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第二話 鳴き初めの鶯 続き

皆で他愛のない話をしながら歩いて行く


これも、あと少しで終わってしまうのかと思うと、ふと寂しくなる隼人であったが、皆にそれを悟られない様に、いつもと変わらぬ素振りを見せる


恵林寺への分かれ道となるお地蔵様で三人と別れた


「虎、和尚にきつくお灸を据えられてこいよ」笑いながら隼人が言うと「あぁ、爺さん呼ばわりをしていたのはちゃんと話しておくから安心しろ」光豊が続く

「お前こそ、綱の家で粗相をするなよ」虎景は苦笑いしながら返す

「あんた達早く行くわよ!」少し先を歩いていた春香が振り返りると「じゃあ、また明日…」と昌綱が優しく三人に手を振った



昌綱の家は町中から少し離れた場所にある


暫く歩くと、なだらかな丘の上に大きな緑色の屋根が見えて来た


広大な敷地の周囲は森になっており、サーッという木々のざわめきと鳥の声が心を和ませる


この一帯では、洋風建築はまだ珍しく、一際大きなその屋敷は「西洋御殿」と皆から呼ばれていた


「やっぱりお前の家って凄いよな」生け垣越しに見える屋敷を見上げながら隼人が呟く

更に、屋根が緑色に見えたのは、銅板葺きの屋根に緑青が吹いていたためである事がわかる


「そうかな…?」少しよそよそしく昌綱が返す


そこから少し歩くと、よく手入れがされた立派な五葉松のある大きな門の前に到着した

屋敷は洋風であるが、門は昔の武家屋敷の門構えである

開いてる脇木戸を二人で潜る


「おや、坊ちゃまお帰りなさいまし 今日は、隼人様もご一緒ですかぃ」庭仕事をしていたもんぺにほっかむり姿の小柄な老人が、直ぐ様二人の姿を見付けにこにこしながら近付いて来た


「只今、爺や」

名は加藤飛三(かとうとびぞう)と言うが、昌綱の産まれる前から高坂家に使用人として離れに住まっている


「坊ちゃまお鞄を、隼人様もお鞄をお持ちしますよぉ」昌綱から鞄を受け取る


「あ、俺のは良いよ…」慣れない隼人は、いつも飛三に断りを入れるが、「奥方様に叱られちまいまさぁ それにこうしてお二人のお鞄をお持ち出来るのも、もうあと少しでしょっと…」ひょいととても老人とは思えない力で、半ば強引に隼人の鞄を肩から素早く奪い去る


