// 1-5 黒竜の群れ
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「アーサーさん、今すぐ、全速力で、港町まで戻ってください!」
アーサーさんにそう告げる。
これは時間との闘いだ。サニアがより上空に連れ去られてしまう前に片を付けなければいけない。
そのためには、一刻も早くこの船をサニアと黒竜から遠ざける必要があった。
「おい、猫っち。それはさっちんを置いて逃げろってことか? それはちょっと聞けない命令だぜ?」
アーサーさんは困惑しつつも、確固たる意志を示す。
やっぱりこの人、かっこいいなぁ。
私のぼんくらハートが高鳴る。が、そんなことをしている場合ではない。
私は、アーサーさんに作戦を伝える。
***
一通り作戦を伝え終えると、アーサーさんは渋い顔をしながら私を見つめていた。
「確かに、猫っちの言う通りに事が進めば皆助かるけどサ、かなり希望的観測って奴じゃない?」
アーサーさんの言う通り、私の作戦はいくつかの仮定の上で成り立っている。
「でも、このままじゃサニアも、この船の皆も危険です。この方法なら、少なくとも船の皆は助かる可能性が高まります」
「そうかもしれないけどサ、猫っちとさっちんはどうなのよ」
そう、仮に全てが私の想定通りだったとして、私とサニアの命の保証は無い。
ただ、このまま無為に過ごしていたらサニアは100%死ぬことになる。落下死という、ファンタジーにあるまじき酷く現実的な理由で。
私が多少覚悟を決めたところで、サニアの死亡率は100%から99%になるだけかもしれない。
それでも、必ず死ぬよりマシだ。
私は、アーサーさんの目を見て言った。
「サニアと出会ったのはほんの数日前の事でしたけど、その間に何度も命を救われました。それに、アーサーさん達にだって、助けられました。アーサーさんたちが協力してくれなければ、私たちが北の大陸に渡ることはできない、です」
それはつまり、私が『現実』に戻る手段を失うことに等しい。
サニアだけではない。アーサーさん達にだって、この数時間の間に、すでに大きな恩を受けているのだ。
「正直、私にとっては、世界を救うなんて話は『現実』に戻るための手段でしか無いんだけど、でも、私は、私の好きな人達が辛い目に遭うのを、黙って見てることはできません!」
思わず、声を張り上げてしまう。
いつから私はこんなに人情深い人間になったのだろう。
ほんの数日前まで、私はどこにでもいる自称ゲームクリエイターのフリーターに過ぎなかった。
友人とゲーム製作で盛り上がり、妹を小馬鹿にしたり、馬鹿にされ返されたり、そんな普通の小市民だったはずだ。
サニアと過ごす時間が増えたせいで、サニアの人格者っぷりが移ったのかな。
この歳になって、今更精神面で成長を感じることがあるとは思ってもみなかった。
私の話を黙って聞いていたアーサーさんは、以前に見せた少しいやらしい感じの笑みを浮かべた。
どうやら、これがアーサーさんのデフォルト笑顔のようだ。
「ふ、いいぜ。猫っちがそこまで言うならサ、俺がケツ持ってやるから好きにやりな」
そう言って、アーサーさんは私の頭をポンと撫でる。
「安心しな、なにかあれば俺たちがカバーしてやるからサ。さっちんのこと、任せたぜ」
***
船員たちが慌ただしく帆をはる。
アーサーさんは操舵輪を握りつつ、私たちが進んできた道、港町『ポートランド』のある方角に船首を向ける。
空を見上げると、ほぼ直上の遙か上空でサニアが奮闘している姿が見える。
先程よりもかなり高くまで誘導されてしまっているようだ。
「アーサーさん、この船の速度ってどれくらいですか?」
「そうだな... 今の風なら17ノット、時速30kmってところだな」
つまり、およそ2分で1km、サニアから離れているということか。
サニアがどの程度の高さにいるのかは検討がつかないが、船の速度と転送までの時間さえ分かれば、転送直後に高度を計算することはできる。
高度が分かれば、自由落下で海面に衝突するまでの猶予が分かる。
その僅かな時間が勝負だ。
私は頭の中で、必要な計算を済ませておくと同時に、スマホのストップウォッチアプリを起動する。
これで、私の準備は完了だ。
私が立てた作戦とは、パーティメンバーの仕様を利用したサニア救出作戦だ。
