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27 嫌な予感が当たりました

 お父様とお母様に過去の行いを告白してから、3日が経った。


 私の身の回りは驚くほど変わっていない。2人との関係が気まずくなったらどうしようという思いも杞憂に終わり、ひとまずは安心と言っていいだろう。


 とはいえ、こういつまでもゆっくりしているわけにはいかない。


 私には謝罪回りという重大な役目が残っているのだ。


 私が覚えている限りでも、ステイシーが身体を重ねた殿方は多岐に渡る。貴族令息に始まり、その使用人や御者、……あとは庭師の人もいたっけ。


 全員に謝罪すると決意した手前甘えは許されない。がしかし、数人ならともかく、こうも大人数だと私の朧げな記憶じゃ漏れが出る。


 さてどうしたものか。私が早速困り果てていると、何とこれは頭に巣食うステイシーがまるっと解決してくれた。


 ――「……ああ、それと、そこの家の料理長ともやったかしら。身体が大きいから期待したのに、テクニックはそこまでだったけど」


 そう、ステイシーが全部覚えていたのだ。……うーん、ここまで来ると感心が一周回って怖い。


 ――「あとはマリャーノのとこの次男と三男、それから……」


 その顔の広さに驚きながらメモを取る私に対し、ステイシーは淡々と続けていく。


 これだけ知り合いがいるのもすごいけど、数十人いるお相手を特徴ごと覚えているのも中々だ。彼女の性格からしてすぐ忘れそうなのに。


 とぼやくと、ステイシーが不満げに声をあげた。


 ――「なによ、覚えてるに決まってるでしょ。身体に触れるのを許した男なんて、忘れる方が難しいわ」


 ……そういうものなのだろうか。前世から喪女の私には縁のない話だ。


 ――「そういうもんよ。あたしはただ遊びたいだけじゃないの」


 フンと鼻を鳴らし、ステイシーは再度家の名前を口にする。慌ててメモを取りつつ、私もそっと息を吐いた。


 ステイシーは、基本私のやることなすことに文句を言わない。


 両親に謝ると決めた時も、シャルナとの和解を試みた時もそうだ。ステイシーの生き様を改めるような行いなのにも関わらず、彼女はただ困ればこうして協力してくれる。


《あたしとあんたは一心同体。『別人』なんかじゃないんだから、ちょっとくらい気張りなさい》


 別人なんかじゃない。

 確かにステイシーはそう言って、私が前を向けるよう助けてくれた。


 ――「……ちょっと、聞いてんの? 聞き逃しても二度は言わないわよ」


 ありがたいことだと思う。前世の記憶があるだとか、魔性の伯爵令嬢のことだとか、そういったデリケートなことを相談できるのは彼女しかいないから。


「ふふ、……大丈夫。ちゃんと聞いてるよ」


 ぼそりと呟くと、ステイシーは呆れたように溜息を吐く。


 それが何だか嬉しくて、私は口角を緩めた。いつか全てが終わった時、一番に感謝を言うべきは彼女だろうと、そんなことを思いながら。



 ◇◇◇



 それから更に3日が経つと、早速私の謝罪行脚が始まった。


 謝るべき1人目は決めている。ステイシーはあまり良く思っていないようだったけれど、私としては彼と話すことでけじめをつけたいのだ。


「お嬢様、そろそろスティード侯爵家に到着いたしますよ」


 沈黙が場を支配する馬車の中、隣に座る護衛の騎士が硬い声でそう言った。


 私が謝るべき1人目、――レイマン・スティード様。


 彼とは身体を重ねていない。何なら彼のお誘いを断ったくらいで、『謝る』の範囲に含めていいものかと悩んだものだけれど、……彼とはきちんと話をせねば個人的に整理がつかない。


 それに、言うなれば彼も魔性の伯爵令嬢の噂に踊らされた被害者だ。


 謝る意思が3割、話したい気持ちが7割。だいぶ不純物が混ざった誠意を抱えつつ馬車に揺られて少し、馬の足が止まった。


 遅れて扉が開く。護衛のあとに続いて降りると、まず目に入ったのは大きな大きな正門だった。


「……さすが、侯爵家」


 ぽそりとIQの低い感想を呟く。レイマン様に会いたいという話は伝わっているはずだ、早速中に入ろう。


 と、私が足を踏み出そうとしたその時。


「――あれ、もしかして君、ステイシー?」


 人当たりの良い口調に、ぞわりと脳を揺さぶる声。


 正門の奥、スティード家の扉から出てきた人影に、私は目を見開いた。



「ユ、ユリウス様……?!」



 見間違えるはずがない。大勢の従者に囲まれながら緩く片手を振るあの姿は、間違いなくユリウス様だ。


 な、何でこんなところに第一王子が……?!


