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宇宙大回転マッハシステム ーー 第4象限  作者: 二月三月


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10/11

4年11ヶ月17日 12時間32分 前


教授(せんせい)教授(せんせい)、もう、どこいっちゃたのかな、せんせーい」


 教授室の入り口でメリルが騒いでいる。


 しかたがないので准教授のアーノルド・ビザンツが様子を見に行った。


「ああ、ビザンツ准教授(せんせい)、アッシャー教授(せんせい)、どこ行っちゃったの?」


「さあ? よくわからないけど。備品取りに来たんだよね。教授(せんせい)から話は聞いてるよ」


 メリルは電動台車(パワーローダー)を持参している、カゴ付きだ。根こそぎ持ってく気かな? ビザンツは思った。


「話って?」


「キミに教授の私物をあげたから、取りに来るかも、って言ってた」


「それそれ」メリルは嬉しそうに言う「それで取りに来たんだけど、教授いないじゃない。どうしようかと思って」


「だから持っていっていいよ」


「いやあ、教授いないのに持っていったらドロボウみたいじゃない。なんかやだなあ、って」


 教授が居たって、そんな台車(ローダー)で持ってったらドロボウみたいなものだと思うけど。


「ボクが教授の代わりにここにいるからいいよ。持っていきなさい」


「それならいいや、ありがとうビザンツ先生」


 メリルは遠慮なしに、気に入ったものを台車に入れていく。作業台(テーブル)の上にあった例の手紙をつまみ上げた。


「おいおい、いくらなんでもそれはダメだよ」


 ビザンツが注意すると、メリルは何で? と問うてきた。


「教授の私信だろ。そんなもの持ってっちゃだめ。常識だろ」


「でも、こういうのって、後でけっこう役に立ったりするんだよ」


「だから、ダメなの、やめなさい」


 ふーん、とメリルは手紙と封筒を作業台(テーブル)に戻すと、スマートフォンを取り出して写真に撮った。いちおう注意するビザンツだが、メリルは気にも留めない。


ーー産業スパイかよ


「まあ、ビザンツ先生もさ」したり顔でメリルが話しかけてくる「教授いなくなったら昇格でしょ。これからもよろしくってことで…」


「昇格? 異動するけど、昇格かなあ?」


「異動? 研究室残るんじゃないの?」


「なくなるよ、研究室は。どうせ教授1人でもってたようなものだし」


「えー、じゃあ、あたし、どうすんのよ」


「知らないよ。だから教授も備品持ってけって言ったんでしょ」


 えー、えー、とメリルがわめく。うるさい。


「異動って、どこいくのさ? 教授と同じとこ?」


「いや、ボクはN A S AのJ P L(ジェット推進研究所)だよ」


「ほええー、N A S Aか。良いとこ行くんだねぇ。みんな宇宙行くのか」


「いや、ボクは、その、宇宙行けなかった(ヽヽヽヽヽヽ)ほうかな」


「へえ、そうなんだ」


「うん、ボク、宇宙人の友だちいるんだけど。お前はまだ宇宙には行けない、って言われて」


 待て待て待て待て、


 宇宙人の友だち?


ーーコイツも頭おかしいヤツだったか


「教授は超空間(ハイパースペース)を専攻してるけど、あれは難しすぎるから、ボクは亜空間(スュードスペース)のほうを研究している」


「へ、へぇぇ、そう」


ーーどこが違うのかわからん


 ビザンツは作業台(テーブル)の上の手紙に目を落とした。


「やっぱり、小惑星を超えるサイズの宇宙船、インチの話と同じなんだ」


「インチ? 誰?」


「インチワーニ・ガルベストン」ビザンツは懐かしい名前を思い出し、声に出した「友だちの宇宙人の名前だよ」


「そ、そう…、変わった名前だね」


「地球人の言葉にいちばん近い音だと言っていた。ガルベストン湾はテキサスにある。ボクの故郷」


 メリルは台車(ローダー)につっこんだ備品とビザンツの顔を交互に見つめた。どうにも話がおかしくなってきた。貰うモンは貰ったし、潮時かな?


