// 1-6 海底散歩と明かされる秘密
黒竜からの逃避行から3時間が経過した。
私たちは今、アーサーさんに先導してもらい、海底を歩いているところだ。
***
黒竜から逃げ切った後、私たちを包み込んだ障壁はゆったりと海の中を沈んでいき、海底へとたどり着いた。
障壁はどうやら、1度発動させてしまえば暫くはそのまま効力を発揮するようだ。
私が海底を移動すると、それに追従するように障壁も移動した。
しかし、それも永遠に続く訳では無い。
サニアとアーサーさん曰く、この手の魔道具は、魔道具自身に込められた魔力を少しずつ消費して効果を発揮するらしい。
その消費量は魔道具によって異なるが、このスカートの場合、並の魔道具より強力なため、その分多くの魔力を消費するらしい。
海底に到着した時点で残っていた魔力を元に、アーサーさんが算出したタイムリミットはおよそ4時間。
4時間以内にこの海底から脱出しなければ、私たちは溺死。
あるいは、水圧による圧死という結末を迎えることになる。
落下死といい溺死といい、なんか死因が妙に現実的で嫌になる。
もっと、ファンタジーっぽい死因はないのか!?
いや、ファンタジーっぽい死因とか知らんけど。
たしか、船にいた時に聞いた話によると、ここから目的地である北の大陸までの距離は船で約4時間。
その船の速度が時速30kmという話だったので、距離にしておよそ120km。
起伏のある海底を、4時間以内に、120km踏破しなければ溺死。
って、そんなん出来るか!
一難去ってまた一難。猶予は出来たけれど、未だに死の危険は去っていなかった。
そんな事実に絶望していると、アーサーさんがおもむろに指輪の1つをいじり出す。
すると、指輪から一条の光が放出され、特定の方角を指し示した。
「オーケーオーケー、だいたい分かったぜ。多分だけどサ、あっちの方に10kmくらいいけば、島があるはずだぜ」
そう言って光から見て11時くらいの方角を指さすアーサーさん。
何だこの人...有能さが限界突破してないか?
***
そういうわけで、島を目指して海底を散歩しているわけでした。
あれから3時間、歩きづらい海底に四苦八苦しながらも、私たちは順調に進んでいた。
「しかし、アーサー殿は本当に漁師なのか?私が言うのもなんだが、黒竜と対峙したときの判断力は常人の域を超えていた」
サニアがアーサーさんに問いかける。
やっぱり、サニアから見てもアーサーさんって凄い人なんだなぁ。
「おう、この道25年のベテランだぜ? まぁ、こんな海で漁師やってっとサ、海の魔物と戦うこともあるからな」
そう言って、なぜか力こぶを作るアーサーさん。
「なるほど、場慣れしているとは思ったがそういう事だったのか」
サニアが歩きながら、うんうんと頷く。
「黒竜といえば、アーサーさんが黒竜に向かって投げたやつって、何だったんですか?多分魔道具なんでしょうけど」
「あー、あれはサ、ただの救難信号用の花火だぜ。『ポートランド』でも売ってるヤツ」
花火で黒竜と戦ったんかこの人...。
いや、救難信号とか言ってるし、ただの花火では無いんだろうけれどさ。
しかし、アーサーさんは一体どれだけの魔道具を持ち歩いているんだろう。
最初はじゃらじゃらとアクセサリーを付けたあんちゃんだと思ったけど、多分あれ全部魔道具なんだよなぁ。
少し気になったので聞いてみることにした。
「あの、この際だから、アーサーさんの持ってる魔道具のこと、もっと聞いてもいいですか?」
「おっ、猫っち興味ある?いいぜ教えてやる」
興味本位で聞いては見たが、思いのほか食いつきが良い。アーサーさんも話したいのだろうか。
「まずは『蜘蛛の指輪』。これは猫っちも知ってるな?」
そう言って、私に手を見せるアーサーさん。右手の人差し指を除いた各指には、私にくれた物と同じ意匠の指輪が合計9個嵌められている。
ちなみに、右手の人差し指には先程から使用している、方角を指し示す指輪が嵌められている。
「最大10mくらいの糸を自由に出し入れ出来る。これがあれば、投網やら釣り糸やらの修理も余裕だぜ」
あー、なるほどね。黒竜戦でやたら使い慣れているとは思ったけど、普段から使っている仕事道具だったのか。
1人納得していると、アーサーさんが満足そうに話を続ける。
「さっきから使ってるこいつは『番の指輪』。対になる指輪の位置が分かるって代物だぜ」
「てっきり方位磁針のようなものかと思っていたが。するとこの光の先には、もうひとつの指輪があるということか」
隣で聞いていたサニアがそう呟く。
「その通り。まぁ、俺はさっちんが言うように方位磁針代わりに使ってるけどサ」
...それって、相方の指輪を動かされたら大変なことになるのでは?
と、そんな不吉なことを考えてしまった。
うん、忘れることにしよう。
「あとは、さっき1つ使っちまったけど『救難信号』。色んな形があるんだけどサ。俺がいつも持ち歩いてたのはさっき使ったアンクレット型ね」
そう言って足元を指さすアーサーさん。
左足には、先程見たものと似た形状のアンクレットが装備されている。
「で、最後になるけどこれが『吸魂の腕輪』」
そう言って、アーサーさんが腕をまくり上げる。
そこにあったのは、髑髏の瞳にそれぞれ赤いガラス玉がはめ込まれたような意匠の腕輪だった。
なんか、最後におどろおどろしいのが出てきた!
「こいつを着けたヤツが死ぬとサ、そいつの生命力の絞りカスを吸い取って、この赤いところが青く変化するのよ」
「それ絶対やばいじゃん...」
どう聞いても、吸われちゃいけないなにかを吸われてるよ。
なんでそんなん持ってきちゃったの?
そんな私の心配を他所に、アーサーさんの話は続く。
「こいつの凄いところはサ、リンクした他の『吸魂の腕輪』と共鳴するんよ」
「共鳴...ですか」
ただでさえ曰くがありそうなのに、まだ隠された機能があるのか...。
「リンクした腕輪の持ち主が死ぬとサ、リンク先の腕輪の色も変わるってワケ」
「なんでそんな腕輪付けちゃったんですか?」
「実は船にいた奴らもこれと同じやつを付けてんのよ。つまりは安否確認用ってわけサ。ちなみに、まだ色は変わってないから、あいつらピンピンしてるぜ」
そう言って、いつものやらしい笑みを浮かべるアーサーさん。
嬉しそうで何よりです。
まぁ、話を聞く限り実用的なものがほとんどではあったけれど、それを楽しそうに話すアーサーさんを見ていると、純粋に魔道具が好きなんだなと感じる。
伊達にじゃらじゃらさせてないなぁ。
と、その時、私の脳裏にひとつの疑問が浮かび上がった。
「あの、アーサーさん。その耳のつけてるピアスとか、首に掛けてるネックレスとかはどういう魔道具なんですか?」
そう尋ねた私を、何を言ってるんだという顔で見ながらアーサーさんは応えた。
「ん? これはただのアクセサリーだぜ?こっちは倉庫の鍵。前に1度渡したやつね」
って、魔道具じゃないんかい!
と、そんなふうに和気あいあいと会話を楽しみつつ、私たちは無事、目的の島に到着したのだった。