// 1-8 異世界合コン、はじまります
「アーサーさん! 本当に行っちまうんですか!」
「せめてオレらも連れてってくだせぇ!」
「俺...俺、ずっと、アンタのことをッ!」
「オッ、おっオラァ、ごんなごど、いがないでぇえ!」
すっかり陽の傾いた港で、アーサーさんの周りを取り囲んでいる船員の皆が、思い思いに声を上げている。
中には泣きじゃくっている者も居るようだ。
... 泣きじゃくるってレベルか? あれ。
北の大陸へ渡る手段を探していた私とサニアは、港町『ポートランド』で漁師のアーサーさんとその仲間たちに出会った。
アーサーさんが私たちのお願いを快諾してくれたおかげで、私たちはこうして北の大陸の南端にある港町『サウスポート』にたどり着くことが出来たのだ。
短い船旅だったけれど、その間に起こったイベントはとんでもないものだった。
船旅も半ばという頃に、私たちは空を覆い尽くすほどの黒竜の群れと遭遇することになったのだ。
幸い、目立った被害は無かったものの、黒竜との戦闘によってはぐれてしまったサニアを救出するために一悶着あり、その結果、アーサーさんは私に次いで、2人目のサニアパーティ加入者となったのであった。
パーティメンバーには制約がある。
パーティメンバーはサニアから約3.5km以上離れることは出来ないのだ。
もしもその限界を超えて離れようとすると、そのパーティメンバーはサニアの目の届く、周囲10mから50mの範囲に転送されてしまうのだ。
黒竜からサニアを救出する際にはこの謎仕様を上手く利用することが出来たが、基本的にこの制約はデメリットしかない。
アーサーさんには港町『ポートランド』での生活があった。見ての通り、仲間たちからもかなり好かれているようだ。
それでも、アーサーさんはパーティメンバーになってしまった。
サニアの目的は、この北の大陸に潜伏しているらしい2つの災いと魔術師の討伐だ。
そして、それこそがおそらくこの世界の『クリア』条件であり、同時に私が『現実』に帰るための条件でもあった。
つまり、私たちはアーサーさんのために踏みとどまることは出来ない。
アーサーさんには、この先も、私たちの旅に同行してもらう他ないのだ。
「へへっ、お前らの気持ちは分かってるけどサ。せっかく世界を救うチャンスなんだぜ? このビッグウェーブに乗らなきゃあ海の男の名折れってやつだぜ」
そう言って、船員たちをなだめるアーサーさん。
そのいつも通りのイヤらしいニヤケ顔は、しかし、少しだけ寂しそうに見えた。
「なぁ、ミヤ猫殿。少しだけ良いか」
そう言って、近くで同じ光景を眺めていたサニアが私に耳打ちする。
「うん、どうしたの?」
「実は、ここに来るまでの間に物資をだいぶ消耗してしまっていてな。しばらくは物資集めのためにこの街に留まろうと思う」
サニアはそう言って、空中で見えないなにかを弄っている。
おそらく、『メニュー』を操作しているのだろう。
まだサニアの口からは聞いたことがないけど、多分『アイテム』メニューでもあるのだろう。
私が1人でそんなことを妄想していると、サニアは続けた。
「それで、だ。船員の皆にも世話になったことだし、彼らを労うために宴でもどうかと思ってな」
なるほど、サニアの言いたいことが分かった。
サニアも、アーサーさんと船員たちのことが気になっているのだろう。
もちろん、彼らを労いたいという言葉も嘘では無いと思うけれど、本当の目的はアーサーさんの送別会といったところだろうか。
あえて言葉を選ばずに言ってしまえば、今後、サニアと旅を共にするなかでアーサーさんが命を落とす可能性もある。
アーサーさんと船員の皆に後悔が残ることの無いようにという、サニアなりの気遣いなのだろう。
