また一つ覚えた
地面を埋め尽くすほどの黄色い閃光、その正体は電気だ。電磁波の柵のようなものに囲まれ、瑞希は逃げ場がなくなる。敵は自分ごとそのフィールドに瑞希を巻き込んだわけだが、彼女はその策に触れても何ら影響がなかった。
その代わり、彼女が来ている服はじりじりと焦げてしまっていた。
「やっば。服まで考えてなかった」
冴文がそう呟いて焦げた服の裾を見つめたのと同時に瑞希は踏み込んだ。足に力をこめ、爆発的な推進力をもって冴文との距離を縮めた。
真っすぐ突っ込んでくる瑞希に冴文は包丁を突き出す。金属の刃は電気を帯びて、普通の凶器よりも攻撃性が高まっている。
そんな程度が知れるカウンターに、瑞希は慣れた様子で勢いを殺さずにしゃがみ込み、包丁を持つ冴文の腕を蹴り上げる。強い衝撃に顔を顰める冴文のがら空きの胴体に、間髪入れずにもう一発、入れようとしてやめた。
「あっぶな、多分これなかったら死んでたべ」
舌を出して笑う冴文の体には、夜道を明るく照らすほどの電気が纏われていた。バチバチと音を立てる雷の鎧にはそう簡単には触れられない。だが、それでも欠点はあるようで、
「スカート、短いですね」
「え?うーわ電気で焼け落ちてるわ!!」
冴文の着ている制服のスカートが電気で焦げて短くなっていた。本人の体には影響がないので気が付かなかった。
「て、そげなことどうでもいいっての、あんたを連れてきてって、Sっちに言われてんだわ!!」
更に制服を焦がす勢いで電気を発生させ、地面を強く蹴る。雷のように速く、というわけではなく普通の女子高生の平均的な速度での疾走。電撃を纏った包丁を振り回しながら、でたらめに突っ込んでくる。
難なく躱す瑞希。なおも諦めずに突進してくる冴文は「うりゃあー!!」と可愛げのある声を上げて包丁を振り回している。
ほとんど警戒もせずに飛び込んでくるのは、彼女が纏う強い電流が身を守ってくれるから。そして、二人を囲む電流の柵があるからだ。
攻撃されることは無いし、逃げられることもない。Sからやれと言われた方法は、確かに敵をタイマンに持ち込むには最適なものだったと言えよう。
相手が瑞希でなければ。
「白亜ちゃんが待ってる、ので、少し本気出しますね」
瑞希はそう呟くと、両腕を広げて息を大きく吸い込んだ。それからぐっと身体中に力を込めると、何かを引き上げるように両手を天へ振り上げた。
「なにそれ、準備体操?」
瑞希の動きを見て疑問に満ちた表情の冴文。しかし次の瞬間、それは共学に塗りつぶされることになる。
周囲の民家から悲鳴が轟き、直後窓ガラスが一斉に割れて何かが飛び出した。
職種のようにうねり、暗闇に溶け込むそれはどんどん質量を増やしていく。流動的な物体を見上げ、頭の悪い冴文でもそれが何か検討がついた。
「水!?」
「はぁぁあ!!」
二人の頭上に集まった大量の水の塊。それは声を上げながら思いっきり両腕を振り下ろす瑞希の動きに合わせて地面に落下。冴文と柵を巻き込んで大量の水がぶちまけられた。
冴文が纏っていた電流は水に流れ、柵も同様に決壊する。
「でもでも……!!水は電気通るから、あたしの方が有利だし!!」
確かに純水でないなら電気を通す。今瑞希が操っている水を伝って感電させれば、こんな濁流に飲まれたとて負けることはない。
しかしそれは、瑞希も水に触れていた場合だ。
「あ、れ?」
勝利を確信して電気を思いっきり発動させる冴文。しかし水で歪む視界に映る瑞希は変わらず佇んでいた。
そしてそれが何故かは体感で気づいた。水の流れが無くなっていた。
「やっば、水固定マ?」
冴文の顔は出した状態で、体が宙に浮く水に拘束されて動けなくなっていた。冴文に手のひらを向け続ける瑞希が水を操っているのだ。
「あなたに勝ち目は無いです。何もしないというのなら、今すぐここを立ち去ってください。命までは取りません」
冴文は背筋が凍る思いだった。瑞希の能力を知らなかった冴文であるが、どうやら瑞希は水を操るという能力の持ち主のようだ。
全身を水で固定された冴文の今の状態は、いわば全身に刃を宛てがわれているようなもの。
「……はーい、降参降参。あたしまだ死にたくないし、包丁も捨てるから」
電流を止め、包丁を水の中で手放した冴文。包丁は水に押し出され、瑞希の手まで運ばれた。これで冴文には武器がない。不意をつくことも経験の差で難しいだろう。
「それと、あまり人を殺すことはオススメできませんよ。人として、その道は辛いものですから」
「なにそれ、あんただってそれなりに人殺してんでしょ」
「私が殺したのは人じゃないです。人とは換算したくないって意味ですけど」
「ふーん、なんか大変そー。まぁ、あたしには関係ないんだけど」
諦めたようにため息をつく冴文。瑞希は彼女に打つ手がないことを確認し、慎重に地面に下ろしてから水の拘束を解こうとした。
しかし、何故か水が瑞希の言うことを聞かなかった。
「──は」
違和感を覚えたその瞬間、危機を感じて瑞希が飛びず去ると、先程まで立っていた場所に炎が落ちて爆ぜた。
地面を抉る強めの爆発が轟音を響かせ、瑞希の水の制御を妨害する。
「誰ですか!?」
驚き半分怒り半分で瑞希が上を見上げる。
月を背景に民家の上で佇む人影があった。青い2本の剣を持ち、顔に仮面をつけた奇妙な人物。その人物を見つけると、冴文はぱぁっと笑みを浮かべて、
「Sくーん!!助けてー!!」
冴文が叫ぶと、Sと呼ばれた仮面の人物は頷いた。すると先程まで瑞希が操っていた水が弾けて地面にぶちまけられ、冴文が自由になった。
「なんで……!?」
水の制御が効かなくなった瑞希が困惑していると、Sは地面に飛び降りて冴文を抱き上げる。
「うえ!?なに急に!!S君大胆だね」
Sは首を傾げたあと、瑞希を暫く見つめた。ぐっと体に力をこめて構える瑞希。しかしSは何もせず、冴文を抱いたまま突如として姿を消した。
「……なんなんですか、あの人は……!!」
どうにも能力が読めないその人物が気に食わない。前に白亜達も遭遇し、執拗に快斗のことを狙ったり、もっと前からの話をすれば、人殺しを集めて徒党を組むことも意味がわからない。
謎が多すぎるし、なにより白亜や瑞希の行動を知り尽くされているような気がしてならない。
未だ顔も分からぬ敵を瑞希は強く警戒し、轟音に引き寄せられて集まってくる一般人に見つからぬよう、その場を去ったのだった。