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#001 覗見と盗賊

 忍者頭巾の隙間に覗く男の目には、怒りも憂いもない。

 ただ仕事だからという理由だけで今、この場にいるのだ。自らの意思というものを遥か過去に置いてきたかのような目である。


「この国の年間の自殺者は2万2000人。殺人は900件。行方不明者は8万5000人」


 宇上壱(うかみいち)は、忍者頭巾の男が自分の存在に気付き、追手として目の間にいることを不思議に思っていた。


「その3つを足すと、1年でおよそ12万人。毎年12万人が日本から姿を消す」


 壱は存在感が薄い。

 自動ドアは反応しないし、呼び鈴を押しても店員は来ない。子供の時からクラスで誰かに話しかけられたこともない。だから、里を抜けるのも上手くいくと思っていた。誰に気付かれることもなく、抜け忍になれると疑わなかったのだ。


「日本の人口は1億2千万人。たった0.1%だ。たった0.1%の人間が寿命以外の理由で死ぬ」


 男の言葉に、「現代に忍者として生まれる確率は何%なんだよ」と壱は思った。

 忍者。古くは神武天皇に仕えた道臣尊(みちのおみのみこと)や聖徳太子に仕えた大伴細人(おおとものほそひと)など数多の逸話を現代にも残す存在である。志能便(しのび)覗見(うかみ)、草などその呼び方も地方や時代により様々で、宇上壱は覗見(うかみ)と呼ばれる一族の末裔であった。


「お前の死因は“不運”だ。99.9%の人間は殺人も自殺も行方不明も縁のない人生を送れるっていうのに。たった0.1%側にくるなんて。不運でしかない」


 壱は男がその道のプロフェッショナルなのだろうと考えた。

 ― 始末忍とでも言うべきか。


「安心しろ。俺が救ってやる。俺は敬虔な仏教徒だ。俺に殺されたら、次は”当たり”で生まれ変われるはずだ」


 頭巾男の言葉は、言い訳じみていたが、壱に諦めを促すようなニュアンスも込められていた。まるで獲物と対峙する獣の唸り声だった。

 山というものは深夜にもなると、人よりも獣の気配の方が遥かに匂う。


「1年で12万人もいるんだったら、自分がそっち側になることもあるか」

 壱は不幸な扱いをされることに慣れていた。いや、慣れているというよりも、とっくに諦めていた。


 刹那のブラックアウト。


 山中の古い祠の前、壱は死体となって転がった。






 ユニス・ロカは、ベッドから飛び起きる。

 自らが死体となる夢を振り払うかのように黒髪の頭を掻きあげると、「夢かよ」とこぼした。


 部屋のドアがノックされる。


「おい、ユニス。交代だ」


 声の主はドヴァに違いない。

 交代にしては、やや早い気もするがユニスは「はい」と答えて、馴染みの短剣と毛布を一枚携えて、部屋を出る。


 月の姿は見えず、すでに夜明けの方が近い時間であったが、一部の家には灯りが点いていた。狂乱の夜を過ごした盗賊達(なかま)だろう。

 ― 俺らは盗賊なんだ。昨夜の戦利品を味わうのは当然だろ。

 そうは思うが、ユニスはなるべく意識を向けないように自らを戒める。女の叫声を聞きたくはなった。


 見張り台につくと、サラディ・ピーターがいた。


「よぉ。寝れたか」

 サラディの問いかけにユニスは首を振った。

「だろうな。ドヴァのやつ、まだ全然、時間じゃねぇのにお前を起こしに行ったからな」

「眠いわけだ。おまえはまだ交代しないのか」

「俺は時間まで見張るさ」


 16歳のユニスにとって、サラディは盗賊団で唯一の同世代であり、友人と呼べる存在だ。


「サラディ、ちょっと顔洗ってくるよ」

「あぁ」


 ユニスは見張りをサラディに任せて、川へと降りる。夜目は効く方なので、道中、躊躇うことは無い。

 川縁につくと、足首まで水に浸して顔を洗い、そのまま右手で掬った水を一口飲んだ。

 その一口が喉を通る頃、ユニスは薄っすらと目を細め、川から身を出した。


 川の流れる音。木々が風に揺れる音。虫たちの声。その陰に微かな気配を感じたのだ。


 ユニスは、自分が相手の存在に気付いたことを悟られないよう、来た道を戻り始める。川原から、草木の茂みへと入り、身体の半分が暗影に隠れたタイミングで、「草陰」とつぶやいた。

