第三話 目醒め 続き之二
皆を見送った飛三と千代は、駅舎から少し離れた人目につかない木陰へと入って行く
「さてと…」二人は、両方の草鞋に素早く紙を張り始める
これは、神速法の符と言われるものである
これに、忍としての体術を合わせる事で、獣以上の速さでの移動が可能となるのだ
符を貼り終えた二人は、腰を伸ばす
ガキッ…ゴキッ…ボリボリッ…二人の身体のあちこちの骨から音が発せられる
すると、先程までの身長の二倍以上に伸びたではないか
「では、行くぞ」飛三の容貌も四十才以上若返って見える
「はい」そう答えた千代も同じである
飛三と千代は、平時は高坂家に使える使用人であるが、その実は、戦国時代武田家に仕えた伝説の忍、加藤段三、望月千代女の末裔であり、現役の忍なのだ
忍は、自らの全身骨格をも自在に操る事が可能で、風貌を変化させる事は勿論、骨を外して様々な隙間を通り抜けたりする事も可能になる
二人が最初の鉄道橋へと向かって走り出すと、あっと言う間に姿は見えなくなった
隼人達を乗せた汽車は、八王子方面へ向かい順調に走っていた
「陸蒸気とは、凄いもんだなぁ」隼人と虎景は、ずっと感嘆しながら車窓を眺めている
車窓を流れる風景は見ていて飽きない様子である
山へと差し掛かった
「もうすぐトンネルに入るから窓を閉めてくれるかな」昌綱が言う
「何でだ?」虎景と隼人が不思議そうに答える
「煤が入って来て真っ黒になっちゃうんだよ」笑いながら答える昌綱に「そうなんだ」と隼人と虎景は慌てて窓を閉める
「それに、暗闇は危ないだろ」と
光豊が虎景を見る
「そうね、気を付けないと」春香が本を読みながら続く
「何で?」不思議そうな隼人に「ほら、急に暗くなると、慣れるまで何も見えなくなるだろ」昌綱が答える
「俺は、大丈夫だぞ」ガハハと虎景は笑う
それから少しすると真っ暗になった トンネルに入ったのだ
皆黙ったままで、汽車の蒸気と鉄路を走行する音が、より大きく聞こえる
隼人も目を閉じて黙っていると、ギシギシと客車の軋む音もよく判る
目を閉じた事で集中し、感覚がより研ぎ澄まされる気がする…
すると、目を閉じたままであるのに、皆の輪郭が薄く光って見えるような感覚になった
皆夫々光りの色が違っている
昌綱は黄色、虎景は赤、光豊は青、春香は緑と言った具合だ
更に皆の腰辺りに光り輝く物が見える
それは丁度、母が付けてくれた御守り袋の辺りである
そればかりか、列車全体が薄く光る膜に覆われている様に見えた
…何だろう、この感覚は…
隼人は更に集中してゆく…
すると、暗闇の中に大きく真っ赤な目が一つ、カッ!と見開かれた
「うわッ!」隼人はビクっと椅子から少し跳ね上がった
すると、皆が一斉に身構えながら「どうした?!」と隼人の方を振り向いた
「あ、ごめんごめん 目を閉じてたら真っ赤な目が見えた様な気がして…」隼人は頭を掻きながら謝る
その時、汽車が丁度トンネルを抜け出て明るくなった
露わになった皆の顔は、真剣な面持ちであった が、それを「吃驚させるなよ」と昌綱が一笑した事で、皆の表情が一斉に解れた