// 1-7 病ん百合の波動
海底をてくてくと歩き、小さな無人島に到着したサニア、アーサーさん、私の3人こと英雄パーティ一行。
島に着くと同時にアーサーさんが残りの救難信号を使い、しばらく経ったころ。
無事に黒竜たちから逃げ切ったのであろう、私たちが乗ってきた例の帆船が、水平線の向こう側から現れた。
後で聞いた話によると、黒竜たちはあれ以上船にちょっかいを出すこともなく、北の空に消えていったそうだ。
アーサーさんの『吸魂の腕輪』の効果で無事なのは分かっていたけれど、こうして無事合流することができて本当に良かった。
下手したら、今生の別れだったしね。
そういうわけで、私たちは無事に、船旅を再開することができた。
「それにしても、予定では『ポートランド』まで戻ることになってたはずですけど...なんで迎えに来ることができたんですか?」
つい不思議に思い、近くにいた船員に問いかける。
例の、見張り台に立っていた船員だ。
「そりゃあんた、船長が急に消えて、しかもあんたらが空から降ってくるのが遠目に見えたからよ。そんな状況で俺らだけ逃げ出した日には、もう二度と胸張って海に出られねえよ」
アーサーさん、仲間までイケメンかよ。
私は頭を深々と下げ、改めて感謝の意を示した。
船員はその姿を見ると、軽く反応を返し、自分の仕事へと戻っていった。
「さて、と」
落ち着いたところで、改めて北の空を見上げる。
結局、黒竜たちはそのほとんどが北の大陸へと向かった。
北の大陸で何が起きているのか。
その渦中に向かおうとしている身としては、色々と不安でしょうがないのだけれど。
「まぁ、今から心配してもしかたがないかぁ」
その場に座り込み、船のヘリに背中を預け、ぐだぁっと寄りかかる。
船酔いにもすっかり慣れて、今はこの揺れが少し心地いい。
あー。何も考えたくない...。
「何を心配しているのかな」
不意に、前方から声を掛けられる。
顔を上げると、そこにはサニアが佇んでいた。
サニアは私に並ぶように、すぐ隣に座り込む。
「あー、うん。黒竜たちが北の大陸に向かったじゃん?そんな場所に今から向かっても、大丈夫なのかなぁって、ちょっと不安でさぁ」
私は正直に打ち明ける。
隠す必要がないというのもあるけれど、なんとなく、サニアなら私を勇気づけてくれるような気がしたのだ。
「そうか、実は私もだ」
サニアからの意外な言葉に、私は驚きを隠さずにサニアの顔を見る。
「え、あ、そうなんだ。サニアでも、不安になるものなんだね」
「ミヤ猫殿は私をなんだと思ってるんだい?」
少し困り顔で、サニアがほほ笑む。
「不安に思うことくらいあるさ。例えば、あの黒竜の群れが一斉に襲い掛かってくるようなことがあれば、私にだってどうしようもできない」
それは、まあそうだろう。
この世界における『主人公』であり、英雄であるサニアはたいていの敵には屈しない。
ただし、それはあくまで、ゲームでいうところの雑魚戦に限った話だ。
黒竜自体はボスでもなんでもない雑魚敵だけれど、それでも、あの数を一度に相手にすることはできないだろう。
あの物量は、間違いなく下手なボス以上の戦力だ。
「だが心配するな。私がいる限り、たとえ私が敗北することがあったとしても、ミヤ猫殿やアーサー殿、この船の船員の皆のことは、何があっても守ってやる」
そう、サニアは告げた。
その顔は、いつもより少し、陰って見えた。
私は、その顔を見て反射的に目を反らしてしまった。
中学時代の私の妄想の産物。
当時の私が考えた、かっこいい女主人公。
そんな、私にとっての完璧だったはずの少女の、陰を落としたような表情。
見てはいけないものを見てしまったような気持ちになった。
と同時に、そこから目を背けてしまった私自身への、言い表せない感情が心の内に湧き上がってきた。
これは、だめだ。
サニアにこの顔をさせてはいけない。
これを放置してしまっては、私は二度と、サニアの顔を見れなくなる。
私は意を決してサニアの顔をまっすぐと見つめる。
サニアも、先ほどまでの私同様、目線を下に反らしていて目が合わない。
サニアの両頬を私の両手のひらで挟み、ぐいっと上に向け、無理やり目線を合わせる。
「な、にゃにをするミヤ猫殿!?」
何かを言わなくては。
そう思い口をぱくぱくとするけれど、どうしても自分の感情を言語化することが出来ない。
私はサニアと違い、『主人公』でもなんでもない。
気の利いた言い回しなんか出来ないし、サニアが求めている最適解なんて分からない。
私は思わず、サニアの顔を自分の胸に埋め、サニアの頭を抱えるように抱きしめる。
うん、何やってるんだろうね、私。
でも、これが、言葉には出来ない、そんな私の、サニアへの言葉だ。
初めは戸惑い、僅かに暴れていたサニアだったが、しばらくすると大人しくなり、私に体を預けてきた。
「...そうか、ミヤ猫殿は、私を励ましてくれているのだな」
サニアはなぜ、あのような表情を見せたのだろう。
サニアの頭を抱えながら、私は考える。
サニアと出会ったのはつい数日前のことだけれど、すでに多くのことを一緒に経験してきた。
最初にドラゴンから助けてもらったあの時から始まり、一緒に森を越えて山を越えて、港町でも、アーサーさんのお使いを一緒にこなした。
海に出てからも、サニアは私たちを黒竜の襲撃から守ってくれた。
