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## Block 4: 「贖いの雨」


取調室の灰色の壁。時計の針が午前三時を指している。マイケル・ターナーの前には、一杯のコーヒーと調書が置かれていた。


「全て話してくれるか?」

マローンは静かに促した。


「あの村での出来事を、俺は毎晩見るんです」

ターナーは虚ろな目でコーヒーを見つめながら語り始めた。

「銃声、叫び声、そして…沈黙」


1971年2月14日、クアンチ省の小さな村。偵察任務のはずだった。しかし、誤った情報と若者たちの恐怖が、取り返しのつかない悲劇を生んだ。


「調査の時、先生は俺の名前を伏せた。『若者の将来を守るため』だと」

ターナーの声が震える。

「でも、それは同時に真実から逃げることでもあった」


グリーンが部屋に入ってきた。

「クラインの机から見つかった手紙の鑑定結果よ」

彼女は一束の手紙を示す。

「彼は犠牲者の家族に手紙を書いていたわ。ベトナム語で」


マローンは手紙を見つめた。不器用な文字で書かれた謝罪の言葉。そして援助の約束。クラインは二年前から、密かに村に支援を送っていたのだ。


「先生は…贖罪を」

ターナーの目に涙が浮かぶ。

「俺のために真実を隠し、そして一人で償おうとしていた」


廊下では、ロドリゲスが窓際に立っていた。雨は依然として降り続いている。


「どう思う?」

マローンが声をかけた。


「ベトナムにいる従兄弟から、先週手紙が来たんです」

ロドリゲスは言った。

「『もう誰も、戦争の本当の姿を理解してくれない』って」


マローンは黙って煙草を取り出した。二十年の刑事人生で、彼は多くの事件を見てきた。しかし、この事件は違った。これは単なる殺人事件ではない。これは戦争が投げかけた影が、はるか遠くのこの街で結んだ、もう一つの悲劇だった。


朝方、オニール課長が報告を受けていた。

「検察は情状酌量の余地ありと」


「ああ」

マローンは短く答えた。


取調室のガラス越しに、ターナーの姿が見える。彼は今、クラインの最後の手紙を読んでいた。


「親愛なるマイケルへ。

君の苦しみを、私は理解している。そして、私の選択が君を更に苦しめていたことも。しかし、忘れないでほしい。我々は皆、過去という重荷を背負って生きている。大切なのは、その重荷と共に、どう未来へ歩むかということだ。


私は君の教師として、君を戦場に送り出した。そして軍事顧問として、その悲劇に蓋をした。その責任から、私は逃れることはできない。しかし、君には生きていてほしい。過去と和解し、未来を見つめる強さを持ってほしい…」


手紙はそこで終わっていた。クラインは、この言葉を直接伝えることはできなかった。


一週間後、マローンは村からの手紙を受け取った。クラインが書いていた家族たちからの返信だった。彼らは、クラインの死を悼んでいた。そして、赦しの言葉を送っていた。


雨は上がり、十一月の冷たい日差しがマンハッタンの街を照らし始めていた。マローンは古びたデスクに座り、新しいファイルに記入する。


「NYPD殺人課事件簿 1973年11月

被害者:ジョセフ・クライン、62歳

容疑者:マイケル・ターナー、23歳

動機:戦争の影響による精神的混乱および過去との対峙

備考:事件は解決したが、その傷跡は消えることはない」


バードランドから漏れてくるジャズの音が、静かに街に流れていた。あたかも、この事件の登場人物たち全ての魂を慰めるように。


(全編終了)

曲:

Bill Evans Trio "Re: Person I Knew"

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