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#002 不戦のユニス

 ドヴァの右腕が落とされた。

 ゴートの歩兵騎士は、ニヤリと口元を歪めて、一先ずの勝利を確信する。対するドヴァは、言葉にならない声を発して騎士を威嚇したが、おっつけに首を横薙ぎにされた。

 5㎏の塊が地へと落ちる。

 勝利に高揚(こうよう)した騎士は、獰猛(どうもう)な微笑を浮かべながら次の獲物を探して辺りに目を配る。


 ゴート騎士団は、決して公正無私(こうせいむし)の団ではない。元来、戦場に身を置くことを(いと)わない者であり、そのために修練を積む者だ。己が正義を執行する(よろこ)びに身を震わせ、相手の命を絶ち、勝者になることが、彼らの(せい)そのものなのだ。ましてや、相手が盗賊であれば、遠慮などする必要はない。どれほど相手を凌辱(りょうじょく)しようが、正義の私は揺るがないのだ。


 昨夜、アウガスの村は盗賊共によって、血塗られた地となった。ほんの数時間前のことだ。その時の湿(しめ)りが乾かぬうちに、今度は盗賊達の血によって、土はその色を変えている。


 踏み込んだ老盗賊の一撃は、白銀の胸当てに阻まれる。その隙を逃さず、騎士は剣先を昔人(せきじん)へと向けるが、鎖に繋がれた鉄球が騎士の胸を打った。呼吸ができず、唾液を垂れ流す騎士の男。老盗賊の追撃が、今度こそと騎士の意識を絶った。

 九死に一生を得たガフ・ナルドは鉄球の主である盗賊頭へと近寄る。

「ガフ、そろそろ引くぞ。荷は運べたか」

「恐らくは」

ガフの言葉に盗賊頭は、近くにいた鼻無しアッカーを呼びつけた。首領(しゅりょう)から荷守(にまも)りを命じられたアッカーは、「へぇ」と返答し、体の向きを変える。



 ユニス・ロカは、ゴート騎士団が攻め入ってからずっと小屋の中にいた。視界は(にじ)み、胃液が咽喉(のど)を逆流し、手の震えは止まらない。

今日に限らず、ユニスは争いになるといつだって身を隠す。盗賊の戦闘などというものは、すべからく蹂躙(じゅうりん)である。それが合わなかった。村人の日常をただ踏みにじる行為を、“我が勝利”と(えつ)()る気分を持ち合わせていなかった。結果、逃げ続け、隠れ続けて今までやってきたのだが、とうとう盗賊達(じぶん)蹂躙(じゅうりん)される側になったのだ。


 ― どうしたらいい。


 思考は一向にまとまる様子がない。

 バンッと無遠慮(ぶえんりょ)に扉が開いて、鼻無しアッカーが現れた。

「おまえ、何してんだ」

 口元を震わせて、アッカーを見るユニス。

「ビビッて隠れてたのか」

「あ、いや。えぇと……」

 アッカーは、ユニスの態度を鼻で笑うと「お前は外で見張れ」と言いつけた。

「……え?」

「戦えっつってんだよ」

「いや、でも装備もなにもなくて」

「おまえの! ()()()()()! 俺らを(まも)る盾だろうが。早くいけ! 死んでこい」

 アッカーの言圧(げんあつ)に、ユニスは何も言い返せなかった。盗賊達(なかま)まで自分の命を踏みにじる。これが戦場なのだ。



 小屋の外では、家々が赤く燃えていた。青草の束に火をつけて、火煙(かえん)を拡げている誰かを目の端に見る。恐々(こわごわ)とした煙の中、ユニスはそっと集落を歩むが、足を降ろす先には腕や脚が落ちていた。


 ― 騎士達はどこだ。


 煙で5m先も見えなかった。騎士に遭遇しまいと力の入る肩。ふと、その肩を背後から掴まれた。ユニスの喉が一気に締まる。身を(かえ)す勢いのまま、手中の短剣を(ふる)って、その場を飛び退いた。

