3年4ヶ月14日 8時間07分 前
草原を歩くユータにトッペンがまとわりついている。
草原、と言っても学校までの通学路だから、道の部分を管理人さんがしっかり芝生を刈り込んである。道路というほどではないが運動靴なら歩きやすい。
トッペンは、トッペン自身はユータの付き添いのつもりなんだろうが、遊んでほしいモードが強すぎて、そこいら辺をとっちらかっている。
「ユータ、ユータ、学校って面白いか?」
「面白いよ。イインチョーもいるし」
「イインチョー? シノノメちゃんのこと?」
「そう、シノノメ、イインチョー」
「何でイインチョーなんだ?」
「知らないよ。そう呼べって言われたし」
「シノノメちゃんが言ったのか?」
「言った、言った。シノノメはこのクラスのイインチョーですから、ユータはイインチョーの言うことを聞いてください、って言ったんだよ」
「ところでさあ」トッペンは不思議そうに訊ねる「イインチョーって何?」
「クラスに1人いるんだよ、イインチョーが。ボクはイインチョーじゃないから、シノノメがイインチョーなのは確かだ」
「そうなの?」
「そうだよ」
「何で?」
「アニメで見た」
ユータはずんずん歩く。トッペンはユータの周りをぴょんぴょん飛ぶ。
「オレも学校行きたいなあ」
「ダメだよ」
「何で?」
「イヌは学校行けないんだよ」
「えええええぇぇ」トッペンが素っ頓狂な声を上げた「オレ、イヌなの?」
「うん、パピヨン種って種類のイヌ」
そうかあ、イヌは学校行けないんだ、トッペンはがっかりしてその場にへたり込んだ。ユータもかわいそうに思ったのか、立ち止まってトッペンを抱き上げる。
「学校はお昼で終わるから、そしたらいっしょに遊ぼう」
「遊ぼう、遊ぼう」
トッペンはやっと元気になった。トッペンを地面に置いたユータだが、ちょっと物憂げな表情だ。ユータのほうにも疑問に思うことがあるらしい。
「ボクの学校、生徒が2人だけなんだよね」
「ユータとシノノメちゃんだろ?」
「うん、そうなんだけど。ボクの見たアニメの学校って子どもがたくさんいるんだ。ロボットも出てくるし」
「ユータの学校はロボットいないのか?」
「いない。でも、先生は、そういう学校もあります、他所は他所、我が校は我が校、って言うんだけど…」
「シノノメちゃんがいるなら、いいじゃん」
「うん、まあ、そうなんだけど…」ユータはちょっと口ごもる「お母さんもいるんだよ、学校に」
「ママさんが? ママさんも勉強すんの?」
「しない、先生としゃべってる」
「何で?」
「P T Aって言うんだよ。ピアレンツ・ティーチャーズ・アソシエーション。先生とお父さんお母さんが仲良くする仕組みだって」
「ふーん、仲良くしてどうすんの?」
「子供のこと考えるんだって」
「良いことじゃん」
「そうだけど…、先生、お母さんとずっとしゃべってるんだよね」
「勉強は?」
「してるよ、ボクとイインチョーで」
トッペンはすこし考えている。それからおもむろに口を開いた。ちっちゃめの犬歯がキラリと光る。
「それってさあ、ユータとママさんがシノノメちゃん家に遊びに行ってるのとどこが違うんだ?」
「違うよ、プールあるもん」
「プール?」
「学校には大きなプールがあるんだ。天気の良い日はプールで泳ぐんだ。先生はプールがあるのは立派な学校の証拠で、だからここはちゃんとした学校です、って言ってた」
「いいなあ、プール」トッペンはうっとりとした口調で言うが、すぐ、ぺしゃんとした「イヌはダメなんだよな」
「ダメじゃないよ」ユータが励ます「授業中はダメだけど、放課後はちいきのひとに解放してるんだって、誰でも使っていいんだって、学校の方針だって、先生が言ってた」
「じゃ、オレも、泳いでいいんだ」
「うん、大丈夫だと思うよ。だから、外で待ってて、放課後に遊ぼう」
「わかったー」トッペンは尻尾をブンブン振った「泳ぐのひさしぶりだ。てか、オレって泳いだことあったっけ? ま、いいや、何とかなるだろ。イヌは泳ぐの得意なハズだ」
そうやって、ユータとトッペンは一緒に歩く。学校はもうすぐだ。
突然、トッペンが歩みを止め、身を低くして唸り出した「ヘンな臭いがする」
ユータも立ち止まった。トッペンは道の外れの茂みに向かって唸り続ける。
茂みがガサガサと音を立て、枝を割って何かが道に向かって倒れ込んだ。
「アレだ」トッペンが小声で唸る「ヘンな臭いはアレだ」
「シッ、そのまま」飛び掛かろうとするトッペンをユータが止めた「人間みたいだな。学校の方向とは違うし、放っておこう」
ユータは音をたてないように振り向いて、そろそろと学校の方に歩き出す。なかなかついてこないトッペンを宥めすかす。
「おいでトッペン、一緒に学校へ行こう」
「ダメだよ。イヌは学校に行けないんだろう?」泣きそうな顔でトッペンが言う「ユータが学校行っちゃたら、オレ、アイツと2人きりだよ。そんなのやだよ」
「だいじうぶだよ、トッペン」ユータはトッペンを落ち着かせるために、ゆっくりと優しく言った「アレはきっとヘンシツシャだ。ヘンシツシャが出たら、学校に逃げ込んでいいんだ。緊急事態だ。学校に避難していいんだよ」
「オレも学校に行っていいのか?」
「もちろんだとも、さあ行こう、トッペン」
ユータに促されて、喜び勇んだトッペンだが、いかんせん足がもつれる。仕方がないのでトッペンを抱え上げて、ユータが歩き出そうとした、その時…
「待ってくれ」
後ろから聞こえた叫びに、ユータは弾かれたように走り出した。
「逃げないで、光の子。希望の星。セドリックとパレアナの息子。宇宙の落とし子。俺を置いていかないでくれ」
「なんか、立ち上がれないみたいだぞ。追いかけてこれないよ」抱っこされてて自分では走らないトッペンは気楽なものだ「そんな走らなくてもいいんじゃないか?」
「ダメだよ」抱えて走るユータはトッペンをたしなめる「お父さんとお母さんの名前を知ってる。変質者の中でもタチの悪いヤツだ。捕まらないように早く学校に逃げ込まないと…」
「捕まったら、食べられちゃう?」
「そうならないように、逃げよう」トッペンの心配に、ユータは思わず笑いそうになったが、ここで笑ったらこのイヌ、パニックで何をしだすか想像もつかない。トッペンが落ちないように、しっかりと抱きしめたユータは足早に学校を目指した。
後ろでまだ何かわめいているようだったが、関わったら面倒なので、ユータはまるっきり無視した。
トッペンはと言うと、ちょっと怖い目にはあったけど、学校には入れるし、ユータに抱っこされて楽チンだ。
今日は、とっても良い日なのかもしれない。
ーーそれにしても
あの茂みから出てきた人間は何だろう?
顔がしわくちゃだった。あんなのはシノノメちゃんのおばあちゃんしか見たことないけど、おばあちゃんはもっと優しい顔をしている。
臭いもヘンだし。
でも、忘れてしまった遠い昔、トッペンはああいうのを見たことがあるような気がした。
鳥と鬼の娘と一緒に暮らした白い建物。
鬼の娘の他にも、子どもがたくさんいた。
ーーそうだ
ユータの言うとおり、アニメじゃなくても本当は、子どもはたくさんいるものなのだ。




