// 0-2 ここまでプロローグ
通勤時間に執筆するので、次回の更新は2/17か2/18を予定しています。
「それじゃ、おつかれさまです」
「ミヤ猫氏、明日もよろしくでござる」
「おつよろ〜」
帰宅する2人のサークルメンバーに適当な挨拶をする。
2人が出ていったドアに鍵とチェーンロックをかけ、自室兼サークル活動場の作業机へと戻る。
机の脇にはやたら大きいPCが鎮座しており、モニターには先程まで3人で作成していたゲームの開発画面が映っている。
「ふぁぁ...」
机の前に置かれた椅子に深く腰掛けると、特に意識することも無くため息が漏れた。
ーー例の宣言から、10年が経った。
去年大学を卒業した私は、妹と共に都内の2LDKで生活していた。
定職には付いていないものの、派遣バイトなどをいくつか掛け持ちしており、生活費は妹と折半するということになっている。
2つ年下の妹はフリーのイラストレーターとしてそれなりに案件を貰えているらしいが、それでも収入の面では私と大差はなく、ルームシェアを持ちかけたらしぶしぶながら了承してくれた。
両親はそんな私たちを見て、「実家に居ればいいのに」なんて言っていたけれど、クリエイター的な活動をしていると、どうしてもさ、ほら、親に見られたくないような物も増えていくわけで。
そんなこんなで、私と妹は実家から独立したのだ。
10年前の家族会議は結局、父親の「大学くらいは出ておけ」という言葉によって締められた。
当時の私としては、出鼻をくじかれたという気持ちと反抗期真っ盛りだったということもあってかなり不貞腐れてしまった。
結局、去年無事に大学を卒業し、そのうえでフリーターなぞに興じているわけだけど。
もちろん、意味もなくフリーターをしているわけではない。
派遣バイトならシフトや勤務時間にかなり融通が効くし、長期の休みも取りやすい。
そうして捻出した時間を使って、ゲーム製作をするというのが、現在の私の生活スタイルだ。
今では、大学時代に出会った2人の仲間と共にサークルを立ち上げ、作成したゲームの頒布をしている。
多少の利益はあるものの、その殆どは打ち上げと次回作の素材購入費等に消えているため、残念ながらプロとは言えない、うん。
中学生の頃に思い描いた、「ゲーム製作で食べていく」という目標は残念ながら達成出来ていなかったが、自分の作ったゲームを、お金を払ってプレイしてくれる人たちがいるという事実は、私をそれなりに幸福にしてくれていた。
ひとしきりモニターの中の成果物を眺めたあと、PCの電源を落として床に寝転がった。
「いやー、今日も頑張った頑張った」
「お姉ちゃん、汚いし邪魔」
寝転がったまま顔を上に向けると、一体どこから現れたのか、妹のアカリがこちらを見下ろしていた。
言いたいことは分かるが、言葉が足りていないぞ妹よ。
察するに、床に寝転がるとホコリやらがつくから止めろと言いたいのだろうけれど、そんな言い方されたらまるで私そのものが汚いみたいじゃないか。
ちょっとムッとしたので反撃してみた。
「おい妹よ、そんな言い方したら、まるでお姉ちゃんが汚いやつみたいに聞こえるじゃないか」
邪魔なのは間違いないので、そこはさりげなくスルーしておく。
「? そう言わなかった?」
こ、こいつ...
じとっとした目で妹を睨みつけてみたが、妹は気がつくことも無く床に転がったテレビのリモコンを手に取ると、電源を入れつつソファへと腰掛けた。
まるで自室のようにくつろぎ始めているが、私の部屋である。
しぱらく妹を観察していると、あたりをきょろりと見回した後に私に話しかけてきた。
「あれ、シュン君とペタ沢は?」
シュン君とペタ沢というのは、先程までこの部屋にいたサークルメンバーたちのことだ。
シュン君の方は一言で言えば、容姿・性格ともにザ・イケメンといった男性だ。
大学時代に同じサークルに所属していた2つ年上の先輩で、在学中にゲーム製作の話で意気投合し、今もこうして関係を保っている数少ない友人だ。
ちなみに、去年結婚したばかりの新婚さん。
新婚のくせに後輩の女の部屋に上がり込むんじゃねえよ!
サークルメンバーの残り1人、ペタ沢と呼ばれた男の方は、シュン君とは対称的に、なんというかこう、古き良きヲタクである。
チェック柄のシャツをジーンズにinした眼鏡姿の彼を見れば、まぁどんなやつなのかは初対面でも分かるだろう。
彼を連れてきたのは、実は私の妹だった。
SNS上でたまたまペタ沢と繋がった妹は、あっという間に意気投合しオフでも会う仲になったのだという。
お姉ちゃん的には、もう少し慎重に行動してくれると嬉しいなぁ...。
初めて顔合わせした時の私の気持ちを妹に教えてやりたいよ、本当に。
ちなみに、本名は寺沢。
初めの頃は妹も私も寺沢と呼んでいたが、その後少し太ったので妹が調子に乗ってペタ沢と呼び始めた。
「あー、2人ならさっき帰ったよ」
「え、なんで私に声掛けてくれなかったの」
「絵描いてる途中だったし、邪魔しないように気使ったんでしょ」
「気にしなくていいのにー」
テレビのチャンネルを適当に回しながら、適当な会話をする妹。
こんな妹だが、基本的には良い奴ではある。
少なくとも、私の部屋とはいえ、自分の家をサークル活動の場として使っても文句を言わない時点で私には十分だ。
いつも感謝しているぞ、妹よ。
妹に向かって手を合わせていると、妹がこっちを見て一言。
「キモい」
良い奴かなぁ...。
しばらくそうして時間を潰していると、妹がふいに立ち上がった。
「そうだ、さっき面白いもの見つけたんだよねえ」
そう言いつつこちらを見る妹は、どこかにやけているように見える。
え、何その顔こわい。
「それはわたしのとってもおもしろいものですでしょうか?」
ちょっとした恐怖心で呂律があやふやな私を無視して、妹がとたとたと部屋を出ていく。
しばらくして戻ってきた妹は、小脇になにかを抱えていた。
「ほらこれ、懐かしいでしょ」
「! ぐっ、こ、これはっ!」
妹が持ってきたのは1台のノートPCだった。
なにを隠そう、そのノートPCこそ、中学時代の私が毎日のように弄り回していた、例のノートPCなのだ。
そのことに気がついた瞬間から、変な汗が身体中から吹き出て止まらない。
何故かって?