「うん、いいと思う。さすがサニア!」
そう言ってサニアにサムズアップする私。
そんな私を見て、サニアは顔をそっぽに向けてしまう。
あれ、なんだろうその反応...。
アーサーさんとのことについては、きっちり誤解だって説明したと思うんだけれど、やっぱりまだ疑ってるのかな。
***
今日のところはこの町に宿泊し、明日の昼過ぎに宴を催すことになった。
アーサーさんたちに明日の宴のことを告げると、皆思い思いにはしゃいでいた。
「おれ、この街に女の子の知り合いいるんで! すぐ人数集めてくるんで!」
そんなことを言ってどこかへと走り去ってしまった船員もいたけれど、まぁ問題ないだろう。
宴を行う店は私とサニアで選ぼうとしたのだけれど、アーサーさんたちはこの町に何度も来たことがあるらしく、
「まぁまぁ猫っち、俺らに任せとけって」
とか言われて、なんやかんやで段取りを任せることになってしまった。
一応、アーサーさんたちを労うという口実だったのだけれど、ゲストが率先して準備をしている。
これでいいのか?私たち。
というわけで、時間を持て余した私とサニアは、今日の宿を取った後、町の散策へと向かうことにしたのだ。
「先ほども言ったが、物資が足りていなくてな、まずはその買い足しからしておきたい」
私と並んで歩いているサニアが話しかけてくる。
今日のサニアはいつもの騎士姿ではなく、前にも見た質素な衣服に身を包んでいた。
上着の方は、見ようによっては無地のTシャツに見えなくもない。
全然関係ないけど、サニアならダサTとかでも似合いそうだ。
「何が足りないの?」
「まずは食料だな。それから薬や装備品...あぁそうだ。アーサー殿の装備品も買わなくてはな」
「そっちは、明日以降かなぁ。今日はアーサーさんも忙しそうだし」
そんなことを話しつつ、初めての町を散策する。
港町『サウスポート』。
最近は海の魔物が出ていたせいで港に入る船が減っていたらしいが、それでも多くの人で賑わっている。
交易の拠点であり、この世界のあちらこちらから様々な物品と人が集まるこの町には多くの商店が立ち並ぶ。
すでに時刻は夜にも関わらず、店から漏れる明かりや街灯の灯によって、街は明るく照らされている。
ふと、目をそばにある商店に向けてみる。
ぱっと見るだけでも、よくゲーム内で見かけるような大抵のアイテムが揃っているのが見て取れる。
「回復薬、精神薬、魔道具に武器防具...すごい品揃えだね」
「うむ、さすがは港町といったところか」
「『ポートランド』はこんなに品揃え良くなかったけどねぇ」
街をサニアと歩きながら、適当な会話を楽しむ私。
なんだか、まるでウィンドウショッピングでも楽しんでいるようだ。
というか、ウィンドウショッピングそのものか。
「それにしても、ミヤ猫殿はアイテムの目利きもできるのだな。一見しただけで、アイテムの種類を言い当てるとは」
と、予想外なところで驚くサニア。
「え、そんなに変なことかな?」
「いや、変というか、普通の人は薬の種類までは言い当てられないと思うぞ。私はよく買うので覚えたが」
そう言って自分の頭を指先でつんつんするサニア。
確かに、私も現実世界の薬とか、見た目だけで判断できるかと言われたら無理だなぁ。
「でも...」
と、改めて品物を見る私。
店に並んでいる薬品は、透明な容器に込められており、それらの中身は緑や紫色の液体だ。
こんなん、多少ゲームやったことあれば、なんとなくどんな効果なのか分かるよねー。
ゲーム...というか、なんらかの表現作品において、受け取り手の共通認識を利用するのは常套手段だ。
HPを回復するなら緑や赤、MPを回復するなら紫や青。
