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灯火  作者: 金子よしふみ
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第1話

 スマホの着信は父が入所している介護老人保健施設からだった。出ると、看護師から発熱があるとのことでこれから隣接する病院の救急外来に行くと言う。そこに来てもらいたいとのことだった。すでに入浴を済ませておりタンクトップとステテコ姿だった私は慌てて着替えて病院に車を走らせた。八月になったばかり。二十時を過ぎているとはいえ、蒸し暑さはまだ残っていて、窓を開けてまた流れだす汗を乾かす。救急外来を尋ねると父はベッドに横たわりドクターやナースが慌ただしく動いていた。私は救急外来の前のベンチに座って落ち着きなくドクターに呼ばれるのを待つしかなかった。もう暗くなっている病院内で煌々と光る救急外来前だけ。どれほど待っただろうか、ドクターに呼ばれて救急外来の部屋に入った。ドクターから説明をされる。一言でまとめれば誤嚥性肺炎に罹った。驚きと言うよりもいよいよそうなったかとかと言った確認みたいな感じが先行した。それよりも心をゆすられたのは、延命措置をどうするか、と尋ねられたことだ。一瞬、返答に迷った。

「えっと、そうですね」

 ほんのわずかの間に、疑問が浮かんでは消える。それほどまでに深刻なのか。薬とか点滴で良くなるのではないか。それらをかみ砕いてドクターに尋ねる。ドクターは柔く一つ一つ答えてくれた。処置をすること、できる限りの延命措置をすること。それで判然としたわけではないが、とりあえずはお任せするしかないのだ。

 ベッドのまま救急処置室から病棟へ移動中、父の頭を撫でた。

「はよ、良くならんとね」

 酸素吸入器のマスクをした父は何も言わなかった。

 四階に着くとナースが父のベッドを病室に運んで行った。コロナの予防のため、私はナースステーション前までで待たされることになった。ほどなくナースが書類を持ってきて、入院の書類を何枚か書かされた。ある書類には家の関係図が書かれた。すでに母は死んでいる。姉兄もいる。家系図にするとこうなるのかと思った。各書類の欄本人の代わりでの記載し、関係性を示す呼称には「子」と書いた。次男でも第三子でもなく。一通り記載が終わると入院手続きが終わったと告げられて、帰るしかなかった。カーテン越しに真っ暗な廊下のどこの部屋に父が入ったのかを知らず、私はエレベーターを降りた。

後から思い出せば、その日はおかしなことが立て続けに起こっていた。

 風呂のボイラーの電源が勝手に点いた。シャワーヘッドに乾かすためにかけておいた体を洗う用のタオルが、浴槽にかぶせておいた蓋の上に置かれてあった。右記二つの不思議な現象は何かの予兆であったろうか。

 母親のくも膜下出血の時は、もうどうしようもなさがあった。死は確定的な症状であると。一方誤嚥性肺炎となって、酸素マスクをして抗菌点滴を受けている父の場合は、何かやるせない感じがしてならない。

 ゆっくりとゆっくりと死へのらせん階段を下りているような。どこかに、改善できる手段があるのでは、つまりは階段の歩みを止めたり、また生へ上らせたりできるような医療技術があるのではないかと思えて仕方ないのだ。

 帰宅して、再びタンクトップとステテコに着替えた。こんな時でも父は酸素マスクをして点滴を打たれているのだ。

 外では虫が鳴いていた。網戸からその声が聞こえて来た。エアコン何かの空調が聞いている病室にいる父はそれを聞くことはないのだろう。

 そんなことを考えながら、酎ハイを作って飲んだ。何杯か飲んで酩酊に近い感覚で現実を紛らわし、きっとこの時電話が病院からかかって来たら酔いは瞬く間に冷めるだろうなんてことを考えていた。


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