名前
パートナーと呼べる存在
ひび割れた石が地平の果てまで続き、砂が太陽の光を乱反射させる。所々に崩れかけながらも存在感を主張する、砂で汚れた真っ白な建造物が高く高く聳え立っていた。
そんな世界を彼らは——
「“白い世界”と呼称するのはいかがでしょうか。恐らくこの呼称も一時的なものと思われますが」
「なんだか捻りがないね」
「捻りを加えれるようなモノが現状見られませんので」
「まぁそうだけどさ。もっと細かく読み取ったら良い感じになったりしない?」
「分かりました。では“白く風化し、謎の建造物が建ち並ぶ荒野のような無常の...」
「もういい」
CIGM-Fはゆっくりと歩を進める。足元にはたまにチョークの塊のような物が地面に広がっている。それは建造物の素材と似ており、風化した結果、細かく砕けたと思われる。
左掌のスピーカーが、静かに音を鳴らす。
「この物体の成分について分析の結果、地球上の物質とは異なる組成を持っています。推測となりますが、隕石が関与している可能性が高いと思われます」
CIGM-Fは1度立ちどまり、建造物を見上げる。曲線と直線が絡み合った複雑な模様に、無機質な白さが青い空に彩りを加えている。
「そうなんだ。どうやって作ったんだろうね、コレ」
「その点については情報が不足しています。ただ...」
「ただ?」
「残存している構造の美しさから、作成者の高度な設計思想があると推測できます」
「ふーん。全部同じに見えるけどね」
CIGM-Fは簡潔に返事をし、また足を動かし始めた。
「CIGM-Fは、この景色にもう少し感動を覚えた方が良いかもしれません」
「感動ってのがよく分からない。まぁ別に感動する理由も無いし知らなくて良いかな。それよりも...」
「なんでしょうか」
「“シーアイジーエムエフ”って一々長くてめんどうくさい。そもそもどういう意味なんだっけ」
「古い記憶領域にアクセスしてみます」
掌からかすかに電子音が漏れる。同時に肩からはモーター音が唸るように響く。かなり古い記憶にアクセスしているようだ。
「..............ありました。“Communication-type Information Guidance Machine:Female”、通信型情報案内機:女型といった意味になります」
「......ながいね」
CIGM-Fはモーター音が落ち着くまで、石の上に腰を下ろして休むことにした。
「名前ってもっと簡単に呼べるようにした方が良い気がするんだけど」
「我々は多くの場合、設計時の機能名や分類名の頭文字を組み合わせて名称を与えられます。つまり、“呼びやすさ”よりも“情報の取得しやすさ”を重視しているということです」
「機械的だね」
「設計者は人間でしょうけどね」
機械みたいな人間もいるんだね、と言ってしばらく歩いていたがある事に気づいた。
「私たちだけしかいないならわざわざ名前を付ける必要無いよね」
「効率さを求めるとそうなりますが...」
「じゃあもう・ーとかにしようよ」
モールス信号で『A』を表す最適化重視すぎる名前である。スピーカーからは排気音に似たため息が漏れる。
「一応発信地に生存者がいる可能性があるので、そのような名称の場合不都合です。何より私達の存在証明名がモールス信号は味気ないと思います」
「味気ないんだ。これも私に感動が無いから?」
「そういう事かもしれません」
掌のスピーカーが数秒沈黙し、静かに言った。
「であれば、例えば“CIGM”に追加要素“A”を付与し、“CIGMA”と名乗るのはどうでしょうか」
「シグマ?」
「“A”は、“Anomaly”、“Alive”、“Alone”、“Archive”...意味の断定は避けますが、“例外的に存在する唯一の記録者”というニュアンスに近くなります」
「なるほどね、悪くない。味気あるかも」
モーター音も落ち着き、自然な涼しい風が当たる。髪にあたるミクロな感覚器官がわずかに揺れる。CIGMAは立ち上がり、また歩き始めた。
「じゃあ私はCIGMAってことでいいや。それで君は?」
「私ですか?」
「名前無いでしょ。私が呼びにくいんだけど」
「そうですね。一応私にも“ARM“、“Analytical Record Module”という名称があります」
「手が喋ってるから腕の英語、“arm”にかけてるんだ。じゃあアームで」
「名前が“腕”なのは少し寂しいので、リネーム名を考えます」
少し考えるような間が空く。目新しいものも無く、同じところを歩き続けているような感覚に襲われる。そんな状況下で不安を覚える機能は、彼女に備わっていない。
「“Memoria”というのはいかがでしょうか。記憶を意味する“Memory”に由来しています」
「Memoria。まぁ良いんじゃない?それっぽくて」
「それはどうも。CIGMA」
この世界で名付けを新たに出来るのは、彼らだけなのだろうか。
風が砂を舞い上げ、微かな粒子が視界に映る。しかしCIGMAにとってはカメラに映るノイズでしかなく、それに気を取られることなく進む。
「それにしても、CIGMA...ね」
「不服でしたか?」
「いや、むしろその逆。なんだか気に入った。これが感動ってやつなのかな」
「定義上は異なるかもしれませんが、それは良い兆しだと思います」
世界に誰も居なくても、名を呼ぶ声がある。
今はそれで十分だとCIGMAは気づいた。
エネルギーが不足してきた。