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5 お茶会当日です

 いよいよ訪れた『クレセントのお茶会』当日。


 御者に手を引かれ馬車を降りた私は、まず殿下を探すことにした。


 招待してくださった彼には真っ先に挨拶をせねばなるまい。ついでに用意したプレゼントも渡そうと、貴族たちの間を通り抜け会場を歩く。


 お茶会の主役たる王族の彼は、案外早く見つかった。


 ……がしかし、令嬢やらお偉いさんやらに囲まれ、とても近付ける雰囲気じゃなさそうだ。なるべく早く渡して謝りたいのだけれど。


 と、私が殿下を遠目におろおろと戸惑っていたその時。



「あら、誰かと思えばステイシー様じゃないですか。偶然ですわね」



 甘く高い声が聞こえ、振り返る。

 そこには顔見知りの姿があった。


「……シャルナ様。こんにちは」

「ええ、こんにちは。先週お城でお会いして以来ですわね」


 シャルナ・キンバリー侯爵令嬢が、にっこりと微笑んで私を見ている。


 ……ああ、こんなところで出くわすとは。本当に運がない。


 シャルナ・キンバリーは、『王都メイデンローズ』に登場するキャラクターである。それも、イヴァンのルートに登場する悪役令嬢だ。


 立場的にはステイシーと変わらないのだが、しかし我の強いのが悪役令嬢。ステイシーとシャルナはゲーム中でも不仲として知られ、煽り煽られを繰り返す犬猿の仲なのだ。


「うふふ、あなたの家もお茶会に招待されるほど家名を上げたようで安心しましたわ。わたくし、いつリナダリア家が没落してしまうか気が気でなかったのですよ?」


 かまされた嫌味に苦笑いを浮かべる。……プレイ中もうざったかった思い出があるけど、やはりステイシー相手だと彼女の物言いは別格だ。


「ああ、いえ、……今日はご厚意で招待してもらっただけですから」

「まあ、そうでしたのね。失礼致しました。まだリナダリア家は困窮してるのというのに、わたくしったら……」


 こんな時、魔性の方のステイシーなら負けじと嫌味を返すのだろうが、私にはとてもできそうにない。……さっさと去ろう。


 そうシャルナ様から一歩引き、立ち去ろうとしたところだった。


「ステイシー!」


 背後から弾むように名を呼ばれ、私はびくりと肩を震わせた。

 シャルナ様も言葉を止め、私の背後を見やり――目を見開く。


「イ、イヴァン様……!」


 大勢の貴族を振り切って来たらしい殿下が、こちらに駆け寄ってきていた。


「? ……ああ、シャルナも来ていたのか。挨拶もできなくて悪いな」

「い、いえっ! ご招待頂きありがとうございます」


 シャルナ様は殿下の元にたっと寄り、ワントーン高い声色ではしゃいでいる。目に見えてテンションが上がっていた。


「私までご招待頂いてありがとうございます、殿下」


 ともかく、あれだけ囲まれていた殿下の方から来てくれたのはありがたい。私も挨拶をしなくてはとカーテシーを行うと、殿下の顔がパッと明るくなった。


「いや、良いんだ。むしろ無理やり誘ってしまってすまないな。どうしてもおまえに来てほしかったんだ」

「……えっ」


 微笑む殿下の言葉に、シャルナ様の低い声が重なる。

 彼女は、その愛らしい顔を崩してこちらを凝視していた。


「ええっと……、思い違いですの? ステイシー様をお誘いになったのはイヴァン様と、そう聞こえたような気がしたのですが」

「いや、違わない。……何か問題だったか?」

「は」


 今度こそシャルナ様の眉間に皺が寄る。本当に何が何だかわかっていないという様子の殿下に、私は肝を冷やした。


 シャルナ様は殿下に好意を抱き、そして私を嫌っている。そんな相手が想い人から直々に招待状を贈られていたとなれば、悪役令嬢の彼女が気に入らないと感じるのも当然だろう。


