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ルナの森  作者: 葉山麻代


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6/11

兄妹

「女神様、妹に腹いっぱい食べさせてください」

『それはどのような状態だ?』

「お腹が空いて眠れない幼い妹を、幸せにしてやりたいんだ。俺が頑張っても、たいした稼ぎにならないけど、これからも頑張るから、妹を幸せにしてください」

『聞き届けた』


 12歳と3歳の兄妹は、流行り病で両親を亡くし、浮浪児のような生活をしていた。両親が借りていた家は追い出され、親切な農夫から借りた納屋の隅で寝泊まりして、商店の手伝いなどをして、少しの食品を分けてもらい生活をしていた。兄の名はカイ、妹はマリ。



 ある日、兄が熱を出して寝込んでしまい、妹はいつも兄が出入りしている商店に、兄が寝込んだことを伝えに来た。


「あのね」

「なんだ汚いガキだな。何しに来た?」

 店の前を掃き掃除していた丁稚(でっち)は、怪訝な表情で言った。

「おにいちゃんがね、おねつがでたの」

 お兄ちゃんと言われ、この幼女と何となく似た雰囲気の少年を思い出した。

「もしかして、いつも手伝いに来ているアイツか?」

 今日は見かけないなぁと丁度考えていたところだった。


 そこへ、この店の主人が顔を出した。丁稚(でっち)小僧が薄汚れた幼女と話しているので、何だろうと思ったのだ。

「何をしているんだい?」

「旦那様、この子の兄が、いつも片付けを手伝ったりしているんですが、熱が出たらしく、伝えに来たようです」

 どうやら、番頭が個人的に面倒をみている孤児の兄妹らしい。こんな幼女が伝えに来ると言うことは、ただ事ではないのかもしれない。

「誰か人をやって、少し様子を見て来なさい」

「かしこまりました」


 主人がマリに問いかける。

「お前、名前は何て言うんだい?」

「マリちゃん!」

 主人は思った。薄汚れているが、目鼻立ちがしっかりしている。綺麗にしたら可愛らしい顔立ちかもしれない。

「お前は中で待っていなさい。食べるものをやろう」

「ありがとざいます!」

 昨日から何も食べていなかったマリは喜んだ。


 主人は女中(メイド)に声をかけ、台所に連れていった。濡れた布で顔を拭いてやり、髪を少し整えてやった。すると、半年前に流行り病で亡くなった次女に良く似た可愛らしい面差しだ。


「親はいないのか?」

「しんじゃったって、おにいちゃんがいってた」

「そうか。一緒に住んでいるのは、兄だけか?」

「おにいちゃんといっしょなのー」

 質問の意図が伝わらなかったらしい。


「他に兄弟はいないのか?」

「いなーい」

 実はもう一人8歳の兄がいたが、両親と一緒に亡くなっている。


 朝食の残りを与え、少しすると店の者が、兄と言う子供を背負って帰ってきた。

「旦那様、凄い熱です。子供の体では耐えられないかもしれません」

 農夫でも医者にかかるのは無理があるのに、孤児の子供が医者にかかるのは、ほぼ無理である。


「マリとやら、お前の兄は、医者に見せないと危ないかもしれない。私が医者の代金を出してやるから、私の頼みを聞いてくれないか?」

「わかったー」

 即答だった。

 マリにしてみれば、兄を助けてくれる人の言うことなら、変わりに死ねと言われても頷いたかもしれない。


「では、まずは風呂に入ってもらう。その後は、私の妻と娘に会って、言うことを聞いて、色々なことを習いなさい」

「わかったー」


 下女に風呂に入れてもらい、この家に有る綺麗な服に着替えさせられた。きちんとした身なりをすると、それ相応の家の子供に見える。幼いが整った容姿が映える。


「その格好、似合うな。妻と娘に会わせるから、ニコニコしていてくれ」

「わかったー」


 主人は、次女を亡くし寝込んでしまった妻のもとに、マリを連れていった。


「入るぞ」

「どうぞ」

 看病をしていた7歳の長女が返事をする。

 扉を開け、主人は入った。マリは後ろについて来ている。

「お父様、そちらのお嬢さんはどなたですか?」

 長女のエリが質問してきた。

「ちょっと顔を見てみなさい」

「はい」

 何だろうと思いながらも、長女がマリの顔を覗き込み、叫んだ。

「エミ! の訳ないか。それにしてもそっくりね!」


 長女の声に、眠っていたらしい妻が目を覚ます。

「エミがいるの? どこなの?」


 そしてマリを見ると、跳ね起きて抱きついた。

「エミ、エミ、帰ってきてくれたのね。良かったわ」

 抱きついて泣いてしまい、マリから一向に離れない。


「お母様、そんなにきつく抱き締めては、痛がってしまいますわ」

「そ、そうね。ごめんなさい」

 やっと離してくれ、布団の横に座らせてくれた。その間マリは、主人に言われたとおり、無理にニコニコの表情で耐えていた。


「この子は、マリ。孤児だ。10代の兄がいて、今高熱を出して寝込んでいる。うちで面倒を見ようと考えている。どうだ?」

「賛成! 今日から私の妹ね。マリちゃん、よろしくね。私はエリよ」

「エリちゃん? マリちゃんはいもうとなの? エリちゃんはおねえちゃんなの? マリちゃんのおねえちゃんなの?」

「そうよ!」

「おねえちゃん!」

 子供同士は、すぐに打ち解けた。妻を見ると、次女は亡くなったと思い出したのか、少しガッカリしたようだが、孤児だと言う、次女そっくりなマリを保護しようと思ったらしい。


