第三話 目醒め
…ここは何処だろう…
見た事の無い景色が広がっている
いたる所で建物が崩れ、見渡す限りの焼け野原…
色々な物が焼け焦げた匂いが鼻腔に充満してゆく
土埃やいたる所から立ち昇る煙が、辺り一面を覆っていて視界も悪い
その中に、自分一人がぽつりと立っているのだ
助けを呼ぼうとするが、声が出ない事に気付く
ならば、辺りを探りに歩こうとするが、まるで全身が何者かに掴まれているかの様に重く冷たい
やっとの思いで、崩れた煉瓦造りの建物へと辿り着くと、恐る恐る中を覗く…
「うッ…」中には黒焦げになった人の遺体や、千切れたり押し潰された手足が散乱している
口を手で塞ぎ慌てて引き返そうとして、足元の何かに躓いて転んだ
そこには、人形を抱えた小さな女の子であったであろうものが、あり得ない方向にグニャリと折れ曲がった状態で転がっていた
よく見ると、辺り一面におびただしい数の人々が折り重なっている
「うわぁぁぁっ!!!」隼人は、自らの声で飛び起きた
が、視界に入って来たのは、いつもと変わらぬ自分達の寝室であった
「ゆ、夢かぁ…」ぐっしょりと寝汗もかいている
それにしても怖い夢であった
何より、かなりの現実感があったのが気になる
死屍累々とは、当にあれを言うのだろう
その向こうに、大きく赤い夕陽がゆっくりと沈んでゆく…
この世の終わりとも言える光景が広がっていたのだ
「…んー…お兄ちゃん、どうしたの…」余程大きな声であったらしく、隣で寝ていた弟の義繁が目を覚ます
「ごめんな、何でも無いよ… 変な夢を見ただけだ」
「そう…」それを聞いて安心したのか、義繁は寝息を立てながら、すやすやと再び眠りについた
隼人は、とにかく落ち着こうと再び寝床に横になる
「明日は、皆と東京に行くのに…」一抹の不安が、隼人の心を過ぎる
少し経った頃、部屋の戸が静かに開いて、母が様子を見に来た
「母さ…ん…」母の顔を見た途端、急激な睡魔に襲われ、そのまま意識を失う様に隼人は寝てしまった
母の名は、武田楓と言う
楓は、部屋へ入ると隼人の枕元にそっと座り、結んでいた手の印を解いた
「やはり、貴方の子ですね…」と言いながら寂し気な表情を浮かべると、優しく数回隼人の頭を撫でる
「楓、隼人も義繁も、普通の子として自由に生きられる様に育ててやってくれ もう、今迄の様な時代も終わる…」夫久信の言葉を思い出していた
「ごめんね… 普通の子に育ててあげたかった…」雨戸の隙間から差し込む月影に、キラリと光りながら涙が落ちた
楓は、そのまま静かに眠る二人をずっと枕元で見守っていた
「おいっ!隼人起きろ!」虎景の声…?がばっと掛け布団を剥ぎ取られる
隼人は、眠い目を擦りながら布団から起き上がる「え?!何でお前が…ってか皆居る…」
開いた戸の向こうに、夫々の膳の前に座る皆の姿が目に入る
起きたての隼人には、その光景が理解出来ない
「… … … 何で皆が居るんだよ!?」隼人は驚いて飛び起きる
「おはよう隼人君 おば様、この香の物もとても美味しいです」笑顔でご飯を食べ続ける春香
「始発の列車に乗り遅れる訳にはいかないからな」ズズッと味噌汁を啜りながら光豊が続く
「美味しいよ隼人、隼人のお母上はやっぱりお料理が上手だなぁ」改めて感心しながら昌綱が箸を進める
「皆さん沢山召し上がれ」いつになく母も上機嫌である
「これでおかわりをしないのは失礼というもの!」虎景が茶碗を差し出す
「母さん僕にもおかわり」義繁も一緒だった
「何だ、俺だけかよ…」
隼人は慌てて着替えると、膳の前へ急いだ
「はいはい、落ち着いて食べなさい」楓は、よそった温かいご飯を差し出す
続いて「はい、お兄ちゃんお味噌汁」と言いながら、義繁が溢さないように気を付けながら熱い味噌汁を持って来てくれた
「いっただきます!」
大勢で囲む食卓は久しぶりで、昨夜の夢の事もすっかりと忘れてしまっていた
楓は、皆が食べ終えると「これは、汽車の中で食べるお弁当」と竹皮に二個づつ包んだ握り飯を一人一人に手渡す「はい、春香さん、はい昌綱さん、はい、光豊さん、はい虎景さんのはこれ」と一際大きな包みを渡す「これは有り難い!」虎景は、風呂敷包みにそれを仕舞い込む「それからこれもね」と手縫いの赤い御守り袋を一人一人の袴の腰紐に括り付けてゆく
「ご馳走になりました お心遣い感謝致します、皆忘れ物をするなよ」と光豊が声を掛ける
「では、行って参ります」春香の声に「行って参ります!」と皆が続いて頭を下げる
「私が付いていますので、御心配無く」と言う虎景に春香と光豊は冷たい視線を送る
「虎景さん頼みましたよ」と楓は微笑み返すと「昌綱さん、私からももう一度お父様、お母様にも御礼を申し上げておきます 昌綱さん本当に有り難う」
頭を下げる楓に「いえ、元はと言えば、僕から頼んだのですから」と少し恥ずかしそうに昌綱は返す
皆が門を潜ると「母さん、じゃぁ行って来るよ 義繁、留守中母さんを頼むぞ」隼人が振り返りながら手を振る
「お兄ちゃん任せて 行ってらっしゃーい」と義繁も元気良く手を振り返す
「くれぐれも、皆さん気を付けてね」楓と義繁は、門の外まで出て皆を見送った