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34 それぞれのパーティー前

 ――ひと月なんて時間は、飛ぶように早く過ぎた。


 忙しなく動き回り、ゆっくりする時間が取れなかったからやもしれない。


 今日はある冬の月の17日。私の謝罪回りが終わりを告げる日であり、そして、イヴァン・ハイル・フロックハート殿下の誕生日だ。


「お嬢様、本当に着いていかなくても大丈夫なんですか?」


 時刻は早朝。身支度を終え玄関ホールに向かう立山、不安げな顔をしてリズが言った。


「うん、大丈夫。リズはお父様とお母様と一緒にイヴァン様の生誕パーティーに向かって」

「そうは言いますけど、でも私はお嬢様の侍女ですし……」

「いいんだってば。護衛さんが着いててくれるもの」


 相変わらず心配性だ。うちには使用人が少ないんだし、できれば2人の身支度やら何やらをサポートしてもらいたいんだけど、リズはどこか不満げである。


「わかりました。……でも、王城に到着なされたらまず私に声を掛けてくださいね。簡単なお色直しくらいならできますから」

「ふふ、わかった。ありがとう」


 リズに笑いかけ、開かれた玄関の戸にきゅっと拳を握った。吹き抜けてくる風が冷たい。日差しもまともに出ていない時間帯だし、余計に寒く感じるのだろう。


 今日だ。

 今日、全てがここで終わる。


 殿下の隣に立つため、贖罪のため続けてきたのもこれで最後。これで罪が全て晴れるとは思っていないが、ひとつの区切りという意味では終わりを迎える。


 ――頑張るから、見ててくれると嬉しいんだけど。


 『魔性の伯爵令嬢』ステイシーは、ひと月前を最後に姿を見ていない。


 黙りこくっているのか、ただ本当に消えてしまったのかは定かではないが、これまで何度だって助けてくれた彼女へ向けて、そうぽつりと零した。ステイシーのためにも気は抜けない。


「お嬢様、寒ければブランケットをお出ししましょうか」


 馬車に乗り込むと、幾度となく着いてきてくれた護衛さんがさあ声をかけてくれた。


 終わらせる。ステイシーのことも、殿下のことも、クレアのことも、レイマン様のことも、何もかも、ここで蹴りをつけるのだ。



 ◇◇◇



 弟の生誕パーティーの準備は、着々と進んでいる。


 忙しなく動く料理人にもっと忙しなく動く使用人、そしてそれらを鷹揚な歩調で見回る王妃。


 パーティーの開始時刻を数時間後に控えているが故か、各々の焦りようがこっちにまで伝わってくる。あくせく働きすぎだとは思うけれど。


 ――でもまあ、それにしても。


 自室にて。テーブルの上に広げられた紙の束からひとつを拾い上げ、俺は嘆息した。


 差出人の欄はスティード侯爵家。中身は、送り付けた生誕パーティーの招待状への返信である。


 スティード家の当主は国の宰相だ。もちろん今夜の生誕パーティーにも参加の意思を表明しているのだが、次男の方が少々厄介なことを言い出しやがった。


(クレア・ステンクルを連れていきたい、って、……また面倒なことを)


 クレア・ステンクル。この間ステイシーと共にスティード家の前で出会った、平民の少女。それをレイマンがエスコートしたいらしい。


 が、クレアには今夜の招待状は送っていない。貴族ではないのだから当たり前だ。


 もちろんお断りの連絡が入るはずだったのだが、何故か王妃が即断で了承してしまったのだから困った。


 直近のクレセントのお茶会に何故かクレアが招待されていたのと、単純に人は多い方が良いとのお達しらしい。


 これが俺の憂鬱の種である。あの無垢が服を着て歩いているような子と、レイマンの関係が気にかかるのだ。


 あの日、……スティード家で彼女と出くわした日。


 ステイシーの従者なんて嘘をついて開かれたクレアとのお茶会は、慌てた様子で駆け込んできたスティード家の従者によって中断された。


 どうも、レイマンがしきりにクレアを呼んでいるらしい。


 それを聞いたクレアは俺に一言謝って席を立ち、慌てて去っていったのだが、従者の焦りようがどうも気がかりだった。


(……ま、今のところはステイシーに言われた通りにするしかないか)


 『当人ではないので2人の仲は分かりかねますが、よろしければ私と一緒に注視していただきたいです』。クレアとレイマンとの関係を尋ねた際の、ステイシーの返答だ。


 彼女は変わった、と思う。


 随分前、俺の生誕パーティーで会った時とは目つきからして違うし、何より強かさが消え失せた。……それが良いことなのかはさておいて、弟に好かれる理由くらいなら理解できる。


