聖女
「母を救ってください。私に救う力をください」
『そなたの母を救うには、10年遡らねばならぬ』
頭の中に響く声が聞こえる。
「10年前に行くのですか!?」
『そなたの光を代償に、10年遡らせてやろう』
「ありがとうございます」
『10年間精進なさい』
「かしこまりました」
今日から16歳だったはずの私、マリアは、幼い子供に変わっていた。
森を管理する老夫婦に保護され、自宅から迎えが来て、私は自宅に戻った。迎えに来た兄には物凄く怒られたが、父と母には、内緒にしてくれたらしい。
私は早速、寝込んでいる母のもとに出向き、10年後に危篤になる病魔について、父に訴えた。
「お前は何を言っているんだい? さあ、母さんのために静かにしておくれ」
聞く耳を持たない父にいくら訴えても無駄らしいので、兄に全てを話し、父がいない時に母を見舞おうと考えた。
「この後、お母様は重い病気になって、10年後に危篤になるの。私は10年後から来たの」
「可愛い妹の言うことは信じたいけど、何か証拠を出しておくれ」
当然の要求をされた。
「お兄様は、このあと全寮制の学校に行ってしまうから、ほとんどお会いできないわ」
進学について妹に話したことはなく、少し信じたようだ。
「えーとね。近所に、大きなお店が出来るわ。あと、お隣のおうちで、大きな犬を飼い出すわ。お兄様が、学校からお手紙をくださって、ガールフレンドを連れて帰るって書かれていたのに、お一人で戻られて、とってもご機嫌が悪かったわ」
状況を察し、兄は慌てていた。
「わかったわかった。何をしたら良い?」
「お父様がいない時に、お母様に会わせてください」
「明日、出掛けるらしいから、明日で良いかい?」
「お兄様、ありがとう」
父が出掛けたあと、母の部屋に行き、母の患部を手でおおった。
「マリア、何をする気だい?」
「お兄様、目を伏せて!!」
手を置いた場所が激しく発光し、これは見続けてはいけないと本能的に感じた。しかし、両手を使っているため、目をおおうことも出来ずに、その光を見続けることになり、光が収まる頃には、私の目は光を感じなくなっていた。
あ、こういうことかと、女神様の言った言葉を理解した。
「大丈夫なのか!?」
「ええ、母はもう大丈夫……」
私はそのまま気を失ったらしい。
気がつくとベッドに寝かされていて、額に冷たいタオルがのせられていた。
「お兄様?」
「気がついたか! 母様は顔色が良くなって、明日にも起きられそうだぞ!」
「そう、良かった。お兄様、ありがとう」
「つまんないお願いがあるんだが、聞いて貰えるか?」
「なんですか?お兄様」
「それ、お兄様って、いつもみたいに、お兄ちゃんって呼んでくれないか?」
「あ、そうですわね。このくらいの年のころは、お兄ちゃんって呼んで、いつもまとわりついていましたね」
懐かしそうに語る私を見て理解したらしい。
「本当に未来から来たんだな」
「ひとつ謝りますわ。私、目が見えません。これが代償だそうです」
「なんてことを」
翌日、出先から戻った父と、起きられるようになった母が、見舞いに来た。
「マリア、信じてやれなくて悪かった」
「マリア、私のために、あなたが光を失うだなんて……」
「16歳の私が下した決断です。これが最良なのです」
寝たり起きたりだった母が、マリアに何処へでも付いて回り、父はマリアの記憶の通り仕事をして、兄も全寮制の学校へ進学した。
ある日、家の前に行き倒れている人がいたらしい。男性なら躊躇したが、若い女性に見えたので、母親は使用人に指示して家の中に招き入れたようだ。
「お母様、どなたかいらしているの?」
「若い女性が、門のそばに行き倒れていたのよ」
「私をその方のもとにお願いします」
光を失い、目が見えなくなると思っていたが、全く見えないわけではなく、サーモグラフィのように、温度の違いはわかるようで、人の顔の違いは分からないが、体格は分かる。部屋に入ると、腹部から強烈な光を放っているヒト型があった。