パーティメンバーは、『主人公』であるサニアから約3.5km離れた時点で、『主人公』の周囲に転送される。
この仕様を利用し、私がサニアの救出に向かうというのが今回の作戦だ。
といっても、アーサーさんが指摘した通り、この作戦は穴だらけだ。
第一に、転送先はサニアの目の届く範囲、およそ10mから50mとバラツキがある。
最悪、サニアとは無関係の場所に転送され、そのまま落下するハメになる可能性がある。というか、その可能性が高い。
第二に、落下の衝撃から身を守る術がきちんと機能する保証がない。
私が今、身につけているのは、『ポートランド』でサニアに買ってもらった例のスカートだ。
このスカートには1度だけ、水属性のダメージをほとんど無効化できる防御魔法を発動する効果がある。
着水時の衝撃を、その魔法が水属性ダメージと判定してくれるのかどうか...。
1度しか発動できない以上、効果を試すことも出来ていない。
そして最大の問題は、私がサニアの元にたどり着くまで生きていられる保証がないということ。
サニアですら手に負えない数の黒竜の中に飛び込んで、一般的人類の私が生きて帰れるのか。
この作戦の唯一の救いは、竜の群れから帆船を離す必要があるため、結果的にアーサーさんたちの安全は保証されるという所だろう。
私たちを乗せた船はみるみるうちにサニアから離れていく。
それと同時に、サニアと黒竜たちも、どんどんと高度を増している。
この様子だと、転送が発生するのもそろそろだろう。
私が空を眺めていると、操舵輪を船員に任せて、アーサーさんがこちらにやってきた。
「猫っち、そろそろ時間か?」
「うん、たぶんそうだと思います」
アーサーさんと会話するのはこれが最期になるかもしれない。
そう思い、私は深々と頭を下げた。
「アーサーさん、私のわがままに付き合ってくれてありがとうございます。どうか、お元気で」
私がそう言うと、アーサーさんは照れくさそうに頬をぽりぽりと掻きながら応える。
「へへ、なんか照れくさいな、それくらいにしてくれ。礼ならさっちんを助けた後にいくらでも聞いてやるサ」
そういいつつ、アーサーさんは指にじゃらじゃらと付けていた銀色の指輪を1つ取り外す。
何かと思い見ていると、アーサーさんは私の手を取り、その指輪を人差し指にはめた。
「えと、その、アーサーさん?これは一体なんでございましょうか?」
男性が女性に指輪を贈る。
その意味を深読みしつつ顔を熱くしていると、アーサーさんが申し訳なさそうに応えた。
「あ、メンゴ。また勘違いさせちまったな。それは『蜘蛛の指輪』っていう、魔道具でサ」
呆然とする私を他所に、アーサーさんは話を続ける。
「自分の意思で動かせる糸を自由に出せる魔道具でサ。10mくらいしか出せないけど、漁師やってっと結構需要があるわけ」
そういって、アーサーさんは私に見せびらかすように、指にはめた無数の指輪を見せる。
それ、全部魔道具ですか?
「ま、黒竜の群れに飛び込むんだし、こんな魔道具でもないよりマシっしょ」
そういって、見慣れたいやらしい笑顔を私に向けるアーサーさん。
なんというか、その、ありがとうございます...。
使いこなせるかどうかはともかく、貰えるものはありがたく貰っておく。
アーサーさん、本当にいい人だなぁ。
そんなことを考えつつ、スマホのストップウォッチを確認する。
現在の経過時間は約3分。つまり、元いた場所から1.5kmほど離れたことになる。
私は静かにその時を待つ。
目の前にいるアーサーさんも、どこか神妙な顔つきで私を見つめている。
3分8秒。9秒。10秒。11秒。
ストップウォッチが3分12秒になるその瞬間、私は唐突に浮遊感を覚えた。
覚悟していたが、思わず目を見開く。
視界に映るのは、遙か下に広がる青い海原と、少し離れた場所にいるサニア。
そして、サニアの周囲を埋め尽くす無数の黒竜の姿だった。
「サニア!」
私は咄嗟に叫ぶ。
そして、それと同時に指輪をはめた人差し指を前方に突き出す。
その瞬間、指輪から白いロープが飛び出した。
ロープは私が思った通りの軌道を描き、サニアの元へと伸びていく。
だが、サニアに触れるかどうかというところでその動きが止まってしまった。
10m。『蜘蛛の指輪』の射程限界だ。
やはりダメだった。見積もりが甘すぎた!