「――ユリウス様、そろそろです」


 ノックの音が響き、従者の声が耳を鳴らした。

 俺もそろそろめかしこむ時間だ。


「……ああ、今行くよ」


 今日は弟が主役の舞台。懸念点はたくさんあるけれど、あいつにとって今日という1日が幸せに終わるのなら、きっとそれが1番良い。



 ◇◇◇



 10何年生きてきた中で、今日を1番心待ちにしていた。


 そう胸を張って言えるほど、今年の誕生日は俺にとって特別な日だった。


 前日の夜は寝付けなかった。何なら1週間も前から指折り数えていたくらいで、兄に年端もいかない子供かと呆れられたのも記憶に新しい。でも仕方ない、だって楽しみなのだ。


「あら大変、目の下に隈が浮かんでますわ。少し多めにお粉を使ってもよろしいですか?」


 困ったように言う従者にひとつ頷き、出かけた欠伸を噛み殺す。楽しみと言えど、ヘアメイクの類はいつまで経っても苦手だ。顔中がむずむずして掻きむしりたくなる。


(……ステイシーは、来てくれるだろうか)


 考えるのはそんなことばかりだ。約束したと言えどいつどんなイレギュラーが起こるかはわからないし、そもそも先約は向こうである。俺が口を出して良い範囲ではない。


 ――……それでも、もし、少しだけでも会えたなら。


 もう一度改めて、自分の気持ちを彼女に言ってみようと、思う。


「……イヴァン様? 少し表情が固いですわ。もっとリラックスしても良いんですよ」

「あ、……ああ、悪い」


 ひと月前。図らずもリナダリア伯爵の家に宿泊した際、彼女から掛けられた言葉が未だに残り続けている。


 ――"……その、あ、あんまり、嫌じゃなかった、ので"


 空気が読めていないと兄に呆れられ、ストレート過ぎてコミュニケーションに向いていないと苦言を呈された自分でも、言葉の意味くらいはわかる。嫌じゃないと、そう言われた。


(…………少しくらい、期待しても良いだろ。これは)


 今日だ。とにかく今日想いを口にして、改めて自分とのことを考えてもらいたい。押してダメなら引いてみろと言われても、引けないのだから仕方ない。


 緩みかける頬を引き締め、きゅっと口を結ぶ。


 従者にはまた「表情が固い」と言われた。……どうも加減がわからない。



 ◇◇◇



 ――王宮で開かれるパーティーに行かないか。


 レイマン様にそう言われたのは、いつものように借りた本を返しに出向いたある日のことだった。


 聞けば、お城で開かれる第二王子の生誕パーティーに私をエスコートして頂けるらしい。


 嬉しくて嬉しくて、でも庶民の私なんかじゃ荷が重いと進言したら、レイマン様はふっと笑って「君が良いから誘ってるんだよ」って。はしたないけれど、飛び上がりそうなくらい喜んでしまった。


「似合うね、流石クレアだ」


 ドレスを着付け、メイクをしてもらったあと、一番に見せに行くとレイマン様は穏やかに笑ってそう言ってくれた。


 顔が真っ赤になりそうなのを抑えてお礼を言うと、レイマン様はまた笑ってくれる。恥ずかしいけれど、何より幸せだ。


「ドレスにメイクにって、……本当、何から何まですみません。メイクくらい自分でできたらよかったんですけど」

「良いんだよ。君に一番綺麗な姿でいてもらいたいだけだから」

「ふふ、ありがとうございます。……ステイシー様といい、私みんなに助けられてばかりですね」


 そういえば、彼と初めてお会いしたのもステイシー様に助けてもらったあの日だ。綺麗なドレスを着させてもらって、メイクまでしてもらっちゃって、何から何までステイシー様のおかげ。


 今こうしてレイマン様と一緒にいられるのだってそうだ。お菓子くらいでしかお礼ができない自分がもどかしくて仕方ない。


「……ああそうだね。本当、彼女には僕からもお礼を言わなくては」


 なんて、そんなことを口にすると、レイマン様は噛み締めるようにしてそう言った。


 この間もステイシー様とご歓談なされていたみたいだし、きっとお2人は親しいのだろう。素敵だ。


「きみはステイシーとは親しいの?」

「あ、いや、……私が勝手に憧れているだけですよ。親しいなんてそんな」

「そう? ステイシーの方はきみを随分気に入っているみたいだけど」


 首を振った。そもそも、庶民が貴族のお嬢様に憧れているという話自体おかしいのだ。


「ふふ、まさか。……でも今夜はステイシー様もいらっしゃるんですよね? 挨拶くらいならしても許されるかしら」

「ああ。確認したわけじゃないけどきっと来るよ。何せあの第二王子の誕生日だ」


 そう言うと、レイマン様はそっと窓の外を確認した。

 遅れて馬が闊歩する音が聞こえる。お城へ向かう馬車が到着したのだろう。そろそろ出発だと思うと、途端に胸がざわついてしまう。


「……そうだ、クレア」


 と。そんな私の手に、突然レイマン様の手が重なった。驚いて、情けなくも肩が跳ねてしまう。


「は、はい……?」

「少し頼みがあるんだ。そんな難しいことじゃないんだけど」

「……たのみ?」


 重なった手が握られた。温かい。顔は熱い。

 これ以上ないくらいどきどきした。まるで、本の中の王子様みたいだ。



「そう。王宮に着いた後のことなんだけど、よければ君に――」



 レイマン様の口元がそっと近付き、小さな声で耳打ちをされる。


 私は煩い心音が聞こえてしまわないか心配しながら数度頷いた。


 レイマン様は、これ以上ないくらいの笑みでお礼を言ってくれた。

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