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44 あなたのせいじゃありません

 慣れない城内を2人で進み、応接間を目前にした頃。


 ふと殿下が足を止め、ちらと私の方を見た。何かと見つめてみると、殿下は僅かに首を傾げつつ口を開く。


「いや。用事を思い出した、かもしれない」

「……かもしれない?」


 だいぶ曖昧な返事である。それに煮え切らない。てっきり私は、殿下と2人でクレアに会うものだと思っていたのだけども。


「ああ、思い出したんだ。……すまない、ここからは1人でも大丈夫か?」

「え、そりゃ大丈夫ですけど……」

「助かる。すぐ戻るから、できればここを動かないでくれ」


 そう口早に告げると、殿下は踵を返して廊下を駆けて行ってしまった。殿下は随分と気まぐれだ。今に始まったことじゃないけども。


 ――いや、まあ、しかし。


 今集中すべきはクレアとのことだ。


 彼女はきっと罪悪感を感じているに違いない。クレアだって騙されただけの被害者なのに、あの子は心が澄みすぎている。


「……謝られる前に、謝らなきゃ」


 応接間の戸を前にし、小さく決意じみたことを呟く。


 クレアがここまで巻き込まれてしまったのは半ば私のせいだ。


 スティード家長男の婚約記念パーティーの時。あの時クレアをレイマンに任せたりしなければ、彼女は今も平穏に暮らせていたはずなのである。


 それが私のお節介のせいでレイマンに目をつけられ、あろうことかこんなことにまでなってしまって。謝るのだってよっぽど私の方だ。


 扉のノブに手を掛け、ひとつ深呼吸をする。


 応接間の大仰な戸を開けた、その時。



「――すみませんステイシー様っ!!」

「!?」



 中から飛び出してきた何者かにタックルされた。


 すんでのところで踏ん張り、何者かの顔を見る。

 見覚えのあるその愛らしいその顔は、当然というか何というか、やはり。


「ク、クレア……?」


 ひどく目を腫らした、クレア・ステンクルその人だった。


「すみませんっ、すみませんステイシー様……! 愚かにもあんなことを言ったばかりに、私」


 クレアは手で顔を覆い、ひたすら謝罪の言葉を繰り返している。……これは。


「お、……落ち着いてクレアさん。私は……」

「何とお詫びして良いか……! すみません! あそこまで良くしてもらったのに、」


 案の定、どころか予想以上だった。


 クレアのことだ、多少謝られることは想像していたけれど、こうも気に病んでしまっているとは。何だか気の毒で仕方なくて、思わず目を伏せる。


 謝られる前に謝る。そう決めたはずなのに、うまく言葉が出てこない。


「……クレアさん、大丈夫です。だから顔を上げて」

「で、でも」

「本当に大丈夫なんです。私だって生きてたし、殿下が助けてくれたし……。むしろクレアさんのおかげで言いたいことまで言えちゃいましたから」


 嘘偽りない言葉だ。ひとまず人目につかない方が良いだろうと、応接間の中へクレアを導く。


 何となく、ユリウスが気まずそうにしていた理由がわかった気がした。彼は今日クレアに会っていないのだろう。


 昨夜2人の間に何があったのかはわからないけれど、それでも何もなかったわけじゃないことは理解できる。その翌朝クレアがこうも落ち込んでいれば、かける言葉がなかったに違いない。