 現にシャルナ様の視線が痛い。「説明しろ」と言いたげだが、できるはずもなかった。


「……あら、あらあら、そうでしたのね。わたくし知りませんでしたわ、お2人がそんなことになっていたなんて」

「いや、あの、シャルナ様……」

「ねえイヴァン様、でもステイシー様には気を付けてくださいませね? 彼女、悪い噂を聞いたことがありますから」

「……悪い噂?」

「ええ。何でも複数の殿方と関係を持っているのだとかで、わたくしイヴァン様のことが心配なのですわ。騙されてしまったのではと思うと気が気でなくって」


 シャルナ様は猫撫で声で殿下の腕に擦り寄る。悪い噂とは、もちろん『魔性の伯爵令嬢』のことだろう。


「どうかお気をつけくださいね、イヴァン様?」


 ――そんなことしなくても、彼はいずれ主人公と恋に落ちるのに。


 否定も反論もできず、私はただ黙り込む。こんな時だけは魔性の方のステイシーの強かさが羨ましい。


 そう、ないものねだりをしていた時だ。


「そうか。……でも、大丈夫だ」

「……え?」

「俺は人を見る目には自信がある。これでも王族なもんでな」


 ばっとシャルナ様の腕を振り払った殿下が、私の腕を掴んだ。

 それから強い力で引き寄せられ、勢い余ってたたらを踏む。


 驚く間もなく、殿下はどこかへと歩を進めだした。



「心配させて悪い、シャルナ。……でも、惚れた女のことくらいは自分で見極めるよ」



 笑顔でそんなこと言うものだから、私は恥ずかしくって仕方がなかったのだ。



 ◇◇◇



「……ん、ここなら誰も来ねえだろ」


 そうして無言で歩くこと少し。城の裏庭に差し掛かったところで、殿下はようやっと手を離してくれた。


「勝手に連れ出して悪いな。……腕、痛かったか?」

「い、いえ、全く。私も人酔いしていたところで、助かりました」

「え……、気分が悪いのか?」

「あっ、いやいやいや! もう大丈夫です! はい!」


 焦った様子で顔を覗き込まれ、慌てて後ずさった。至近距離の殿下は心臓に悪い。


「そうか。……なら良いんだが」


 殿下はほっと胸を撫で下ろす。備え付けのベンチに2人で腰掛けると、忙しなかった頭も少しだけ落ち着いてきた。


 ――「でも、惚れた女のことくらいは自分で見極めるよ」


 不意に浮かんできた先ほどのセリフに、引いたはずの顔の熱がまたじわじわと押し寄せる。恥ずかしすぎる。もうシャルナ様と目を合わせることさえできない。


「……ステイシー」

「は、……はい」

「その、来てくれてありがとう」


 こくこくと頷くと、殿下は柔らかく微笑む。


「嬉しかったんだ。……会場で、おまえの姿を見かけて」

「……」

「俺のために着飾って、俺のために来てくれたんだと思うと抑えきれなくて。……だから、2人になりたかった。迷惑だったら、謝る」


 きゅう、と、胸が締め付けられるような音がする。


 殿下の表情が、声色があまりにも優しすぎて、顔を逸らした。


 わかっている。彼は今後ゲームに則って主人公と恋に落ちるし、こんな言葉や態度も一過性の感情から来るものだ。


 でも、それでも元喪女には効果がてきめんすぎる。


「め、……迷惑では、ないです」

「そう、か?」

「そうです。ほ、ほんとうに」


 気を紛らわそうと口を開く。これ以上殿下のペースに呑まれぬ話題は……と考え、そこで思い至った。


 そういえば、この間リズと選んだプレゼントを持ってきているではないか。


「あ、あの、殿下。……実は今日、お礼を持ってきたんです」

「お礼?」

「はい。招待してくださったお礼、なんですけど」


 私は手元のバッグをいそいそと漁り、縦長の箱を掴んで取り出した。箱には、王都に店を構える大きな文具店のロゴが刻印されている。


「その、殿下は万年筆のコレクションをなさっていると聞いて。もう、お持ちになっているかもしれないんですけど……」


 私は震える手で箱を開いた。中身は万年筆だ。殿下の瞳の色と同じ、深い藍色をした万年筆。


 文具店の店主に見せてもらった瞬間殿下の顔がぱっと浮かび、気付けば値札も見ずにこれにしますと言っていた代物だ。おかげで出費はかさんだが。


 殿下は、「え」と短く声を漏らした。


「……これ、俺に、か?」

「で、殿下以外に誰がいるんですか……」

「そう、だよな。俺に……」


 恥ずかしくてとても顔なんて見れたもんじゃないが、殿下は驚いているらしい。……流石にプレゼントは重かっただろうか。


「ステイシー」

「はい」


「……抱きしめていいか?」

「へっ」


 そんな不安を吹き飛ばすように、殿下は真剣なトーンで言った。


「え、えっ!? 何をいきなり」

「5秒でいいんだ。頼む」

「いやいやいやいや、頼むと言われても……!」


 「むりです」。その言葉は、音になるよりも先に喉の奥へと封じ込められた。


 突然右腕が伸びてきたかと思えば、抵抗の余地もないままに抱き寄せられていたから、だ。


「ごめん」

「で、……でん、か」

「……後で謝るから、今だけ許してくれ」


 首元に触れた彼の銀髪がくすぐったい。


 吐息を感じる。ばくばくという心臓の音も、最早私のものなのか殿下のものなのかすらわからない。


 真っ白になる頭の中で、魔性の方のステイシーが「色々ヤったくせにハグくらいで照れてんじゃないわよ」と囁いた。本当にその通りだと思ったが、喪女に余裕を求めないでほしい。


「……あ、あの」

「……」

「もう、5秒、……です」


 ひっくり返りそうな声を振り絞る。

 すると殿下はゆっくりと腕を解き、私に向き合った。


「ありがとう。……今まで貰った物の中で1番嬉しかった」

「そ、れは、何より……です」

「ああ。――生涯大事にする」


 社交辞令だなんてことは、わかっていた。


 そんなの「一生のお願い」と同じだ。主人公と出会ったら、彼はあの愛らしさに惹かれて私のことなど忘れるのだから。


 ――だから浮かれるな。浮かれるなよ、私。


 そう自分に言い聞かせないと、本当に勘違いをしてしまいそうだった。

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