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35 急がなくちゃいけません

 時刻は夕刻を迎えている。


 何だか落ち着かない。数分に一度馬車の中から顔を出し、空の様子を確かめていると、護衛さんにそっと腕を引かれた。


「間に合うかどうか不安なのはわかりますけど、そう顔を出されると危ないですよ」

「……すみません」


 確かに危ないしはしたない。大人しく居住まいを正すものの、心内はやはり不安と焦りでいっぱいだった。


 ――予定されていた最後の謝罪周りは、本当につつがなく終わった。


 それはもう、最後だからと無駄に身構えていたのが拍子抜けするくらいあっさりだ。


 私が迷惑をかけて申し訳ないと謝ると、先方も深々と頭を下げ、「こちらこそ申し訳ない」と一言。それからはお互いに謝り通しで、おかしくてどちらからともなく笑ったものだ。


 これで、お父様と約束した迷惑をかけた人への謝罪は終わった。


 反応はまちまちだったけれど、それでもやり遂げたことに意味がある、……と思う。これで罪が全て晴れたとは思わないが、少なくとも陽の下で歩けるくらいにはなっているはずだ。


「……王城にはもうすぐ到着いたしますよ。そう長くはいられないと思いますけど、間に合わないってことはないはずです」


 心配が顔に出すぎていたからか、護衛さんが優しくそう声を掛けてくれた。ひとつ頷き、膝の上に揃えた拳をぎゅっと握る。


 謝罪回りを終え、現在とんぼ返りで向かっているのは、殿下のパーティーが進行形で行われているであろう王城だ。


 向かうと言ったし、楽しみにしているとも言ってくれた。今着ているのはパーティードレスではないけれど、それでもせめて一言、おめでとうと言いたい。


 ――……あとそれから、できれば好きだと、そう言いたい。


 想像するだけで顔が燃えるように熱い。

 余計なことを考えぬようきつくきつく目を瞑ったけれど、殊更熱さを感じて逆効果だった。



 ◇◇◇



 それから1時間と少し。

 賑やかな王城に到着する頃には、橙一色だった空がほどほどに暗くなっていた。


「ここでよろしいですか? 少し他の馬車が多いみたいで……」


 城門の前には、確かに招待客のものであろう馬車が山ほど止まっている。これじゃ停める場所を探すことさえ難しいだろう。


「すみません、ありがとうございます!」


 もうあまり時間がない。扉を開け、身を半ば投げ出す形で馬車を降りると、私は駆け出しながらお礼の言葉を叫んだ。冬の冷たい空気が肌を刺すのも気にせず走る。


 ――はやく。とにかくはやく、急がなきゃ。


 馬車も急いでくれたとはいえ、この時間ともなるとパーティーも終盤だろう。殿下は待ってくれている。私だって約束したのだから、1分1秒でもはやく彼に会わなくちゃならない。


 背後から声が響いた。


「あ、お嬢様! 髪留めを落とされてますが!」


 先ほどまで一緒ににいてくれた護衛さんの声だ。ハッとして右手を頭へやると、確かにつけていたはずの髪留めがない。まとめていた髪も垂れ下がり、きっとひどい有様だ。


 急ぎすぎた。思わず下唇を噛み、また叫ぶ。


「預かっておいてください!」

「え、でも」

「良いんです! 預かっておいて!」


 髪の毛くらい後でリズがどうにでもしてくれる。そんなことより今日この日だ。


 控えめなものにしたと言えど、まだまだ重いドレスがうざったい。ヒールだって脱ぎ捨てられたら良かったのだけれど、そんな時間さえ惜しかった。


 走って、走って、やっと城の正門が近付いた。


 喉に入り込む冷たい空気が痛い。でも走る。


 招待状は鞄の中に入っていたはずだと、頭の中でもまだ冷静な部分が言った。


 ここを抜ければ会場だ。

 はやく会いたい。だからこそ必死に走って、走って、走って、それから。


「…………は」


 それから。

 門の前に立つ人影を目にし、私は思わず立ち止まった。


 人影は門番と何事かを話し、2人揃って困ったような表情で首を傾げている。


 それが一転、こちらに気が付くと、その愛らしい顔を嬉しそうに歪めて笑みを浮かべ。



「――ステイシー様! お待ちしてたんです!」



 ぱっと駆け出し、呆然とする私の冷えた両手を取った。


 ふわりと良い香りが鼻腔をくすぐる。

 綺麗なメイクだ。綺麗なドレスだ。何が何だかわからない。


 何で。何でだ。知らなかった。聞いていない。


 …………何故ここに、クレアがいる?


