフィアが謝ったのだ。セベレは耳を疑ったが、ティルフィアーービルは、本当にすまなそうに見えた。
「ジャックとアイジュマルは、ヒスパニオラでみんなと一緒に宇宙に出る。ボクはそこまでの度胸がない、というかボクじゃあ足手まといだ。だからと言って地上に帰る気もないし、月見台にいるよ」
「さっき、キュービット1Mも言ってたが、ヒスパニオラって何だ?」
「ボクらがL1天体と呼んでたものだよ。アレに乗って、みんな宇宙に行く」
そうか、とシオーネは言った。質問したいとは思ったが、ヒスパニオラについては、これ以上、何を聞いて良いかわからなかったし、答えられても理解できる気はしなかった。代わりにシオーネは別のことをビルに訊いてみた「ティルフィア、いや、ビルか。ビル、お前は月見台で何をしているんだ?」
「太陽系の模型を作ってる」即答だった。
「模型?」
「ああ、模型だよ」ビルはカメラの向きを変えて部屋の中を見せてくれた。まばゆい光を中心に、ジオラマのように色とりどりの星たちがゆっくりと運行している「もともとセドリックが作ったんだよ。でも、ああいう性格だろ? 細かいところがでたらめで、例えば衛星の形とか反射率とか適当なんだよ。それで気になって…、内緒でちょこちょこ直してたら、褒められてさ。気分が良かったんで、そのまま続けてる」
ビルは自分の手直しした模型に目を細め、愛おしそうに眺めている。
セベレは、シオーネはそんなビルを見つめ、胸の奥底から、言いようのない感情が込み上げてくるのを感じた。
「なあ、ビル」シオーネは言った「俺たち、友だちだよな」
ビルはカメラ越しにシオーネのほうを向いた「何言ってんだよ、いまさら。ボクたちは、昔からずっと友だちだったじゃないか。当然、いまも、そうだよ」