 草陰はユニスが生まれつき使用できる固有スキルで、他人が自分を著しく認識しなくなるものだ。

 ユニスを見失った人影が対岸の茂みから音もなく立ち上がった。



 サラディ・ピーターはどうせ何も起こりはしないと、見張りもそこそこに寝ころびながら夜空を眺めている。

 サラディは、5歳の誕生日に奴隷として売られた。口減らしだった。飼われた先では、見事なほどに奴隷らしく扱われ、夜になると自分の存在意義を確かめる癖がついた。

 ― どうして自分ばかりが。

 ― どうしてあいつらばかりが。

 来る日も来る日も奴隷という身分から抜け出すことを考えていた。

 12歳になる頃、飼い主が死んだ。貴族身分であった飼い主は、欲をかいたが故に殺されたのだ。後ろ盾を失った奴隷のサラディは、盗賊のサラディとなった。

 ― 盗賊は奴隷よりは自由だな。

 日課のように半生を振り返っていたサラディだったが、ユニスが戻ってきた気配を感じて、体を起こす。

 ユニスはサラディと合流する前にスキルを切っていた。


「川でなにかと鉢合わせた」とユニス。

「夜行性のモンスターか」

 ユニスは「いや」と首を振り、獣にしては気配がなさすぎたと説明を加える。


 サラディは口元に微笑を浮かべ、ゆったりと立ち上がる。その目線は集落の囲いを1周、丁寧かつ迅速に(あらた)めていくが、何も発見はできない。

 対してユニスは、少し離れた森の陰を凝望していた。


「あそこ」


 ユニスの言葉にサラディも目を細めるが、なんの気配も感じない。


「撃てるか」

「あぁ」


 サラティは「ルクス」と唱え、殺傷性のない光の玉をユニスの示す森へと放つ。


「やっぱり、なんかいる」とユニスは残して、見張り台を素早く降りていった。

 サラディはもう一度、ユニスの指す方向に目を凝らしたが、やはり、変わり映えのない夜に見える。




 貧乏集落の中では比較的上等と思われる土壁の家。

 ユニスがそのドアを開けた。村長の家といっても、リビングや寝室の区別はなく、小屋のようなものでしかない。

 身体の大きな盗賊頭がベッドに腰掛けていた。その落ち着いた顔はユニスが入ってくるのを予見していたかのようだ。


「どした」

「なんかいます」

「モンスターか」

「いえ、人間の気配です」


 盗賊頭はチッと舌打ちしながら、床で寝ている一人を軽く蹴飛ばして家を出た。子分は蹴られたことに特に反応もなく、やれやれと起きはじめる。


 外で「敵襲!」とサラディの声。


 間もなく、家々から盗賊達が飛び出てきては罵詈雑言が噴きあがる。夜は盗賊の時間だ。この時間に深い眠りに落ちている盗賊はそういなかった。

「追い払え!」「やっちまえ!」「ぶっ×××!」「何だテメー!」


 しかし、飛んできた矢の数が盗賊達の威勢をかき消した。盗賊達は、せいぜい近隣の村の人間が復讐にやってきた程度と思っていたのだが、弓矢隊の存在を想像させる矢は、盗賊達を慌てさせたのだ。


 矢の中には火矢もあり、藁葺(わらぶき)の屋根に火が燃えうつった。

 集落が明るく照らされると、その一画に村人の死体が山積みになっているのが見えた。また同じく、屋根を燃やす火は、森に陣取る騎士達の姿をも現した。姿を隠す気が無くなったようだ。

 10名の弓矢隊の装備は闇に紛れるため最低限だったが、30名ほどの歩兵隊は白銀の装備をまとっていた。馬のいななきから、騎馬隊がいることも想像できる。盗賊は唾を飲み込んだ。

 団長と思しき騎士が声を上げる。


「我々はゴート領の騎士隊である。盗賊ども、わが領内にあるアウガスの村を襲い、強奪するだけでなく、人命まで奪ったこと許し難し。その方らを駆逐せしめる。覚悟しろ」


 ゴート騎士団長の合図とともに、騎士たちは集落への一歩目を踏み出した。


 盗賊頭が「いいだろう! 正々堂々、闘ってやろうじゃねぇか」と叫び返すと、盗賊達は、腰を落とし、剣を身構えた。その一画、嬉々とした表情のドヴァやサラディの姿がある。

 盗賊頭は横に立つ老盗賊に「逃げるぞ」と囁いた。


 村長の家の中、ユニスは家に留まったまま短剣を眺めている。

 その短剣を握る手は震えていた。

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