「……クレア?」

「はい。お久しぶりです、ステイシー様!」

「なん、なんでここに……」


 紛れもなくクレアだ。間違いない。じゃあ何故ここにいるのだろう。


 別に、特段クレアがいることによって不都合が生じるわけじゃない。それでも予想外の出来事に動揺してしまって、頭がうまく回らない。


 招待状を貰ったのだろうか。


 でもそんなことになっているなら、クレアとレイマン様との仲を案じていたユリウス様が何かしらで伝えてくるはずだ。それこそ、殿下が泊まりに来たあの日に。


 着飾って門の中にいる以上、まさか無理に押し通ったわけでもあるまい。


 戸惑って何も話せないでいると、クレアが朗らかに口を開いた。嬉しそうな表情だった。


「レイマン様に頼まれたんです。ここで待って、ステイシー様に伝言をしてほしいと」

「は」


 ――レイマン様に、頼まれた?


 混乱する頭でどうにか思考を回す。恐らくクレアは、尋ねた「なんでここに」を「なぜパーティーに」ではなく「なぜ門の前に」の意と解釈したのだろう。


 質問と問いが噛み合っていない。がしかし、図らずもその答えで全てを理解することができた。彼女はレイマン様に誘われてここにいるのだ。


 いつかまた、話し合わねばならないと思っていたレイマン様に。


「……私に、伝言を?」

「はい。もう来ないかと思ったんですけど……、でも来てくれてよかった」


 「私もまだお礼言えてませんし」。続けるクレアとは対照的に、背筋が段々と冷えるのを感じる。冬のせいじゃない。



「レイマン様、『これから2人で話す時間を取れないか』って仰ってました。時間がないから馬車の中で待ってるって」

「……」

「ええと、その……あと、『クレアとの将来のことで君と話したい』とも。……ふふ、何かこう自分で言うのも照れますね」



 僅かに頬を染め、クレアはそう言葉を締め括った。


 これから、2人で、クレアとのことを。

 意図が全く読めない。何故だ。彼は私のことを嫌っていたんじゃなかったのか。


 動揺で動きが止まる。急がなくちゃならないのに、どうしてだかはっきり今はダメだと言うことができない。クレアが相手だからだ。


「えと、……到着していきなりこんなこと伝えてすみません。ステイシー様もお忙しいと思うんですけど、何をお話なさったのか、後で聞かせてくださいね」

「……クレアさん」

「あ、別に強制してるわけじゃなくてですね! 難しいって感じなら、私からレイマン様にお伝えしておきますし」


 いよいよ頬を赤らめ、わたわたとした様子でクレアは言った。1人の殿方を想う、健気な少女の顔だ。


 一瞬だけ、逡巡する。


 会場からは未だ賑やかな声が響いている。パーティーの終わりが近いことへの合図だ。


 はやく殿下に会いたい。でも、ここでクレアを振り切り会場へと突っ走ることもできない。馬車で待つらしいレイマン様が何を考えているかもわからない。


 クレアの綺麗な瞳と目が合う。


 息を吐く。私は頷いた。



「…………わ、かった。すぐ行きます」

「え?」

「レイマン様のところに行きます。……馬車の位置、大体で良いので教えてくださると助かるのですが」



 クレアはぱちぱちと瞬きをし、そして花が咲いたように「ほんとですか」と笑った。愛らしさで決意余ってお釣りが来る。


 そうだ、はやくだ。レイマン様との話は何であろうとはやく片付ける。それから殿下にも会う。


 欲張りな自分の声に従うならば、きっとそれが一番だ。

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