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宇宙大回転マッハシステム ーー 第4象限  作者: 二月三月


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17/19

3年3ヶ月3日 16時間58分 前


「社長さん自らご面談とは、光栄の至りですね」


 メリル・キャンティーンは揉み手でもしそうな媚びの入った口調だが、その目は不遜そのものの光を放っている。


「まあね、あなたの持ち込んだシロモノ、ちょっと部下に任せられるようなものじゃないから」


 マルティナ・ファリアスは、そう言いながら会議室のテーブルに置かれた小型の装置を指差した。


 ファリアス・テクノロジー社の会議室で、メリル・キャンティーンを相手する社長のマルティナ・ファリアスは至って平然だった。ガラスの椀を伏せたような透明ケースが上部についた小型の装置、それを挟んで2人の女性は向かい合っている。


「ちょっと腕時計拝借できます? この装置に入れるんです」


「いいけど」メリルの言葉にマルティナは腕につけた時計を外すも、手に持ったまま、メリルに渡したりはしなかった「この時計をその透明な容器に入れて、機械を動かす。そしたら、あら不思議、時計の針がさっきより早く動きます、っていう話だよね?」


「知ってたんですか」メリルは努めて落胆を表情に出さないようにした。


「まあね」マルティナの表情は変わらない「アッシャー教授とは共同研究相手だったし、彼の研究室で見たことがある」


「なんだ、教授のこと知ってたんだ」


「だから、あたしでなきゃ、あなたの相手はできないと思ったんだよ」マルティナはここでメリルを見据えた「どこで手に入れたの、これ?」


「引越しのときに、教授の部屋にあるものは何でも持っていって良いって言われたから…」


「引越し? そう言えば、教授、最近連絡がなかった。どこに行ったの」


「日本…、みたいですよ。何でもオファー受けたって、しかも5歳の子供にですよ。信じられない…」


「ちょっと、その話、詳しく聞かせてくれる?」


「いいですけど」妙なところに喰いつくな、とメリルは思った「あたしの話のほうは?」


「あなた、この機械を大きくしたいんだよね。自分でやってみた?」


「一応は…、でも動かなくて」


「この装置はバッテリーで動いてるんだけど、何故だかわかる? 大きくするときはコンセントか何かから電源取ったんでしょ?」


「コイル大きくして、電力足りなくなったから。これはちっちゃいバッテリーで動いてるし、電源は外部から取れば良いだろうと…」


「そこがダメ」マルティナは断言した「時間加速装置はある一定領域の時間を速く進めるけど、電源コードの途中で加速領域から通常領域になってしまうので、加速領域の電子の速度に外部の電子が追いつけない。電源供給が滞るから装置が止まってしまう」


「それで加速領域内に電源を入れるためにバッテリーになってるのか。教授、頭いいな」


「それに、これ大きくしてどうするつもりだったの?」


「いや、まあ、テストの前なんか勉強してても時間足りないんで」メリルは大真面目な顔で言った「中に入って勉強したら時間稼げるかな、と…」


「自分で勉強しようって態度だけは立派だけどさ」マルティナはいちおう褒められそうなところは褒めた「空気はどうするつもりだったの?」


「え? 空気?」


「そう、空気。電子と同じだよ。加速領域内の空気も高速で動く。通常領域の空気は追いつけない。中の空気が外部と交換できないから窒息してしまう。送風機なんか使っても無駄だからね」


「そう言えば、でかくして中に入るには宇宙服が必要、とか教授言ってたな」


「もともとアレシボリプライの技術なんだよ。目的は亜高速宇宙船内の時間の進みを外部と同期させるためのもの。地球上で使っても何かと不都合が出る。それでもやりたいって言うなら協力できないこともないけど、開発費はあなたが持ってね」