「お母様、私の手が光るのを見かけたら、光を見ないように、急いで伏せてくださいませ」
「え、わかったわ」
若い女性らしきヒト型の腹部を触り、光が放出された。私はまた倒れたらしく、気がつくとベッドの中だった。
「マリア、本当に大丈夫なの?」
「お母様、ご心配をお掛けいたしました」
「あの女性は、意識を取り戻したわ。服を脱がせてみたりはしなかったから気がつかなかったのだけど、腹部に酷い傷があったみたい。服だけに血のあとが残っていたわ」
親の借金のカタに無理矢理結婚させられ、その夫に毎日のように服で見えない場所を殴られたそうで、行くところもないらしく、回復したらこのまま雇うことにしたと聞いた。
翌日には「マリア様!」と、元気に挨拶に来ていた。名前はアンと言い、私の専属を希望したらしい。
何処から噂が広まったのか、重病患者が訪ねてくるようになった。
最初のうちは毎度倒れていたが、そのうち慣れてきたのか、倒れないようになってきた。
誰が言い出したのか、「聖女様」と呼ばれ出し、8歳頃に最高権力者から、登城命令が来た。
「お前が話題の聖女か。まだ子供ではないか。どれ、何か力を見せてみよ」
「恐れ多くも申し上げます。私の力は、月の女神様からお借りした力、10年間の限定の上、自宅でしかその力を発揮できません」
「なんと! では、儂が出向いたら、治療してくれるか?」
「勿論でございます。どうか私が16歳になる前にお越しくださるよう、お願い申し上げます」
「わかった。家に帰るが良い」
あっさり家に帰された。
「マリア様、ご自宅でしか、無理なのですか?」
付き添いでついてきたアンに聞かれた。
「そう言わなかったら、城に留め置かれるわ。そして力がなくなったらどういう扱いになるか」
「確かに!」
「あの説明で無理なら、8歳ぽく泣きわめく予定だったわ」
「あははは。マリア様最高です!」
「冗談はさておき、そう言う噂を流しておかなかったら、拐われるからね」
「確かに!」
「アン、ちゃんと髪型や化粧を変えている? 私は見えないから分からないけど、自衛は大事よ」
「はい! 奥様が、髪を染めさせてくださいました。少しつり目ぎみに化粧をして、意思が強そうに見えるようにしております」
「それなら安心ね」
無事に屋敷に帰りつき、その後も毎日1~2人の患者を診た。
お隣のお宅は、記憶通り犬を飼い始めたが、簡易宿泊施設も始めていた。あぶれる患者を泊めるための施設らしい。
近隣には大型店舗が出来、小さな町は賑わった。
お隣の御夫婦にだけは、16歳には力を返す旨を伝えてある。その他に商売で宿を始めた業者には、町を騒がせないで欲しいと申し入れた時に、無関係だと突っぱねられたので、伝えていない。
1週間で6~10人くらいを治療し、途中、本当に偉い人が来たりもして、町が騒がしくなったこともあった。
16歳の誕生日、丁度満月なので、アンをつれ、ルナの森を訪れ、女神像にお礼を伝えた。
「女神様、お陰さまで、母を治すことが出来ました。本当にありがとうございます」
「女神様、お陰さまで、私も救っていただきました。ありがとうございます」
アンもお礼を述べる。
「お借りしたお力をお返しに上がりました」
『そなたは、返しに参ったと言うのか』
「はい」
『なれば、そなたの目を返そう』
「お返しいただけるのでございますか!?」
『そのために来たのではないのか?』
「10年間精進するようにとのお言葉をいただきましたので、10年間お貸しいただいたものと考えておりました。私の目は、母を救ってくださった代償と考えておりました」
『そなたは、ずいぶんと謙虚なのだな。目は返そう。その力は、今少し貸しておく。ここぞと言うときに使うとよかろう』
「ありがとう存じます」
サーモグラフィの世界に、鮮やかな色がついてきた。
「アンの顔が見えるわ」
「マリア様、良かったです。本当に」
アンは顔をグシャグシャにして泣き出した。
 