「ビザンツ先生」メリルは電動台車(パワーローダー)のスイッチを入れ、小さな座席に腰掛けた「じゃ、あたし、もう行くんで、教授によろしく」


 気をつけて、とビザンツは、ノロノロ走る台車に乗ったメリルに手を振った。




「メリルが来てましたよ」ビザンツが教授室に顔を出した。


「みたいだな」教授が辺りを見回して言う「ずいぶん荷物が減ってるよ」


「手紙まで持ち出そうとしてたんで、さすがにそれは止めましたけど」


「手紙? ああ、これか」教授は作業台(テーブル)の上にある手紙を手に取った「何でこんなものを?」


「さあ?」ビザンツは両掌を上に向けて、わかりませんね、とポーズを取った「こういうのが後で役にたつ、とか言ってましたけど」


 ふーむ、教授は胸の前で腕組みをして、しばし考えていたが、やがて手紙を元の封筒に入れビザンツに差し出した。


「あの子にあったら渡しといてくれ。役に立つなら(ヽヽヽヽヽヽ)お前が持ってろ、と」


「いいんですか? 大事な手紙なんでしょ?」


「俺にとって大事なのは手紙じゃなくて、手紙に書いてある中身だからな。それにもうすぐ手紙の主のところに行く。俺にとっては用済み(ヽヽヽ)だ。それなら、役に立てられるヤツが持ってたほうがいい」


 そういうものですか、あまり納得できない面持ちで、ビザンツは手紙を受け取った。


「ボクも超空間(ハイパースペース)の研究すれば良かったかな」


 ぽそりと口を出たビザンツの言葉を、教授は聞き逃さなかった。


「おお、いいぞ、超空間(ハイパースペース)は、やっとお前さんも超空間(ハイパースペース)の面白さに気づいたか」


「いまから勉強して間に合いますか?」


「間に合う、間に合う、学問なんか、やろうと思い立った日が吉日だ。いつからだって遅いということはない」


「ボクも一緒に宇宙に行けますか?」


 ビザンツの問いに、あ、んん、と教授は急に口ごもった。


「それ、いますぐ、ってことか?」


「そうです」


「難しいかな」


 教授の姿が目の前から不意に消え、数秒後にゆらゆらとまた現れた。


 まだ、安定しないな、と独言(ひとりごち)、そしてビザンツのほうを向いた「お前さん、できるか?」


「できません」


「それが答えだ」


「はい」


 ビザンツの顔は晴れ晴れとしていた。変に気を使わず明確に指摘してくれた教授に感謝した。


J P L(ジェット推進研究所)で少し揉まれてくるんだな。まあ、それほどたいした所じゃないが、他の研究所(ところ)よりはマシだ」


「がんばってみますよ。超空間(ハイパースペース)のほうもね」


「良い心がけだ」


「まあ、それは、それとして」ビザンツは笑う「さっきのあれ(ヽヽ)、メリル・キャスティーン嬢には見せない方ほうがいいですよ」


 教授はバツが悪そうにうつむいた。


「それぐらいはわかってる」


「手紙あげる、とか言ってるくせに?」ここぞとばかりに、ビザンツは手紙の入った封筒を教授の前で振って見せる。


超空間(ハイパースペース)亜空間(スュードスペース)連結の仕組みもわからん小娘だぞ。その手紙持ってるくらいでどうなるわけでもない」


「そのうち理解できるようになるかもしれない」


「それならそれで何の問題もないだろう。理解できたのだとしたらな」


 確かに、その通りだが、はたしてそんな日が来るものやら。


 部屋の半分を持ち帰った彼女に、それほどの期待を寄せても良いものか、ビザンツには教授の心がわからなかった。



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