3年5ヶ月2日 19時間56分 前
教授はふてくされている。
怒りっぽいたちなのである。
歳を取るとみんなそうなるんだ、などとしたり顔で言うのだが、この老人、若い時からそうなので、ようするに人間がなってない。
L1不可視天体監視連絡会に参加している、とは言えネット経由は嫌だと駄々をこねて、ジャック・ステイの居宅に紛れ込んで混ざっている。何故、ステイ? 他の茶会メンバーだと嫌がって教授を追い出そうとするからだ。ステイだって教授が好きなわけではないが、仮とは言え、恩師に義理立てする程度の良識は持ち合わせている。別の言い方をすれば弱みにつけこまれた格好だ。
「こんな面倒くさい会議なんかやめて亜空間走路使えば良いだろう?」
ステイのカメラに割り込んで教授が発言する。
「いろいろ忙しいんでね」すぐさま突っ返したのはシオーネ・セベレだ。もともと教授とは相性が悪い「みんな要職に着いてる。暇なのはアンタだけ」
「ヒマなのは確かだ」そこは反論しないらしい「でもな、デザイナーズチルドレンより大事な事案もない」
「ウワサだけだ」不機嫌さにおいてはウィリアム・ティルフィアも教授と大差ない「アレシボリプライにあるコードを完全に実装することなんてできるものか」
「セドリックならできるだろ」
「そりゃあ、できるかもしれないけど」とマルティナ・ファリアス「そもそもセドリックにデザイナーズチルドレンなんか必要なの?」
「必要だとも」ステイを押し退けて教授が画面に向けて叫ぶ「セドリックの子供と一緒に成長する友人が必要だ」
ーーセドリックの子?
「子どもって…」
アイジュマル・バイラモフのつぶやきを高感度マイクが拾ってしまった。
「セドリックとパレアナの子だ」ボロルマー・バトトルガは知っているらしかった「いま、6歳かな、7歳かも。デザイナーズチルドレンと同い年くらいだ」
「何故黙ってた?」ティルフィアが唸った。
「当然、知ってると思ってたからな…、知らなかったのか?」
「デザイナーズチルドレンの1人はアユタヤにいる」ステイが言った。その無表情は彼の感情を隠す「そこまではわかっているが、シンタグマメソドロジーへの入り方がわからない」
ステイのぶち込みは場の雰囲気を一変させたが、意図については定かではない。
「L1天体だけってことはないからなあ」教授はまるで他人事のようだ「あとはどこにいる? アレシボリプライ中にあるデザイナーズチルドレンのコードは3体分ある」
「全部実装したとでも言う気か?」
「むしろ2体だけなんてことがあるか? そっちのほうが意味不明だ」
「完全実装は1体だけでも難事業だよ」ステイは隣りにいる教授に諭すように言う「我々にとっては、という意味だ。セドリックの話は、してもしようがない」
「してもしようがないのは、その通りだ」教授は言ったが、その目はステイを見ていなかった。
「アユタヤにもう1人いるのは何故わかった?」
「心理障壁が張られている区域があるのが最近わかった」ボロルマーの問いにステイが答える「心理障壁についてはアレシボリプライの中に類似の記述がある。詳細はわからないがL1不可視天体と似た仕組みのようだ。別世界通信にはまだ掲載されていない」
「ラグランジュ1にデザイナーズチルドレンがいるから、似たような仕組みで隠されているアユタヤにもいるだろうと言うわけか」
「まあ、そんなところだ」
「L1にデザイナーズチルドレンがいる、と言い出したのは教授だが?」
ティルフィアは不信感を隠そうともしない。他のメンバーとは異なり、顔出し無しの声だけなのだが、口調だけでも不満なのはありありと伝わってくる。
「他にどんな理由があると言うんだね」教授が嘯く「準惑星規模の不可視重力偏差が必要なのはデザイナーズチルドレンしかいないだろう?」
「結局、そこに終始する」諦めとも揶揄とも取れる表情をしたセベレは小さなままのアイコンで呟いた「贋作のデザイナーズチルドレンには真性のデザイナーズチルドレンのことなどわからんさ」
「だったら、俺はどうなる?」ベルンシュタインは画面から外れて顔も出さずに嘆いた「普通の脳味噌の人間のことをおまえら考えたことがあるのか?」
ーーそもそも呼んでないし
勝手に来て勝手に嘆いているだけの教授に、アレシボ茶会のメンバーはいいかげんうんざりしていたのだ。
教授の言葉を最後に茶会は沈黙した。
しばらくして、ステイに発言のアイコンが点灯した。
「帰ったよ。少なくともここにはいなくなった」
「誰かの後ろにでもいるんじゃないか?」
「それはありません。教授が使える亜空間走路は多くない」
「まったく使えないのとは雲泥の差だがな」
ボロルマーが言って、また沈黙が訪れる。
「教授は何がしたいんだろうか」
誰に問いかけるでもなく、ステイがこぼした。
「パレアナに会いたいんだろう…、と思う」
言ったのはマルティナだった。
「あたしたちが一緒にいたあの頃、教授はいまほどイラついてはいなかった」
「パレアナが来て、確かに状況は変わった」懐かしむ、という感じではない。ステイは事実を顕にしようと記憶を反芻した「教授は私たちが皆パレアナのようになればいいと思っていた。贔屓ではない。パレアナのほうが我々より優秀だっただけだ」
「セドリックは?」
「セドリックは、単純に頭の良い奴が好きだっただけさ」ボロルマーにセベレが答えた「だから、どこかでパレアナのことを知って追いかけて来たんだろう。教授は頭が良くなかったから、無視されてたな。教授もセドリックは手に負えない、あからさまに嫌なものとして扱っていた」
「確かに、教授はセドリックが苦手だったな」
「セドリックには理屈がありません」アイジュマルはため息をついた「考えることをしない。ただ正解があるだけ。教授みたいに理論先行で物事を考えたい人とは合わないでしょう」
「セドリックの言い分はいつも同じでボクが正しいだ」何故かティルフィアの声は嬉しそうだ「それでその通りセドリックは正しい。そりゃあ教授も腹が立つだろう」
「キミは腹が立たないのか?」
「立たないね。正しいものに腹を立ててみたところで意味はない」
「意味か…」
セベレの呟きで、また茶会は沈黙した。
「意味を考えるのはやめよう、って話だったかな」自嘲ではなく、どちらかと言えば諦めに近いマルティナの声「意味の話ばかりが出るから、もうやめよう、って、結局、そういう話になっちゃう。アレシボリプライの意味、デザイナーズチルドレンが必要な理由、ラグランジュ・ワンに見えない天体がある意味。亜空間が複雑である理由、あたしらがいる理由、あたしらが不完全な理由…」
「意味や理由を考えてもしかたがない。答えが先に出てしまっている。セドリックは正しい答えがわかる。おそらくその子どもも…」
「その子のために全てがあるから…」
「それが答えだが、我々の答えではない」
「持たざる者には答えすら与えられない」
「そもそも答えが欲しいわけでもない」
「みんなそうだ」
「セドリックは違う。全ての答えがあるのだから、あるのだから、欲しいなどと思わない」
ーーでは、教授が欲しいものは何?




