表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ルナの森  作者: 葉山麻代


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2/11

我儘

 また1人、噂を聞き付け、森にやって来た者がいるようだ。


 祠守(ほこらもり)の老夫婦が、傷ついた動物たちの手当てをし、女神の像を拭きあげる。


「あの、この辺に、女神像がある祠があるって聞いて探しているんですが、」

 未成年に見える若者だった。


「何のためにかね?」

「願いが叶うって聞いたんで、願い事を聞き届けてもらいたいんです」

「無謀な願い事は、願わないことだ」


 そう言った老夫婦は、自分達の後ろの女神像が見えるように、脇に避けた。


「おお、こんなところに」

 若者は、持参したらしい花を供え、手を合わせて、熱心に何かを祈っていた。


 こんなに明るい時間に来て祈っても、月の女神の涙は手に入らないのに、知らないのだろうか。


「作法を知らないのかい?」

「作法? あー、深夜に来るんですよね。夜中にもう一度来る予定です」

「そうか」


 今日は満月。深夜に来る者はいるだろうと思っていたが、こんな時間に女神に挨拶に来る若者がいるとは考えていなかった。


「ありがとうございました。夜中に又、妹と一緒に来ます」


 妹の為に道を把握したかったのかと、老夫婦は納得した。


 その日の深夜、13歳の妹をつれた兄が、ルナの森に入ってきた。


「兄さん、本当に有るの?」

「明るいうちに来て確かめたから、大丈夫。これで母さんの(やまい)も治るよ」


 兄妹は暗い森を歩き、女神の祠に到着した。途中色々な動物に出会(でくわ)したが、それらはこちらをじっと見るだけで、襲っては来なかった。


 白い大理石で出来ているような少し艶の有る女神像は、月光に照らされ、とても美しい。


「さあ、母さんのために祈ろう」


 商売人の父親が急死し、母親も病に倒れ、ほどほどに豊かだった生活が一変した。明日の見通しも立たず、持ち物を売却し、何とか母親の医者代を支払っていた。妹の装飾品も売り払い、次は家を売らなければいけない。


 月に照らされた女神が、一筋の涙をこぼす。


「兄さん、私が採取する!」

 妹は兄から小瓶を受け取り、女神の像から涙を採取した。


「これで母さんの病も回復するぞ!」

 兄が喜んだ瞬間、妹はその雫を飲み干した。


「おまえ、何やってるんだ!」


『何を願う?』

 頭の中に響くような声が聞こえてきた。


「私を国一番の美女にして!」

「なんて事だ」

 兄は絶望し、妹はしてやったりという顔をした。


『そなたは何を願う?』

 再び聞こえた声に、兄はキョロキョロし、自分に言われたと理解し、女神像に向き直った。


「母の病を直してください。お願いいたします」


『願いは聞き届けた』


「ありがとうございます。ありがとうございます」

 兄はお礼を言ったが、妹は手鏡を見ながらその辺をうろついていた。


「早く帰りましょうよぅ」

 兄は呆れて妹を見たが、見た目は変わっていないので、自分の願いだけが聞き届けられたのかと考え、妹をつれ森を出るのだった。


 朝になると、嘘のように回復した母親が、朝食が出来たと起こしに来た。


「母さん、治ったんだね! 本当に良かった。女神様に感謝しなければ」

「ありがとう。ねえ、リビングにいるスッゴい美人は、だあれ?」

「え?」

 慌ててリビングに行くと、髪型や服装に妹の面影が残る美女がそこにいた。


「おまえ、その顔」

「うふふん! 美女になったわ!」


 母親に、それは妹だと説明し、事の成り行きを話した。

 母親は気味悪そうに娘の方を見たが、息子とだけ会話し、女神様にお礼に行きたいと言っていた。


 妹の話題は、すぐに町に知れ渡り、金持ちからの結婚の申し込みが絶えなくなった。貢ぎ物だけで生活が潤うほどで、それなりに感謝はしたが、母親も兄も、顔の違う妹を気味悪がってあまり近寄ってこない。


 そのうち、低位貴族からも複数の結婚の申し込みがあり、貴族女性から敵視されるようになってきた。


「不細工な方が悪いのよ。私の美貌に敵わないからって、嫉妬は止めてほしいわ」

 性格の悪さが際立ち、尚更恨みを買っていった。


 ある日、高位貴族の従者を名乗る馬車が到着し、身一つで良いと言われ、妹は家を出ていった。低位貴族の養女になってから、高位貴族に嫁ぐらしく、縁すら切って行った。


 母も兄も仕事を始め、妹の貢ぎ物には頼らない生活をしていたため、妹が置いていった高価な物は全て救護院や教会に寄付し、妹のいない生活を始めた。


 母親の体力がついてきた頃、ルナの森に入り、女神像にお礼を伝えに行った。

「母の病を直してくださり、ありがとうございました」

「私の病を直してくださり、本当にありがとうございます」


 女神像が涙を流したのを見て、母と兄は願った。

「女神様が幸せであられますように」

「女神様がご無理をされませんように」


 その後二人は幸せに過ごした。


 妹はと言えば、低位貴族の養女になりマナーを習うが、厳しさについていけず、全くものにならず、すわ放免か、というタイミングで(かどわ)かされた。マナー講習が嫌で内緒で町に逃げていた時の出来事だった。


 身の代金を要求されたが、身柄を預かっていた低位貴族は応じず、嫁入り先とされていた高位貴族も、顔だけの女は要らないと言って、誰も金を支払わなかった。


 人攫いたちは、娘を娼館に高額で売り払い、娘は一生娼館から出られないのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