我儘
また1人、噂を聞き付け、森にやって来た者がいるようだ。
祠守の老夫婦が、傷ついた動物たちの手当てをし、女神の像を拭きあげる。
「あの、この辺に、女神像がある祠があるって聞いて探しているんですが、」
未成年に見える若者だった。
「何のためにかね?」
「願いが叶うって聞いたんで、願い事を聞き届けてもらいたいんです」
「無謀な願い事は、願わないことだ」
そう言った老夫婦は、自分達の後ろの女神像が見えるように、脇に避けた。
「おお、こんなところに」
若者は、持参したらしい花を供え、手を合わせて、熱心に何かを祈っていた。
こんなに明るい時間に来て祈っても、月の女神の涙は手に入らないのに、知らないのだろうか。
「作法を知らないのかい?」
「作法? あー、深夜に来るんですよね。夜中にもう一度来る予定です」
「そうか」
今日は満月。深夜に来る者はいるだろうと思っていたが、こんな時間に女神に挨拶に来る若者がいるとは考えていなかった。
「ありがとうございました。夜中に又、妹と一緒に来ます」
妹の為に道を把握したかったのかと、老夫婦は納得した。
その日の深夜、13歳の妹をつれた兄が、ルナの森に入ってきた。
「兄さん、本当に有るの?」
「明るいうちに来て確かめたから、大丈夫。これで母さんの病も治るよ」
兄妹は暗い森を歩き、女神の祠に到着した。途中色々な動物に出会したが、それらはこちらをじっと見るだけで、襲っては来なかった。
白い大理石で出来ているような少し艶の有る女神像は、月光に照らされ、とても美しい。
「さあ、母さんのために祈ろう」
商売人の父親が急死し、母親も病に倒れ、ほどほどに豊かだった生活が一変した。明日の見通しも立たず、持ち物を売却し、何とか母親の医者代を支払っていた。妹の装飾品も売り払い、次は家を売らなければいけない。
月に照らされた女神が、一筋の涙をこぼす。
「兄さん、私が採取する!」
妹は兄から小瓶を受け取り、女神の像から涙を採取した。
「これで母さんの病も回復するぞ!」
兄が喜んだ瞬間、妹はその雫を飲み干した。
「おまえ、何やってるんだ!」
『何を願う?』
頭の中に響くような声が聞こえてきた。
「私を国一番の美女にして!」
「なんて事だ」
兄は絶望し、妹はしてやったりという顔をした。
『そなたは何を願う?』
再び聞こえた声に、兄はキョロキョロし、自分に言われたと理解し、女神像に向き直った。
「母の病を直してください。お願いいたします」
『願いは聞き届けた』
「ありがとうございます。ありがとうございます」
兄はお礼を言ったが、妹は手鏡を見ながらその辺をうろついていた。
「早く帰りましょうよぅ」
兄は呆れて妹を見たが、見た目は変わっていないので、自分の願いだけが聞き届けられたのかと考え、妹をつれ森を出るのだった。
朝になると、嘘のように回復した母親が、朝食が出来たと起こしに来た。
「母さん、治ったんだね! 本当に良かった。女神様に感謝しなければ」
「ありがとう。ねえ、リビングにいるスッゴい美人は、だあれ?」
「え?」
慌ててリビングに行くと、髪型や服装に妹の面影が残る美女がそこにいた。
「おまえ、その顔」
「うふふん! 美女になったわ!」
母親に、それは妹だと説明し、事の成り行きを話した。
母親は気味悪そうに娘の方を見たが、息子とだけ会話し、女神様にお礼に行きたいと言っていた。
妹の話題は、すぐに町に知れ渡り、金持ちからの結婚の申し込みが絶えなくなった。貢ぎ物だけで生活が潤うほどで、それなりに感謝はしたが、母親も兄も、顔の違う妹を気味悪がってあまり近寄ってこない。
そのうち、低位貴族からも複数の結婚の申し込みがあり、貴族女性から敵視されるようになってきた。
「不細工な方が悪いのよ。私の美貌に敵わないからって、嫉妬は止めてほしいわ」
性格の悪さが際立ち、尚更恨みを買っていった。
ある日、高位貴族の従者を名乗る馬車が到着し、身一つで良いと言われ、妹は家を出ていった。低位貴族の養女になってから、高位貴族に嫁ぐらしく、縁すら切って行った。
母も兄も仕事を始め、妹の貢ぎ物には頼らない生活をしていたため、妹が置いていった高価な物は全て救護院や教会に寄付し、妹のいない生活を始めた。
母親の体力がついてきた頃、ルナの森に入り、女神像にお礼を伝えに行った。
「母の病を直してくださり、ありがとうございました」
「私の病を直してくださり、本当にありがとうございます」
女神像が涙を流したのを見て、母と兄は願った。
「女神様が幸せであられますように」
「女神様がご無理をされませんように」
その後二人は幸せに過ごした。
妹はと言えば、低位貴族の養女になりマナーを習うが、厳しさについていけず、全くものにならず、すわ放免か、というタイミングで拐かされた。マナー講習が嫌で内緒で町に逃げていた時の出来事だった。
身の代金を要求されたが、身柄を預かっていた低位貴族は応じず、嫁入り先とされていた高位貴族も、顔だけの女は要らないと言って、誰も金を支払わなかった。
人攫いたちは、娘を娼館に高額で売り払い、娘は一生娼館から出られないのだった。