 あの、他者と関わるために生まれてきたような第一王子がだ。


 彼にとってクレアがどんな存在なのか、理解には容易い。


「……昨夜私、レイマン様とお話ししました。謝らなきゃならないのは私の方です、クレアさん」

「……」

「クレアさんの相談にすら乗っていたのに、こんな終わりになってしまってすみません。……もっと私にもやりようがあったはずなんですけど」


 改めて応接間のソファに座り、テーブルを挟んで向かいに腰掛けたクレアに頭を下げる。


 クレアは小さく首を横に振ってくれた。どこまでも優しい表情をする子だ。


「ステイシー様に謝られることなんてないんです。……ただ私、本当に盲目で」


 小さな溜息。


「あの日、ステイシー様が気を失ってお城に運ばれたって聞くまで、レイマン様のことをひとつだって疑ってなかった。きっと片鱗はあったはずなのに……」

「そんなこと」

「そんなことあるんです。……レイマン様、辺境の男爵家の養子に出されることが決まったそうで」

「えっ」


 思わず素っ頓狂な声が出た。

 養子って、彼だって長男のルーカス様とそう年齢も変わらないだろうに。


「それって、実質的な罰じゃ……」

「はい。お嬢様への乱暴なんて、許されることじゃありませんから」


 きゅっと拳を握る。私が気を失っているうちにとんでもないことになっていたらしい。


 クレアは未だ顔を俯かせ、僅かに震えている。


 きっとレイマンに対しても申し訳ない気持ちがあるのだろう。知らなかったとはいえ、自分が協力しなければこんなことにはなっていなかったと。


「でも、クレアさんが気負うことじゃありません! レイマン様とのことだって、あなたはただ……!」


 ――そんなの、違うのに。


 クレアのせいなんかじゃない。何度も言うようにクレアだって被害者で、騙された1人だ。


 でも私が言ったところで彼女が納得するとも思えない。心が綺麗すぎるから、きっと同情だと受け取られて終わりだ。そんなのあんまりすぎる。



「あーもう、わかったから! 自分で歩くから離せよこの握力バカ!!」



 そう、私まで俯きかけたその時。

 扉の向こうからそんな声が聞こえ、私とクレアは同時にそちらへ目をやった。


 ……何だろう。何かの騒ぎだろうか。


「そう言って逃げ出したのは誰だ。駄々こねて人まで呼ばせたのは兄上だろう」

「そうですよ。第一王子ならもっと男らしく――」

「あーーうるッさいなあ!! 早く離せゴリラども!!」


 段々と大きさを増していく騒音に、思わずクレアと顔を見合わせる。


 何だか聞いたことがある声だ。何なら親しみ深いような、そんな――。


「ほらもう目の前じゃないですか。さっさと諦めた方が賢いですよ、ユーリお坊ちゃん」

「わかったっつってんだろ! ていうかリーゼロッテまで巻き込むことじゃないって!」


「ユ゛ッ」

「リ゛ッ」


 ――飛び出てきた2つの名前に、クレアと私2人ぶんの反応が重なった。


 クレアの顔がどんどん真っ青に染まっていく。きっと似たような表情をしているだろうと思いながら、私はバッと戸を振り返った。


 リーゼロッテ。

 リーゼロッテって。


「リ、リズ……?」


 ぽつりとその名を呼ぶと、不思議と騒音の中にいる3人にも届いたらしい。


「バレたな、兄上」

「バレましたね、ユーリ」

「もう手遅れだ。さっさと入れ」

「その通りです。お覚悟を」

「もう何なのお前ら……! わかったよ、わかったから離せ!」


 それから数秒。意を決したように開いた扉の先には、先ほどよりずっとばつが悪そうなユリウス様と、満足げな殿下と、いつも通りのリズがいる、


 殿下が連れてきてくれたんだ、と思った。


 きっとクレアとユリウス様のためだ。2人の間の何かをきっと彼も悟っていて、それで、リズと一緒に。


 リズだって何故ここにいてくれているだろう。てっきりリナダリア邸に帰ったとばかり思っていたのに、まさかこんな早く会えるとは。


 唇を噛む。息を呑む。

 誰かが何かを口にするより先に飛び出したのは、クレアだった。



「す、――ッッすみませんでした!!!!」



 まるで耳を貫くような大声。ついでに綺麗な90度を描いた謝罪に、ユリウス様は大きな溜息を吐く。


「それ昨日も聞いた。何回謝れば気が済むの、君」

「ま、まま、まさか王子様だとは思わず……! こ、殺さないでください……」

「それも聞いたし、殺すわけないでしょ。そもそも騙したの俺だし」


 そういえば、クレアは――というかユリウス様は、クレアに私の従者だとかいう天地がひっくり返ってもあり得ない嘘をついていたのだったっけ。


 どうやら昨夜、その嘘をついに明かしたらしい。クレアの顔が一瞬で青くなった理由に納得がいった。


 2人の様子を見守りながら、リズがユリウス様の背を叩く。


「ほら、言いたいことも言えないようじゃ王子失格ですよ」

「……」

「そんな顔しないでください。世間体を気にするのは勝手ですけど、あなたの人生でしょう」


 それからこちらを見やると、リズはいつも通りの表情でそっと微笑む。


「さ、お嬢様。あなたはこっちです。言いたいことと聞きたいことがたくさんありますからね」


 そう手招きをするものだから、私は立ち上がってリズに駆け寄った。


 そう長い時間離れていないはずなのに泣きたくなるくらい懐かしくて、そして何より嬉しかった。

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