「アレシボリプライ、って何ですか?」


「誰かに聞いてみれば? 知ってる人なら教えてくれるよ」


「誰かって、誰?」


「それぐらい自分で見つけなさい。あたしはビジネスでやってるから、お金払ったら教えてあげる」


「ちぇ」


「さて、これであなたの用はすんだね。今度はあたしの番。教授、いや辞めたんなら元教授(ヽヽヽ)か、行き先を教えて。さっきオファーがどうとか言ってたやつ」


 うーん、とメリルは唸って考え込んだ。そして、そうだ、と閃いてスマートフォンを取り出し、検索をはじめる。


「あ、これだ、これこれ」メリルはスマートフォンの画面をメリルに向けた「これですよ、教授に来た手紙」


 マルティナはメリルからスマートフォンを受け取り、手紙を撮った写真を見つめる。拡大して一部分を読み出したが、数行読むと血相を変えて、真剣に読み出し、あっという間に最後まで読み通してしまった。


「これ、どこから来たの、どこからの手紙? わかるものない?」


「貸してください」メリルはマルティナからスマートフォンを取り戻すとページをめくった「ほら、これとこの写真。封筒の表と裏、これでどうです」


 封筒の写真を見たマルティナは、いままでとは打って変わった笑顔を見せた。そしてメリルに言う。


「ビジネスの話をしましょう」マルティナはにこやかにメリルに向き合った「あなたの装置を大きくする研究を手伝います。でも無制限にお金を使うわけにはいかない。上限は50万ドル。その範囲でできることをやってください。50万ドルまでなら我が社が負担します」


 50万ドル? メリルは息を呑んだが、これはもうちょっといけるのかも、と口を開きそうになった。しかし、それはマルティナが許さなかった。


「あなたが言えるのは、イエスかノーだけ。条件については口出しはゆるさない。で? どっちなの? イエス? それとも ノー?」


「イエス…」


 不承不承(ふしょうぶしょう)メリルが応じた途端、メリルからスマートフォンを奪い取ったマルティナは写真を自分のタブレットに転送した。


「はい、これは返す」笑顔でスマートフォンをメリルに返したマルティナは一気に続けた「荷物は持ち帰ってもいいし、こちらで預かって技術の者に渡してもいい。明日までに担当者を決めますから、よく話し合ってね。じゃあ、今日はこれで」


 半ば無理矢理メリルを追い出すと、マルティナは会議室のドアを閉めた。ドアに耳を当てて外の様子をうかがう。メリルはドアの外でひとしきり騒いでいたが、やがて静かになった。


 マルティナはメリルを送り出したドアにもたれ掛かると、反対側のドアに呼びかけた。


「もういいよ。中に入って」


 ドアが開くとヒジャブを身につけた女性が現れた。


「あいかわらず強引ね」アイジュマルが言う「あの娘さんも可哀想に」


「そんなことより朗報だよ」マルティナはメリルにタブレットを差し出す「アッシャー博士の居場所がわかった。いや、正確には手がかりだけど、見て」


 受け取ったタブレットに目を通したアイジュマルは(いぶか)しげに顔を上げた「ユータ、くん…」


「そうだよ、ほら、こっち」マルティナがタブレットを操作する「ここ見て、封筒と表書き、吉祥財団の私書箱から手紙が来てるんだ」


「そうか、吉祥財団に…。じゃあ、ユータくんと言うのは」


「パレアナとセドリックの子だよ。まず間違いない」


「そうね。超空間(ハイパースペース)理論を把握している子どもが、パレアナのお子さん以外にいたら驚きだわ」


「そしてアッシャー博士もそこにいる」


「でしょうね」アイジュマルはマルティナの言葉に同意した「ユータくんに請われていったのなら、他所に異動する理由がない。アッシャー博士のことを理解できる人がそこ(ヽヽ)にしかいないのだから…」


 つまり、と結論づけたアイジュマルは物憂げだった「アッシャー博士は、もう、私たちには手の届かないところにいる」


 あ、と声を出してマルティナはタブレットから顔を上げた。目の前のアイジュマルの表情に、すべてが遅過ぎたことをマルティナは悟った。



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