2週間前の休日の昼頃
どうしたんだろう?私…
人生って楽しくない。もう死にたい。苦しい…。不安は終わらない。
月明かりの綺麗な丘の上の公園。今、目の前にいる美しい背の高い少年が私に微笑んだ。唇は潤み、潤んだ唇から何処となく甘い匂いがする。その匂いは魅力的で、けれども危険な匂い。
彼は私に語りかけた。
「ねえ 君、死にたいの?君の願いを叶えてあげようか?」
彼の声変わりしない声は何処となく見た目に対して違和感がある。
「…」
「今、直ぐ叶えてあげるよ」
彼はそっと私の腰に腕を回し身を寄せ顔を近づけた。
——————彼は天使?悪魔?
◇◆◇
私と彼の出会いは2週間くらい前のことだ。
私は高田早穂実。高校受験を控えた中学3年生。親から期待された中学受験は合格できず、公立の中学に通いながら夜遅くまで習い事に明け暮れる落ちこぼれた女。
私は勉強に向いていない。親族一同、高学歴の上、おまけに出来の良い兄妹のせいで肩身が狭い。この様なエリートの世界で暮らすのは私みたく落ちこぼれには耐えがたい。
私の両親は医者である。父は有名な個人経営のクリニックの院長である。母は父の経営するクリニックのインフルエンサーで美人女医でインスタで多くのフォロワーを抱える院長夫人なのだ。
幼い頃から両親は自分たちの仕事で家を大概開けている。私達兄妹は幼い頃から家の専属のシッターに預けられたり、祖父母に面倒をみられながら育った。
私はあまり両親や祖父母から褒められたことがない。目立たない存在である。
◇◆◇
彼と出会った日の休日の昼前。私は3階の寝室から出て1階のダイニングへ降りた。
電話のプルル、プルルの着信音とともにダイニングのドアを開けた。そこには背丈の低い細身の気弱そうな50代くらいの女性が電話対応をしていた。
「もしもし高田でございます」
「はい、あぁ…のぅ…申し訳ございません」
「私はこの家の者ではありませんので…」
「えぇ…左様にございますか?」
「はい、失礼いたします」
ガチャ
彼女は島田志織さん。この家の6人いる家政婦の内の1人である。志織さんがまたいつものように勧誘の電話対応をしていた。
「おはようございます。と言ってももうお昼になりますね…ふっふふぅ。早穂実お嬢様ただいま、ご朝食の支度をいたしますね」
彼女が物腰柔らかい挨拶を終えると
「はぁ…」
と私は 気の抜けた返事をする。
私は8人がけできる程の大きなダイニングテーブルへ向かうと彼女が私の指定の席の椅子を引いて私を座らせた。
彼女はそそくさとこの食堂の奥にあるカウンターキッチンへ向かった。
カウンターキッチンで必要な物を素早く用意し、それらを配膳ワゴンに乗せ、私の座る席へ持ってくる。
彼女はおしぼり、ナプキンをテーブルに配置する。
「喉は乾かれましたか?どうぞ」
と私がいつも飲む飲み物をすぐにグラスに注ぎテーブルへ置く。
それから次から次へと配膳ワゴンに用意した、カトラリーやお皿、料理を手際よくテーブルに並べモーニングセットを配膳した。
「今日は急がれないといけませんよ〜。ピアノの杉下先生が1時〜1時30分には来られますからね」
今日は少し厳しめの志織さんで
「はぁ…」
と私はまた気の抜けた返事をした。
用意されると私は料理を味わうこと無く手早く食べていた。
◇◆◇
この家の子どもの休日はほとんどないと言っても休日の1日だけ昼前まで予定を入れないルールがあるくらいで毎日忙しなく、私以外の皆は活動している。兄妹やルールが無い両親でさえも朝から予定を入れているのだ。
家族旅行の時だけ皆、本当の休暇のような状態である。
と言っても今の高田家の子どもは私1人だけである。
◇◆◇
志織さんとは別の家政婦の木下さんが別館の掃除を中断し応接間とピアノ室の準備をしていた。
その間、私は支度をして3階の自室からダイニングに必要な物を持って降り、ダイニングのアールソファーに腰掛け今日の予定の確認をしていた。
約束の時刻が訪れ
「ピンポーン、ピンポーン」
とインターホンのチャイムがダイニングに響き渡った。
志織さんがすぐにインターホンへ向かい応答した。
「はい、高田でございます」
「杉下先生でございますね」
「はい、お待ちしておりました」
「玄関へお越しください」
志織さんが玄関のオートロックを解除した。
杉下先生がもう家に着いたようだ。
私はチャイムに気づき、応接間へ入った。
ガチャっと玄関のドアが開く音がすると杉下先生が
「こんにちはお邪魔します」
と挨拶をした。
「こんにちは先生、今日もお忙しい中お越しくださってありがとうございます」
と志織さんが出迎えた。
杉下「いえいえ」
志織「応接間でお嬢様がお待ちしております」
杉下「はい」
志織「どうぞお上がりください」
杉下「失礼します」
◇◆◇
玄関から杉下先生を志織さんが応接間に案内する。
コンコンコンと応接間にノックが響き渡った。
私は
「どうぞ」
と言った。
ガチャとドアが開いた。
志織さんが
「お嬢様、杉下先生が来られました」
と一言、号令をかけた。
杉下先生が
「失礼します」
と律儀にお辞儀して応接間へ入られた。
私はソファーの真横に立って
「こんにちは」
と挨拶をした。
杉下「こんにちは早穂実さん」
早穂実「先生、今日もよろしくお願いします」
とほんの少しの時間、応接間でお茶休憩をしてから応接間から移動し、ピアノ室でレッスンをする。
◇◆◇
杉下先生が
「では、今日は先程お話しましたコンクールの
課題曲の練習をメインでしましょう」
と話す。
「よろしくお願いします」
とピアノのレッスンが始まった。
受験をする中学3年生にもなってピアノを習うのはおかしいかもしれない。でもピアノを習う必要がある。理由は高田家と杉下先生との付き合いが長いためなのである。だから仕方がない。
それにピアノが人より出来るというだけでコンクールに推薦されたからだ。今日はコンクールの課題曲を練習する必要がある。と言っても私にとってピアノは特別な習い事ではない。
そうして練習しているうちにピアノのレッスンは終わった。
そしてピアノのレッスンが終わってから外出するまでの空き時間で学校の宿題や塾の予習と課題を進める。それから習い事のため外出する。外出すると目まぐるしい程、忙しい。
◇◆◇
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