 背後にいたのはサラディ・ピーターであった。


「おま……!」

 サラディが口元に人差し指を立てて、静かにしろと合図する。

「生きてたか、ユニス」

 動悸を抑えようと服の胸部(きょうぶ)を握るユニスにサラディは小声で続けた。

「俺は逃げる。お前も逃げろ。騎士たちも一旦、引いた。多分、集落を囲んでいるはずだ」

 ずっと隠れていたユニスには、サラディの情報が命を左右する。

「残党狩りが、もう始まるってことだよ。この煙が消えたら一斉にやられるぞ」

 サラディは、ユニスに身を寄せて、更に声を細めた。

「盗賊なんて、てんでダメだな。おれは足を洗うぜ。冒険者になって、騎士を目指す」

 サラディの場違いな告白に、ユニスは目を見開く。

「育ててもらった恩もあるけどな。死んじまったらしょうがねぇ。俺は死にたくねぇし、冒険者だったら、俺らでも何とかなるかもしれねぇ」

 サラディの目は、炎が反射して(きら)めいていた。

「一緒にいかないか。きっと金も女も手に入る」

 ユニスは思わずサラディから目を逸らした。自分が盗みも殺しもできない盗賊だと、旧友に告白する時だった。

「ユニス。時間がない」

 急かすサラディの言葉に、ユニスは応えられない。

「分かった。じゃ、ここでだ。また生きてたら、どこかでな」

 サラディは、ユニスの肩を叩き、最後に笑うと身を返して、煙の中へと駆け出した。

 ユニスは、旧友の姿を薄れゆく煙に見続けた。


 集落の外から、ゴート騎士団のラッパが鳴り響く。騎士たちの明るく溌溂(はつらつ)とした雄叫びも聞こえる。一息いれた騎士団が残党狩りを開始したのだ。

 ユニスは息を吐き、背筋を伸ばすと、辺りを見渡しながら、集落の中を走りだした。


 ― 確かこのあたりに……。



 ゴート騎士団は、正門と裏門の前で盗賊らを迎え撃とうと並び迎えている。歩兵隊で(おお)えぬ箇所は、騎馬隊が遊撃する手筈をとった。

 白白明(しらじらあ)けも近い。

 盗賊達にとって、日が昇るのは不利でしかない。「今が、逃げ時だ」と賭けに出た盗賊らは、手立てもなく騎士達に撃たれた。

 騎士団長は、(ほとん)どくつろいでいる。

「団長、山狩りは行いますか」との部下の問いに彼は答えた。

「いや、いいだろう。今日で楽しみの全てを尽くしては、明日から新しい職を探さねばならんからな。あいつらにも、そう伝えておけ」

「では、今日の飯食(はんしょく)手空(てす)きの者で(しし)を獲ろうかと思います」

「お、それはよいな。(しし)が狩れたら、ギルラに戻って女を抱くか」

 笑いながら会話に交じる副団長に、騎士は一礼をする。




 宇上壱(うかみいち)は影と戦っている。人の形をした影である。

 決して(おび)えることもなく、おごることもなく、淡々と、日頃、(つちか)った身体反応に身を任せるように戦っている。

 一人、また一人と影を倒していくが、何とも言えず、人を殺める感触が手に残る。

 背景も無く、自分が何処にいるかは分からなかったが、影達には時折、光が差した。光が差すと影の正体が判った。盗賊仲間だった。アッカーやドヴァ、ガフ、盗賊頭までいる。

 今、戦っている影が最後の影だなと分かった。おそらく、影はサラディなのだろう。それでも壱は、何の感情もなく、サラディを殺めた。




 集落の中、ユニスは目を開けた。うっかり寝てしまったようだ。

 だが、生きていた。

 どうやら、あたりは昼に差し迫る頃で、耳を澄ませると遠くに騎士たちの気配はあるものの戦闘意欲は感じない。それどころか、猪鍋の匂いすらある。

 山と積まれた村人らの(むくろ)の下で、認識を阻害するスキル「草陰」をかけて、身を隠していた。

 物音を立てないよう、(おのれ)に覆い被せた村人をどかす。

 やはり村内に騎士達の姿はない。


 騎士たちの声とは反対側へと、ユニスはその姿を消した。

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