私の黒歴史が全部詰まってるからだよ!
そりゃさ、創作に目覚めたのが中学2年生の頃ってだけで察してくださいよ。
当時好きだったキャラをモチーフにした、やたら設定ごりごりなキャラとか、カッコイイと思って1晩かけて考えた自作の呪文詠唱とか、いろんな作品に影響受けまくっためちゃくちゃなシナリオとか。
そんなおぞましい色々を煮詰めて一所にまとめたようなゲームを、当時は嬉々として量産していたわけでして。
いつの間にか無くしてしまい、もう二度と出会うことは無いと思っていたノートPCを前に、私は石のように固まってしまった。
「お昼に実家から送られてきたんだよ。宛名を私にするあたり、お母さんもいい性格してるよね〜」
私の脳裏に、笑顔でサムズアップするお母さんのイメージが浮かぶ。
あの野郎。
「まぁ、その反応だけで私は十分楽しめたし、はい、これ」
妹は、私の傍にPCを置いて立ち去っていった。
「もう無くさないようにねー」
あいつ、最後までにやけ顔のままだったな、ちくしょう。
しばらくPCの前で固まっていた私だが、結局電源を入れてみることにした。
なんというか、黒歴史を改めて確認するのはキツイものがあるけれど、それ以上に好奇心が勝ってしまった。
いわゆる怖いもの見たさというやつである。
黒歴史だと思うからいけないんだ。ちょっとしたタイムカプセル、あるいは大人になった自分に向けた手紙とでも思えばいいんだよ、うん、きっとそう。
電源を入れるとOSのロゴが表示され、しばらくすると懐かしいデスクトップが表示される。
「うわぁ、こいつはひでえや」
ゲーム実行ファイルへのショートカットで埋め尽くされた、ゴミ屋敷のようなデスクトップ画面を見て、思わず呟いてしまった。
部屋が汚い人はデスクトップ画面も汚いなんて話を聞いたことがある。
私の部屋、こんなに汚くないよ?
よくよく見てみると、デスクトップにあるのは私が作ったゲームだけのようで、他所様のゲームはフォルダにまとめられて端の方にちょこんと居座っていた。
自作ゲーだけでこれかぁ。
なんだか、黒歴史云々以前に、あまり見たくないものを見せられた気がする。もうおなかいっぱいだよ...。
思わず目を逸らしてしまいそうになったが、ここでやめてしまったら次にこのPCを起動するのはいつになるのか。
そう考えた私は、意を決して、目に付いたアイコンをダブルクリックした。
...
... ...
... ... ... あれ?
しばらく待ったが、ゲームが立ち上がる気配がない。
「まぁ、10年前の時点ですでに型落ちだったPCだし、もう寿命なのかな?」
そんな私の呟きを肯定するように、PCの画面が真っ暗になる。
「あちゃー、落ちたか」
こうなってしまってはもうどうにも出来ない。
せっかくの覚悟が無駄になったのは惜しいが、そもそもプレイが出来ないのであれば仕方がない。
少しホッとした私がPCを片付けようと手を伸ばしたその時、ピシっという、何かにひびが入るような音が聞こえた。
ノートPCの画面を見ると、先ほどまで黒一色だった画面に白い筋のようなものが走っているのが見えた。
「げ、中身だけじゃなくて外見も限界なのかぁ」
黒歴史とはいえ、色々と思い出もあったわけで、こうなってくると少し悲しい。
そんなことを考えていると、同じようなひび割れる音が、先ほどよりも大きく聞こえた。
とっさにPCの画面を見ると、黒い部分が剥がれ落ちるように消え、空いた隙間から白い光が漏れた。
PCが出力できる範囲を超えているとしか思えない強力な光が部屋を照らす。
ひび割れは止まることなく、次第に画面全体が白く染まる。
漏れ出る光はすでに私の許容値を超えており、とてもじゃないが目を開けていられない。
思わず目を閉じる。
瞼の向こう側を白い光が照らしているのが分かる。
不意に、光が消えた。
私は恐る恐る目を開けた。
先ほどまでいた自室は影も形もなく、周囲には青々とした草に覆われた平原が広がっていた。
「... へ?」
思わず間抜けな声が出てしまったことにも気づかず、私は途方に暮れた。
〇今回のざっくり要約
・主人公と愉快な仲間たち
・大草原