そもそも、サニアから離れた場所に転移した時点で、スレッドシューターがなければどうにもならない状況だった。
当初の私の計画では、どう転んでもサニアを助けることなんて出来なかったのだ。
自分の甘さを痛感してしまう。
もうダメだ。
そう思ったその時ーー。
「猫っち!」
叫び声とともに、私の腰に何かが巻き付く。
声の方を向いて、思わず目を見開く。
私とサニアとのちょうど中間あたりで、2本のロープを手にした人間の姿が見えた。
ロープの一方は私の腰に結びつき、そしてもう一方の先はサニアの腕に巻きついていた。
「って、アーサーさん!?」
その人物こそ、先程まで船上にいたはずのアーサーさんその人だった。
アーサーさんは落下しながらもロープを手繰り寄せ、私とサニアを引き寄せた。
「それで猫っち! この後は!?」
アーサーさんが叫ぶ。
サニアはまだ困惑しているが、今は話をしている場合ではない。
転移する直前に確認した情報から、おそらくここは高度3000mの上空。
自由落下で海面に到達するまでの時間は、およそ25秒程度。
「サニア! あと25秒、黒竜から私たちを守って! このまま海に逃げる!」
「わかった!」
サニアはそう短く応えると空を仰ぎ見る。
黒竜の数体が私たちを追いかけて追撃をかけるが、それをサニアがいなす。
しかし、その数は次第に増えていき、サニアの許容量を超えはじめる。
「さっちん、猫っち、下向いてくれ!」
アーサーさんが足につけたアンクレットを取り外すと、それを上空に向かって投げつけた。
私とサニアは咄嗟に海面の方を向く。
その直後、背後から強烈な光が放射されるのが分かった。
何をしたのか分からないけれど、アーサーさんとサニアのおかげで十分時間は稼げた!
私は例のスカートに触れ、呪文を発動する。
それと同時に、周囲を4重の障壁が包み込む。
海面が鼻先に迫る。
思わず目を瞑った。
その瞬間、全身を打つような衝撃が伝わる。
一瞬、作戦の失敗が頭をよぎる。
しかし、いつまで経ってもそれ以上の衝撃は訪れなかった。
恐る恐る目を開く。
私たちは、周囲を取り囲む障壁ごと、少しずつ海中に沈んでいた。
障壁の周囲を海水が覆い、私たちはまるで、障壁が作り出す泡の中にいるようだった。
障壁の端が、とぷんと海中に沈み切る。
黒竜は海中まで追跡することはせずに、上空へと戻ったようだ。
「な、なんとかなったぁ...!」
私は安堵した勢いで、そのまま障壁によって作られた床にへたり込む。
「助かったよミヤ猫殿にアーサー殿。応戦したはいいが、まさかあんな所まで連れていかれてしまうとは思わなかった」
サニアが私たちに向かって頭を下げる。
「私は何もしてないからね...だいたい、このスカートだって、用意してくれたのはサニアだったし」
そういって、私はスカートの裾をつまみ上げる。
「謙遜するな。私にはこんな使い方思いつかなかったよ。水棲の魔物との戦闘を想定して用意していた装備だったからな」
サニアはそういうと、いつもの笑顔で私に微笑んでみせた。
あぁ、なんか久々にサニアの顔が見れた気がする...。
実際に離れていたのは十数分程度だけれど、ものすごく濃ゆい時間だった。
「まったく、さすがの俺も焦ったぜ」
そういって、私同様にへたり込むアーサーさん。
あれ、そういえば気にしてる余裕が無かったけれど、なんでアーサーさんまで転送されたんだろう。
その疑問に応えるように、見えないなにかを空中で操作していたサニアが呟いた。
「ふむ、どうやら、先程の戦闘中にアーサー殿も私のパーティメンバーになってしまっていたようだな」
...なるほど。まぁ、それしかないよね。
改めて、アーサーさんの姿を見る。
短い付き合いだけれど、アーサーさんが善人なのは分かったし、かなり優秀な人材であることは疑いようがない。
しかし、見てくれはどうだ。
小麦色に焼けた肌に金色の髪。そして、身体中にじゃらじゃらと身につけた用途不明のアクセサリー。
完全に歌舞伎町とかに出没しそうなチャラいあんちゃんだった。
「おいおい、俺が英雄サマのパーティメンバーってマジかよ。...
... まっ、なっちまったもんはしゃーないか。これからもよろしくな。さっちん、猫っち」
そして、もう1人のパーティメンバーはこの私。
なんの力もないただのゲームクリエイター(自称)。
このパーティで世界を救うって、マジですか?
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