サニアは、いつも私たちのことを守ってくれていた。
と、そこまで考えて、ようやく気がつく。
そうだ、サニアはいつだって、自分一人で、私たちを敵から守ってくれていたんだ。
黒竜からサニアを助け出した時は、私もアーサーさんも一緒にいたけれど、あの時も結局、サニア以外は黒竜に対して致命傷を与えることは出来なかった。
この世界のバランスは歪だ。
サニアに出来ることが、他の人には出来ない。
サニアと単独で対等に渡り合えるのはきっと、ボス級の敵だけだ。
パーティメンバーだなんて言われれば聞こえはいいが、結局のところ、大事な局面ではサニアが1人で戦うしかない。
もちろん、私なんかと比べたらアーサーさんは十分に優秀な人だけれど、サニアと並べるかと言えば素直には頷けないだろう。
「1人で、頑張ってくれてたんだね」
そう呟き、サニアの頭を撫でる。
一瞬、サニアの体がびくっと反応する。
「やれやれ、つい弱ったところを見せてしまったようだな」
そう言って顔を上げるサニア。
その顔は、見慣れたいつもの笑顔を見せていた。
「確かに、私は少し疲れてしまっていたのかもしれないな」
そう呟くサニアの言葉に、私の表情は陰る。
だがしかし、と、サニアは少しいじわるな笑みを浮かべて、私に話しかける。
「ミヤ猫殿は少し勘違いをしているようだな。私は1人で戦っていたつもりなんてない」
そう言うと、サニアは私の頭に手を伸ばし、そっと撫で付ける。
これでは、まるでさっきと逆じゃないか。
「初めて出会ったときのドラゴンは、まぁ私1人の力だったかもしれないが...『蒼海拒絶アクア・レクヴィエム』を用意できたのはミヤ猫殿の助言あってのことだったし、私を黒竜の群れから助けるために行動に移したのもミヤ猫殿だ。ミヤ猫殿がいなければ、私が今ここにいることはなかっただろう」
そう言って、サニアが私を抱き寄せる。
不意に聞こえてきた黒歴史フレーズに胸がきゅっとなる。
うん、黒歴史フレーズのせいだ。きっと。
「もちろん、アーサー殿にだって助けられた。少なくとも、ミヤ猫殿と出会ったあの日から、私は1人ではなかったさ」
なんか、サニアを元気づけようとしていたら、逆に元気づけられる形になってしまった。
やはりサニアはすごい。
こんな私でも、サニアとなら世界のひとつやふたつ、救えそうな気持ちにさせられる。
と、そこでサニアは少し雰囲気を変えて私に尋ねた。
「ところで、海底にいた頃から気になっていたのだが...なんか、ミヤ猫殿とアーサー殿はやけに打ち解けているな?私よりもアーサー殿との会話の方が多かったようだし」
と、まっすぐ私を見つめるサニアさん。
え、なんか顔が怖いですよ?
「私がミヤ猫殿たちから離れていたのはほんの十数分程度のことだと思うのだが...なにかあったのかな?」
そう言って笑顔で詰め寄るサニア。
顔こそいつもの美少女面だけれど、明らかに何かに対し腹を立てているご様子。
怖いって! 絶対なんかの勘違いだから!
アーサーさんはあの性格なので、基本的に誰にでもフレンドリーというか、打ち解けやすいってだけで。
そして私はご存知の通りぼんくらハートを搭載しているため割とチョロい自覚がある。
一体、サニアは何に対して怒っているのか。
と、考える私の脳裏に浮かぶのは中学時代の記憶。
当時私と仲の良かったA子とB子。
ある日A子は、好意を寄せていた男子がB子と会話している所を偶然目撃してしまう。
その日を境に、仲の良かったA子とB子は一触即発の仲となり、そんな2人に挟まれた私は針のむしろだった。
つまりはそういう事なのだろう。
サニアはアーサーさんに好意を寄せていて、そんなアーサーさんとばかり会話をする私に嫉妬してしまったのだ。
この誤解は一刻も早く解くべきだ。
確かに、アーサーさんは良い人だ。気が利いて、仕事も出来て、その上性格もいい。
サニアが惹かれるのも無理は無い。
かく言う私も、アーサーさんのことは好きだ。
ただし、私の好きは推しとかそういうニュアンスでの好きであって、恋愛感情ではない。
私は慌ててサニアに伝える。
「いや、違う違う、サニアの思ってるようなことは何も無いからね!?
別に、アーサーさんに対して恋愛感情があるとかそういうのじゃないし、ほら、どちらかというと私はサニアの方が好きだから!」
だって、サニアは中学時代の私自らが考えた最高の主人公なんだよ。
当時の私の、夢と理想という名の黒歴史を存分に盛り込んだ主人公。
たとえ大人になったとしても、そのロマンは変わらないよ!
そんなことを考えながら、あたふたと言い訳を並べる私。
サニアは納得したのだろう、顔をよそに向けて呟く。
「あ、あぁ、そうか、うん。それは、嬉しいな。うん、ありがとう」
今日は色々あったので、もういい時間だった。
日が傾いて、西日がサニアの顔を照らしている。
そのせいだろうか、サニアの横顔が、まるで照れているかのように赤く染って見える。
よしよし、納得してもらえたようで良かったよ。
なにか面倒なフラグが立ったような気がするけど、それはたぶん私の気のせいだろう。
***
その後、港町の老人が言っていたやつであろう、大きなタコの化け物をアーサーさん達が釣り上げ、サニアが一刀両断するといったハプニングがあったりしたけれど、私たちは無事に北の大陸へと上陸した。