「ささ、奥方様がお待ちで」

鞄を持ちながら、ひょこひょこと二人の前を歩いてゆく


玄関までは飛び石が配され、手入れの行き届いた美しい日本庭園が広がっている

奥に見える桜の古木は、蕾がやっと膨らみ始めているようだった


ガチャリ、飛三が大きな玄関扉を開け「奥方様ぁ、坊ちゃまがお帰りでさぁ」大きな声を張り上げる


玄関から続く、長い廊下の一番奥にある扉が開くと、きっちりと髪を結上げた若草色の春らしい着物姿の清楚な女性が出て来た

名は、高坂藤枝(こうさかふじえ)と言う


「母上只今」と言いながら、昌綱はきちんと靴を揃える

隼人もそれに倣いながら「おばさん、お久しぶりです」とにっこり挨拶をする


「隼人さんお久しぶりね 昌綱さんおも帰りなさい 丁度良かったわ、今日はクッキーを焼いてみましたの ご一緒にこちらでお茶でもどうぞ」笑顔で明るく声をかけてくる


その声に導かれて奥へと進む


部屋の中央には、大きな一枚板の長方形をした木目の美しいテーブルが置かれている

恐らく10人以上は座れるのだが、ゆったりと座るためか6人掛けにされている


「隼人様こちらへ」優しい声の白い割烹着姿に白い手拭いを頭に被ったの小さなお婆さんが椅子を引いて待ってくれている


「お千代さん有り難う」隼人が椅子の前に立つと、スッと椅子を出して座らせてくれる

隼人は、これにも慣れない


お婆さんの名は加藤千代(かとうちよ)と言い、飛三と夫婦である


奥の台所から藤枝がティーセットを運んで来る

「隼人さん、本当にごめんなさいね 昌綱が二人で行くんだって言って聞かないのよ」席に着いた藤枝は、困った顔をしながら隼人に頭を下げた


「おばさん大丈夫ですよ、俺が付いていますから安心して下さい」


「隼人さん、宜しく頼むわね」藤枝は、笑顔で話す隼人の言葉に安堵の表情を浮かべながら紅茶を注ぐ


そこへ千代が、銀の菓子器に綺麗に並べられたクッキーを運んで来て、三人の真ん中に置いた


紅茶の良い香りが、バターと小麦の甘く香ばしい香りをより一層引き立てる


「さあ、どうぞ召し上がれ」藤枝のその声を待ってましたと言わんばかりに「おばさん頂きます」と隼人はクッキーに手を伸ばす


「それでね隼人さん、昌綱さん、一つ提案があるの もうすぐ卒業して、皆が離ればなれになってしまうでしょ、だから、虎景さん、光豊さん、春香さん達も一緒に五人で東京見物でもされてきたら如何かしら?」藤枝の思わぬ言葉に「えっ!」と隼人は思わずトングに挟んだクッキーを菓子器に落とした


「母上、それは本当なの!?」昌綱も聞かされていなかったらしく、口に運びかけた紅茶を溢しそうになった


「そうよ、お金は昌綱さんに持たせるから、遠慮無く皆さんで行っていらっしゃい 良い思い出になる様に」と言うと、藤枝は静かに微笑んだ


「やったぁ!」隼人は椅子から跳ねる様に立ち上がって喜ぶ


「母上、父上は知っているの?」昌綱が驚いた顔をしながら尋ねる


「これは、お父様からのご提案なのよ」藤枝の言葉を聞いた昌綱は、満面の笑顔を浮かべた




一方、虎景達三人は恵林寺へと到着した


黒門を潜ると、両脇に杉木立が続き、赤門と呼ばれる四脚門が見える


「さぁて、爺さん今日は何の用かな?」虎景が口を開く

「まだ解らない様だなお前は…」それを光豊が窘める

「いいから少し急ぎましょ」後ろから春香が声を掛ける


歩を進める毎に、三人はだんだん無口になり、真剣な顔つきに変わってゆく


赤門を潜ると次は三門があり、ここが、快川紹喜火定の場である


三門を抜けると、今度は開山堂を横に見ながら本堂へと進む


本堂で待っていた和尚が、静かに三人を出迎える

和尚は、快山玄紹(かいざんげんじょう)という


三人は、揃って和尚に一礼すると本堂へと上がった


和尚と共に、本堂前の枯山水の庭園を見ながら、奥の長いうぐいす張りの廊下に入る


廊下の障子から差し込む光が、柔らかく床に反射している

その中をキュッ、キュッ、と四人が廊下を歩く音が続く


その廊下を渡って、四人が行き着いた先は、「明王殿」であった


明王殿には、武田信玄公が生前に模刻させたと言われる、等身大の不動明王が安置されている


その明王殿の裏が、信玄公とその家臣達の墓所である


和尚は、不動明王を背にゆっくりと座る

それに続き、三人も和尚の前に並んで正座をする


「皆、日々励んでおる様で感心じゃな… さて、今日皆を呼んだは、先日来の不穏な霊力のためじゃ」


「はい」三人の声が揃う


「凶星が、艮の空に出現したのは皆も存じておろう それから間もなく、御方様が一帯に張っておられる結界に干渉してくる者が現れたのじゃ」

「それが段々と強くなっている…」春香が続けた

「やはりそうか…」光豊と春香は顔を見合わせて頷いた


「お前達も感じておったか… 御方様は、皆には普通に暮らしてもらいたいと思っておいでじゃが、どうもそうは行かなくなったようじゃのぉ… 奴等の狙いは、間違い無く御館様じゃろう」


和尚の言葉に「そこで俺等の出番って訳か和尚っ!俺が、一発ぶん殴ってやる!」虎景は拳を握り締めながら立ち上がった


「まぁ、待て虎景 よいから座れ…」和尚が止める

横目で光豊と春香が見上げて来るのが目に入り、虎景は再び座り込む


「そこで、結界を一度弱め、侵入する何者かを儂等が見つけ捉える その間お前達は、御館様を連れてこの地を離れよ 既に手筈は整っておる」


「俺に任せろっ!和尚!」虎景は、胸を叩いて立ち上がる

「こいつの暴走は私が止めますのでご安心を…」光豊が、冷たい視線を虎景に送る

「お任せ下さい和尚様」春香は微笑みながら、和尚に視線を送った


「くれぐれも頼んだぞ」

和尚の言葉に、三人は無言で深く頷いた


「ところで、爺さんでも儂は地獄耳でのぉ ほっほっ」和尚は笑った

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