決心
今日は水曜日、体育祭まで一週間もない。土曜に開催されるそれに向けて、生徒達は己の出場種目の練習に勤しんでいた。
快斗は特殊な種目には参加せず、どの生徒もやるトルネードの練習を授業中にするだけで、他の時間は白亜達が終わるまで自習していた。
体育祭に参加したくないわけではないのだが、やることもないし、今参加しても足でまといなので何もしていない。
「ばいばい、快斗くん」
瞬は体育祭の練習に呼ばれて教室から出ていった。教室に残っている人はほとんど居ない。快斗は白亜達の練習が終わるまで間はここに留まる。
応援団の練習を見下ろしながらぼーっとしていると、突然教室の扉が開けられた。
「快斗ー」
「なんだ?」
入ってきたのは連れ果てた様子の晋平だった。隣には虎太郎もいて、彼は晋平の付き添いのような立ち振る舞いだった。
晋平は快斗の前の席に座り、大きくため息をついた。何があったのかと快斗が眉を顰めると、晋平はポツポツと語り始めた。
「実はさー、俺、上水戸さん結構気になっててさ」
「あー……」
「それで仲良くなろうと思って、めちゃくちゃ話しかけてみたんだけど、全然笑ってくれなくて、素っ気なくてさー」
「まぁ……あいつはそういう奴だよな」
瑞希が笑って話しかけているのなんて、白亜に対してしか見たことない。彼女は他人には中々笑顔を見せないし、どれだけ接して関係値を深めようと、白亜には勝てない。
しかし本気で気になっているらしい晋平を前に、諦めろなんて言葉は口から出なかった。
「快斗ー、お前結構上水戸さんと仲良いじゃん?」
「そんなことないが……」
「いやいやあるじゃんか。部室に出入りして話してるんでしょ?」
「多分お前が思ってるような会話じゃないぞ」
快斗に対しては人一倍嫌悪感を隠さない瑞希は、快斗との会話に笑顔どころか人としての扱いを感じさせなくなってきた。
とはいえ彼女は必要最低限の会話はしてくれるし、顔はとびきり可愛いので人気があるのは理解できる。このとびきり可愛いというのは、快斗の価値観ではなく世間一般の価値観だ。
快斗の中の可愛いというのは、ああいうあざとい女子のことではない。
それはさておき、晋平は多分瑞希とよく喋る快斗に助言を求めてここに来たのだろう。
「でも俺はあいつに嫌われてるし、何も言えないぞ」
「でも快斗さん、なんかない?上水戸さんが好きな物とか、共通の話題になりそうなものとか」
「あいつは習字と、あと黒峰が好きだぞ。でも話題ってこんなところから広がらないよな……」
「いや、俺も黒峰さんを好きになればワンチャン」
「じゃあ黒峰さんと付き合っちゃうじゃん」
「てかまず習字に焦点をあてろ」
なんとも心配な道筋をたどろうとする晋平に快斗と虎太郎がツッコむ。このままでは晋平は瑞希との心の距離を縮められない。
「なんで上水戸が気になるんだ?」
「そりゃあ可愛いし、あと、入学式で初めて喋った女子だから」
「一目惚れってことか?」
「まぁそんなもん。高入生なんだけどさ俺ら。そんときからずっとやね」
一応一年以上の恋ということで、純愛ではあるようだ。理由はなんであれ、恋が成就することは素直に目指すべきことではあるのだが、
「上水戸さん、未だに敬語で話してくるからなー」
「そー!!そこなんだよ!!快斗、なんかいい案ない?」
「いや……」
多分この学校で一番タメ口になる可能性が一番低いのが快斗だ。晋平は面白い人間だし、人当たりもいいし、一緒にいるとそれなりに楽しい人間なので、晋平で無理なら多分多くの人が無理な気もするが。
「……あぁ、でも一つだけ方法があるかもな」
「え!?マジ!?なになに詳しく!!」
食い付きがいい晋平、その様子を見て気がついた。いつの間にか教室に残った皆が快斗の話に耳を傾けている。
そこまで瑞希が気になるのか、あれはそこまでいいもんじゃないと快斗は思うのだが、嫌われているからそう思ってしまうのかもしれない。
「納得し難いな……」
その空気に耐えられず、快斗は思わずため息をついたのだった。
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「えーっ、まだ決めてないんスか?」
「決めてないというか、俺は決めても他が許してくれないというか」
「それはひどい。快斗さんの意見は快斗さんのものなのに、雰囲気だけでやんわりと否定するなんて、一体どこぞの誰が馬の骨なんスかね」
「お前もその一人なんだけどな。あと、最後の意味のわからない言葉はなんだ」
今日の護衛係の麗音は、快斗が未だに部活対抗リレーに出場するのに躊躇していることに信じられないと目を見開いた。
「実際そんなに出場に問題あるっスか?ただ宣伝用の小道具持って走るだけッスよ?順位とかもあんまり関係ないし」
「でも部活に入ってないやつが走るのは良くないだろ」
「入らない理由はなんなんスか?」
「上水戸がいるからだ」
「瑞希さんッスか?良い人じゃないっスか」
「お前に対してはそうかもな」
あそこまであからさまに嫌われていると、部活に入る気も失せる。入ったところで絵をかけるわけでもないし、別に部員じゃなくてもあそこにはいられる。
とはいえ───
「──そうだな」
瑞希のことは少しだけ心配ではある。その理由は他ならぬ、白亜が快斗へ伝えた彼女の過去。
「──はぁ、しょうがないか」
「お?なんスかなんスか、やれやれキャラッスか」
「黙れお前は」
ようやく話が纏まったのに茶化してきた麗音に悪態をついて、快斗は家へと向かうのだった。