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灯火  作者: 金子よしふみ
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第6話

 デイサービスから着信があった。

「申し訳ございません。朝到着した時に履物を履き替えている際、ちょっと目を離した折に転倒されてしまいまして。どこにも打ち身や骨折もしておりませんし、ご本人様も平気だとおっしゃっておりますので、このまま様子を見させていただきます」

 このような内容が一度から二度、三度、それから何度かデイサービスだけでなく、介護老人保健施設からも連絡が入るようになった。ついには

「これから整形外科に向かいますので、ご足労ですがいらっしゃっていただけますか」

 そんな事態になった。急いで病院に駆けつけると整形外科の前に移動式のベッドに父は寝かされていた。レントゲンを撮りに移動して、また整形外科の前で待つ。それからドクターの診察。診察結果は打撲となっていた。そのまま老健へ戻って行った。その後リハビリも休み休み行えるようになってからは、施設内ではU字歩行器を使うようになった。もう立ち上がり時や歩行の始めのふらつきが危険で、ショートステイ利用時にもそんな時にスタッフが気付かないうちにフロア広間のソファから落ちていたとか、そんな連絡ももらった。もちろん、看護師が触診や体の様子を見て骨折などがしていないことは確認していたが、もう歩行が難しくなってきていたのは間違いなかった。病院内でも車いすを使って移動するようになっていた。ケアマネージャーに相談すると、特別養護老人ホームに申し込むようにしたらどうかと言う提案を受けた。私は即答でお願いした。

 そんな父が帰宅する。家は内装工事で居間からトイレへの階段に手すりをつけるなど、もう何年も前にそういう準備はしておいたのだが、やはり一人で動くと言うのは転倒の危険性が高い。だから、何度となく注意した。

 それでも父は勝手に動き出す。朝起こしに行ってみれば、ベッドから落ちて起き上がれなくなっていたのは一度や二度ではない。そのたびごとに私の動悸は激しくなる。そんなことよりもどこにも打撲痕はないか、骨折はしてないかを触ってみたり、目視したりして、もちろん本人にも

「どっか痛いとこ、あるか?」

 聞いた。怒るよりも先に起こす方が先なのだ。もちろんその間に盛大に漏らしていた。

「だから、一人で動くなと言ったろ。骨折したら寝たきりになるんだぞ」

 着替えさせながら、父に言ったところで、父から返答があるわけではなかった。ともかく一人で立ち上がろうとしたり、動いたりしないと何度となく言って聞かせた。が、結局は聞かせたとは言えない。なぜなら、やはり父は一人で居間のダイニングテーブル供え付きのチェアから立ち上がろうとするのだ。ふらつきが尋常でなく転倒しそうなほどに体を傾けて。どうしたら聞き分けてくれるのだろうと考えて、パソコンで注意書きを印刷してラミネート加工して、例えばダイニングテーブルにかけたテーブルクロスに張ったり、福祉用ベッドの柵に張ったりした。一人で動く、立ち上がるのは危険だ、転倒し骨折をしたら寝たきりになる、そういうメッセージを何枚も。

 それでも父は一人で動こうとする。それらを目視できないはずはないし、見ているところも確認している。在宅中、もう目が離せなくなっていた。以前なら父が居間にいる時に自室にこもることもあったが、今となってはそうはできない。片時も注視をやめられないのだ。だから、そうまでしているというのに、父が動き出そうとすると、ひどく感情が高ぶって激高してしまった。幾度となく怒鳴り散らした。わめき散らした。

「危ねえって言ってのがわからんのか!」

 とか

「注意がわからんのか!」

 とか

「日本語が理解できねえのかよ!」

 とか激しい言葉が飛び出る。父は無表情で聞いているのか聞いていないのか、変わらない表情をする。声の大きさに怯えるような様子もないし、驚く様子もない。反応らしい反応がまったくないのだ。ラミネートの注意書きのあるテーブルを激しく叩きながら訴えても反論も何も言わない。ただただ私だけが、大声を張り上げて、父の行動を咎める。私とて好きで声を張っているわけではない。今にして思えばこうまでしても改善できないもどかしさが、いわゆるキレさせたのだろうとは言える。なぜなら、怒鳴散らした後、砂をかみしめたような居心地の悪い感じがしていたのだ。

 いつからか父から私に声をかけることはなくなった。

 ある時もふらりと自分一人でダイニングチェアから立ち上がろうとしていた。

「何したいんだ?」

 口調はきつくなった。

「トイレ行こうと思って」

 父は悪びれることもなく答えた。

「それなら言ってからにしろよ。一人で動けると思うな」

 父の脇に手を差し入れて体を支えながらトイレへの階段を降りた。父はやはり何も言わなくなった。


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