魔法使いは物理攻撃に弱く、逆に戦士系なら物理攻撃にある程度の耐性がある。
マップの移動はマップ端への接触か、マップ端での決定キー押下。
移動方法は矢印キーあるいはWASD。
そんな、多くの人が慣れ親しんでいる共通認識を利用することで、受け取り手がストレスなくその作品を楽しめるようになるのだ。
「ま、強いて言えば、ゲーム制作者故ってところかな」
そう、サニアの疑問に応えることにした。
「そうか、最近はすっかり慣れてしまっていたが、ミヤ猫殿はこの世界の創造者なのだったな」
そんなことを呟くサニア。
創造者ってフレーズ、最初のころはちょっと嬉しかったけど、真面目に聞くとちょっと恥ずかしい。
「ま、まあ一応、ね」
製作者だ創造者だといっても、私自身に、特別な力があるわけではない。
少し前までは、製作したときの記憶を探ったり、製作当時の自分の思考をトレースすることで状況の先読みができないかと考えていたけれど、この世界は当初思っていたよりも自由だ。
黒竜の一件ではっきりとしたが、この世界では私が用意したものではない(と思われる)イベントが発生することもある。
おそらくだが、ゲーム時代の設定とイベントがこの世界に落とし込まれる過程で、それらの因果関係の穴を埋めるように、この世界自身がイベントを起こしているのだろう。
例えば、先日の黒竜の群れの件は分かりやすい。
サニアたちによると、黒竜は邪龍ニーズヘッグの眷属であり、ニーズヘッグを屠った魔術師ギデオンに報復するために北の大陸へと渡ったのだという。
ここでいうところの、『邪龍ニーズヘッグを魔術師ギデオンが倒す』部分がおそらく、当時の私が作ったイベントであり、その結果として、この世界自身が『黒竜による魔術師ギデオンへの仇討ち』というイベントを作り出したのだ。と、思う。
こうなってくると、もうすでに私に予想できる範疇を超えてしまっている。
だって、当時の私が作ったイベントに加えて、そこから自然発生したイベントの因果も絡んでくるんだもん。
元々用意されたイベントが基点となり、そこからバタフライエフェクト的にイベントが発生していく。
下手したら、元々用意されていたイベントが潰れることもあるかもしれない。
というわけで、私は事ここに至って、イベントの予想を半ば放棄していたのだった。
ま、なるようになるよねー。
ゲーム制作者であるということを取ったら、私には何が残るんだ?
そんなむなしい考えが頭をよぎった。
いやいや、色々あるって。できること。
例えばほら、えと、あれ、荷物持ちとか?
嫌な考えを振り払うように頭をぶんぶんと振っていると、サニアが訊ねる。
「すべてが終わったら、ミヤ猫殿はやはり『現実』へと帰るのか?」
「それは...」
サニアの問いかけに、つい言葉が詰まってしまう。
この世界に転移して数日、色々なことがあったけれど、サニアやアーサーさん達と過ごす時間はとても楽しかった。
でも、私はいつの日か、『現実』に帰らなくてはいけない。
そして、サニアがこの世界の『クリア』を目指している以上、その日は確実にやってくる。
『現実』への帰還がどういった形で実現するのかは分からない。
もしかしたら、この世界と『現実』を相互に行き来出来るようになるのかもしれないし、そこまでは無理でも、連絡手段くらいは確立できるのかもしれない。
でも、恐らくはそうはならない。
『チュートリアル』によると、『現実』への帰還には『クリア』時に発生する光に触れる必要があるらしい。
普通に考えたら、ゲームを『クリア』できるのは1回だけだ。
仮に『現実』に戻ったあと、またあのゲームを起動してこの世界に来られたとして、その後に『現実』へと戻る手段は残されているのか?