「マリちゃん、私がお母様ですよ」

「おかあさま? おかあさんとはちがうの?」

「マリちゃんとお兄さんの本当のお母さんが、お母さんで、私はお母様なのよ」

「わかったー。おかあさまー」


 その日以降、妻は寝込まなくなった。それを一番喜んだのは、長女だった。


 マリの兄のカイは、医者に見せたおかげで熱が下がり、病状が落ち着き、自分の状況を理解した。いつも仕事と食料を与えてくれていた番頭から直接説明を受けたのだ。

 妹が高熱を伝えに来て、旦那様と取引して、兄を助ける変わりに、養女になる条件を飲んだと。


 カイは、離ればなれになることを理解し、妹の幸せを喜び、番頭に頭を下げた。

「マリをどうかよろしくお願いします」

「そこは安心して良い。それでだけどお前さんは、難しい勉強をする気はあるかい?」

「マリの幸せのためなら、できる限りの努力をするつもりです!」

「そうかそうか。病が治ったら、読み書きから教えるから、必死で覚えなさい」

「はい」

「今日はもう寝なさい。休むべき時にはしっかり休むことも、大事だ」

「はい」



 やがてカイは全快し、まずは読み書きから教わることになった。

「なんだお前さん、読み書き出来るのか!?」

「はい。父から習いました」

「どうして申告しなかったんだい?」

「え? お伝えするべきだったのですか?」

「それはそうだろう。頼める仕事の質が変わるよ」

 番頭は兄妹の事情を知って気の毒に思い、最低限の仕事と、食料を分けていたが、文字が読めるなら、もっとまともな仕事を与えることも出来る。

「もしや、計算も出来たりするのか?」

「一桁の掛け算と、書いて良いなら何桁でも、足し算、引き算が出来ます」

「本当に、何で言わなかったんだい。ちょっとこれを計算してみなさい。算盤(そろばん)は使えるかい?」

「おそらく」

 算盤の現物は触ったことはなかったが、父から話に聞いており、使い方は知っていた。


「お前の両親は、何の仕事をしていたんだい?」

「亡くなる前は農夫でしたが、生まれは商家の次男坊で、女中だった母と駆け落ちしたらしいです。読み書き計算が出来るので、回りを助けていたらしく、それが気に入らなかった大家からは、目の敵にされていたみたいで、両親が亡くなると即、追い出されました」

「成る程な。それで、納屋を貸してくれる人がいたのか」

 勝手に住み着いていたと言う体で、好きに使って良いと貸してもらっていたのだ。借り賃として、掃除と片付けをして、たまに食べ物を分けてもらったりして、妹にも良くしてもらっていた。


「お前に特に希望がないのなら、ここにこのまま住んで、精進しなさい」

「ありがとうございます。お世話になった納屋の持ち主に、事情だけ話してきてもいいですか?」

「今日の午後から、行ってきなさい」

「ありがとうございます」

 布団を敷くといっぱいいっぱいの小さな部屋だが、そのまま一人部屋を与えられた。


 朝は誰よりも早く起きて外の掃除をし、どんな仕事を言いつけられても笑顔でこなし、常に愛想良く人に接し、店が暇な時間に新しい仕事を教わり、メキメキと頭角を現していった。


 妹の方は、義姉と義母の言うことをしっかり聞き、幼いながらも、良い所のお嬢さんに見えるようになっていった。



 8年経ったある日、本物のお嬢様であるエリに、結婚の話が持ち上がった。相手の事を調べてみると、家は豪商ではあるが、当人は遊び人でろくな噂もなく、年齢も32歳で初婚ですらないらしく、主人は困り果てた。そんな所に嫁がせては、絶対に不幸になる。

「エリに、好いた相手は居ないのか?」

 主人が妻に問いかけると、意外な回答を得た。

「エリは、本来一人娘でこの店を継ぐのだから、入婿をとられるのではないのですか?」

 成る程、確かにそうだ。それなら、店を継げそうな相手は、誰だろうと考えた。

「年頃が良さそうなのは、カイと、」

「あらやだ。カイ以外は、故郷に許嫁が居ると聞いていますよ」

「それならカイか。エリはどうだろうか」

「カイなら良いんじゃ有りませんか? 真面目に働いているし、マリの本当の兄ですし」


 主人が、カイとエリに個別に聞いてみると、双方良い反応だった。しかも、「ろくでなしと縁付くなんて絶対に嫌です」と、娘のエリは持ち込まれた話自体を嫌がっていた。


 約1年後、エリ16歳、カイ21歳の時に祝言を上げ、夫婦(めおと)になった。そして、マリ12歳にして、もう一度兄を「お兄ちゃん」と呼べるようになった。それまでのマリは、助けてもらった時の条件通りに覚悟を決め、兄を兄と呼ばなかったのだ。カイも「マリさん」と妹を他人行儀で呼んでいた。主人や奥方は、そこまで強制するつもりはなかったのだが、二人の覚悟を見守っていた。


 3人は仲良くルナの森を訪ね、それぞれがお礼を言った。

「女神様、妹を幸せにしてくださり、本当にありがとうございます。私はこれからも頑張る所存でございます」

「女神様、夫と妹を幸せにしてくださり、ありがとうございます。お陰さまで、私も幸せです」

「女神様、お兄ちゃんとお姉ちゃんが、末永く幸せでいられますように。私はとっても幸せです。ありがとうございます」

『それぞれが精進するように』

「はい」

「はい」

「はい」


 他人の幸せを願う願い事は叶いやすいのだろう。

9位 [日間]ホラー〔文芸〕 - 連載中


タイミングのおかげではありますが、初の一桁台に載りました。

皆様、応援どうもありがとうございます。

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