心声
その男は、ルナの森に来て何度か探しているが、いっこうに女神像が見つからない。最初は、満月の日と知らずに来て森の中で朝になった。次は、睨む動物が怖くて、そちらには近寄らないように探していたら朝になった。3度目は、先に祈っている人が居て、それを待っていたらいつのまにか朝だった。
「あんさん、良く見かけるが、何しに来ているんだい?」
4度目の日、森の入り口で老人に話しかけられた。
「言い伝えの女神様に祈ろうと思って、探しているが、色々タイミングが合わなくて、森に来るのは3度目だよ」
「そりゃ良かった。ルナの森の女神像に挨拶するなら、森に入るのは3度までなんだ。次はないから気を付けてな」
「そうなのか。親切にありがとう」
老人から情報を聞いて、ふと気がついた。満月ではなかった日に来たのは、カウントされるのだろうか?
巡り会えないとは、つまり、願いは叶わないと同義なのだ。だが、男は懲りずにそのまま森に入った。
小型の狼が前を塞ぐ。お手製のスリングショットを取りだし、足元に落ちているドングリを拾い、狼に向かって打ち込んだ。
「キャイーン」
突然の攻撃に、小型の狼は逃げ去っていく。男を襲おうとしたわけでもなく、驚いてその男を見ていただけなのだ。
その先も、道を塞ぐ動物を見つける度に、スリングショットっで追い払った。神の使いの動物らしいと聞いたので、殺さないように気を付けているつもりなのだ。
森を進み、ついに、他人がいない時に女神像にたどり着いた。
「おお、やっとだ」
早速女神像の前に跪き、祈りを始めた。
「月の女神様、私に、猟の腕が上がるように、動物の心が解る力をください」
『動物の心が解る力だな。聞き届けた』
これで、逃げる先や、巣の場所を知ることが出来ると、その男は喜んだ。
そして森の帰り道、何か声が聞こえてきた。その声は、頭の中に直接響くような声だった。
「痛い痛い、出会して驚いて見ていただけなのに、何かをぶつけられた。この傷では、生まれたばかりの子にエサを取ってきてやれない」
「痛い痛い、いきなり攻撃された。この傷では冬は越せないかもしれない」
「痛い痛い、横を通っただけなのに攻撃された。襲うつもりもなく、ただ通過しただけなのに。これでは逃げられずに食べられてしまう」
「森から出ていけー!」
「森から出ていけー!」
「森から出ていけー!」
「森から出ていけー!」
「森から出ていけー!」
その声は、大合唱のように、頭の中に響きだした。
「頭が割れるようだ。助けてくれ、」
「森から出ていけー!」
「森から出ていけー!」
「森から出ていけー!」
「森から出ていけー!」
「森から出ていけー!」
「森から出ていけー!」
永遠に聞こえる声に、たまらなく叫んだ。
「もううんざりだ! 何も聞きたくない。音は要らない!」
『聞き届けた』
いきなり無音になった。男の耳は、一切の音をとらえなくなった。以後、男に音が戻ることはなかった。