あくまで予想に過ぎないけれど、この世界を『クリア』して『現実』に戻ってしまったら、もう二度と、サニアやアーサーさんに出会うことは無いだろう。
それは、お互いにとって死別と変わらない。
そこまで考え、暗い、もやもやした思考が頭を占領する。
私は薄情者だ。
そこまで察することが出来ても、『現実』に帰りたいと考えてしまっている。
サニアやアーサーさんには感謝しつつ、それでも、私にとって優先されるのはこれまでに積み上げた『現実』での暮らしなのだ。
我ながら、そんな自分のことが嫌になる。
サニアやアーサーさんと、両親や妹、シュン君やペタ沢を天秤にかけて、その上でサニアたちを見捨てようとしている。
ふと、有名なトロッコ問題のことが頭に浮かぶ。
突き進むトロッコの先は二股に別れており、一方には1人の老人、もう一方には5人の若者がいて、このままでは若者たちの方がトロッコに轢かれてしまう。
自分にトロッコの行き先を決める能力があるとして、どちらの道にトロッコを向かわせるかという問題だ。
仮に、若者側に『現実』世界の皆、老人側にサニアたちこの世界の皆がいたとしたら、私はサニアたちを轢き殺す選択をするのだろう。
あぁ、嫌な想像しちゃったなぁ。
そんなふうに沈み込む私を見て、サニアは察したのだろう。
少し申し訳なさそうな顔をして、私の手を取る。
「済まない、ミヤ猫殿。意地の悪い質問をしてしまったな。ミヤ猫殿は自分のやりたいことを優先すればそれで良いんだ」
そう言って、私の手を、自分の手で包み込むサニア。
『チュートリアル』の情報はサニアから提供されたものだ。恐らく、サニアも私と同じことを察しているのだろう。
サニアは、優しく私に話しかける。
「この旅の結果がどうであろうと、最後に待っているのは別れなのだろうな」
そう言って、寂しそうな顔をする。
そうか、サニアも、私と離れたくないと考えてくれているのか。
「でも、だからこそ、最後に振り返った時、素晴らしい旅だったと、胸を張れるようにしたいと、私は考えている。ミヤ猫殿はどうだ?」
相変わらず、サニアの言うことはかっこいい。まるで『主人公』だ。
いや、そうなのだけれど。
確かに、別れが必然なら、できる限り楽しい思い出を抱えておきたい。
『現実』に帰ってサニアのことを考えた時、思い出されるのが辛い思い出になるのは嫌だ。
「そうだね、うん。私もそう思う」
そう言って、サニアに応える。
その答えを聞くと、サニアは嬉しそうに微笑んだ。
「ミヤ猫殿ならそう言ってくれると信じていたよ。さて、差し当たって、まずはこの買い出しと、明日の宴を楽しむとしよう」
***
その後、私とサニアは買い物を楽しみ、宿へと帰った。
サニアに聞いたところ、やはり『アイテム』メニューなるものを使えるらしく、サニアは購入した物資を次々とそこに放り込んでしまった。
まぁ、荷馬車とか引いて旅するよりはだいぶ楽だよね。
これで、明日以降の旅も安心だ。
そんなことを考えながら、宿の自室の扉を開ける。
部屋の中に入ると、真っ先にベッドへと倒れ込んだ。
今日は本当に色々なことがあった。
昨日まではサニアとの2人旅だったのに、『ポートランド』でアーサーさんに出会い、一緒に船旅をして、黒竜の群れと戦ったり、海底を歩く羽目になったり、アーサーさんがパーティメンバーになったり...。
...今日のイベント密度酷くね?
昨日までも、ドラゴンと戦ったり山越えしたりと大概だったけれど、さすがに今日ほどではなかった。
明日はアーサーさんの送別会だ。
今日の疲れは今日のうちに取って、明日を目いっぱい楽しもう。
そして、サニアやアーサーさんとの思い出を、楽しい思い出で埋めつくそう。
そんなことを考えながら、私はあっという間にその意識を手放して眠りについたのだった。
***
そして、宴の時間がやってきた。
「カンパーイ!!」
「「「ウェーーーイ!!」」」
アーサーさんの合図に合わせて、海の男たちと、何故か卓を同じくしている街の女性たちが声を高らかに上げる。
テーブルを挟んで、アーサーさんたち男性陣と、私やサニア、この街に住んでいるという女性たちが顔を見合わせるように席についている。
テーブルにはこの世界のものであろう、麦酒のような飲み物と様々な料理が並べられている。
そして、アーサーさんによる「乾杯」コールとともに、一斉に杯を打ち鳴らす私たち。
流されるように席に着いてしまった私とサニアは思わず目を合わせる。
これ、合コンでは?