「なななんッ、何でユリウス様が?!」

「あは、それ俺のセリフね。何でこんなとこにいるの?」


 驚きで目がチカチカする。思わず門を掴むと、護衛の騎士に咎められてしまった。


「えっ、あ、あの、私はレイマン様に用事が」

「レイマン? ……ああ、そういえば君たち親しかったんだっけ」


 いや、別に親しいってほどでもないけど……。そんなことより何でこの人がここに。


 突然の第一王子に狼狽える私とは対照的に、門越しのユリウス様は涼しい顔だ。傍らの従者に何事かを伝え、大きな正門を開かせている。


 前回ユリウス様に会ったのは、殿下がお見舞いに来てくれたあの日である。


 あの時はまともに話も出来なかったけれど、もう知らぬ仲ではない。相対したユリウス様には妙な威圧感があり、うっかり気圧されてしまった。


「久しぶりだね、ステイシー。リーゼロッテは元気?」

「え、あ、ああ、……はい、とても。ユリウス様は何でここに?」


 そういえば、リズはユリウス様と面識があったんだっけ。……あの時の蹴りを思い出すと今でも肝が冷える。


「俺? 大したことじゃないよ。ちょっとルーカスに用があってね」

「ルーカス様、ですか。……お知り合いなんですね」

「うん。あいつの父親が宰相だからね、古い付き合いだよ」


 ……ううん、どことなく気まずい。早く切り上げられないものだろうか。


 ユリウス様は人当たりこそ良いけれど、何だか瞳の奥で値踏みをされているような感覚にも陥るし、……どうも苦手だ。こんなこととても言えないけど。


 そんな気配をコミュ強の彼も感じ取ったのだろう。ユリウス様は苦笑いを浮かべ、口を開きかけ、止まった。


 と思えば視線が私の背後に移る。一体何だと釣られて後ろを見やり、本日二度目、私は再度目を見開いた。


「わっ、ステイシー様……! お久しぶりです!」


 美しい髪に愛らしい顔、それから弾んだ声。ぱくぱくと口が開く。


 ――な、何でまたクレアがここに……!!


 隣のユリウス様の視線が突き刺さる。知り合いなのかと暗に尋ねられているものの、驚きでまともに答えることができない。


 私はクレアのもとにタッと駆け寄ると、ニコニコと笑う彼女に声を掛けた。


「ク、クレアさん?!」

「こんにちは、ステイシー様。またお会いできて嬉しいです」

「どうしてまたこんなところに……!」


 ユリウス様はともかく、クレアにまで会うとは思うまい。問いかけると、クレアはそっと頬を染めた。既視感のある表情だ。


「えっと、その、スティード様に本を借りていたんです。それで、返却をと思いまして……」

「ほ、ほん」

「はい。歩きだと遠いんですけど、早く感想を言いたくってつい来ちゃいました」


 へへ、と笑む彼女の瞳は、恋する乙女そのものである。大層可愛くてこちらの口角も緩みそうになるが、それにしてもタイミングが最悪だ。


 しかも本って、レイマン様との付き合いはまだ続いていたらしい。どうしたものかと慌てふためいていると、今度は背後から脅威が迫ってきた。


「あれ、彼女ステイシーの友人?」


 ユリウス様だ。これはまずい。1人でも困るのに何でこうも……!


「あ……、はい。クレアと言います。その、こちらの方は……?」


 律儀に挨拶をし、クレアは不思議そうな表情でこちらを見やる。王子を前に「この人は誰だ」なんて言うものだから背筋が凍ったが、そういえばクレアは一般庶民だ。彼の顔を知らなくてもおかしくはない。


 不敬罪という単語が頭をチラつき、ぶるりと身震いをする。


 ユリウス様の方は鳩が豆鉄砲を食ったような顔で、私は慌ててクレアに向き直った。


「あ、あのッ、クレアさん!」

「はい?」

「この方はですね、実はおうぞ――もがっ」


 王族なんです。


 そう続くはずだった言葉は、口を塞いだ大きな手によって呆気なく途切れてしまった。


 その犯人なんて考えるまでもない。抗議のため顔を上げると、ユリウス様のとんでもなく愉快そうに表情が視界に入る。


 私になんて目も暮れず、ユリウス様は殊更丁寧な口調で言葉を紡ぎ始めた。


「初めまして、クレアさん。僕は――ええと、ユーリと言います。ステイシー様の従者です」

「もあッ?!」


 じじじじじ従者?! 王族が何を抜かしている!


「従者……? なるほど、使用人さんなんですね。ご挨拶が遅れてしまってすみません」

「いえいえ。お嬢様と仲良くしてくださってありがとうございます」


 ――い、一体何を考えているんだこの人は……!


 従者なんかじゃない。周りの護衛さんたちもざわめく中もがもがと抗議を続けるものの、手に込める力を強くされるだけで聞く耳すら持ってくれない。


 ユリウス様とクレアの話は尚も続く。


「それでですね、実はお嬢様も本日はレイマン様に用があって」

「えっ……、そうなんですか?」

「ええ。彼にお話があるんです。そうですよね?」


 ユリウス様がにこやかな顔でこちらを見る。王族に敬語を使われているという事実とその笑顔の胡散臭さに思わず首をぶんぶん縦に振ると、クレアが表情を歪めた。


「すみません、私お邪魔しちゃったみたいで……」

「いえいえ。でもお待たせするのも忍びないですし、よろしければ僕とお茶でもしませんか?」

「えっ」

「もががっ」


 勢いよく顔を上げようが、ユリウス様は止まらない。


「実は僕、ご友人の前でのお嬢様に大変興味があるんです。スティード家の庭に素敵なテラスもありますし、いかがでしょう?」


 いよいよ顔から血の気が引き始めた。も、目的はそれか……!


 あることないこと吹き込まれたら溜まったもんじゃない。残る望みをクレアに賭け瞳で懇願すると、クレアはパッと笑った。可愛い。じゃなくて!


 ここでクレアが断ってくれないと困る。従者にしては煌びやかすぎる服装とか、護衛の人たちの慌てようでどうにか察してくれ……!


「はい、もちろん! 私もステイシー様のお話が聞きたいです」


 ……なんて、そんな思いが届くはずもなく。


 朗らかに言ったクレアにユリウス様はとびきりの笑みを浮かべ、私は愕然とした。まずい。がしかし、嘆いていても状況は好転しない。


「ええ、そういたしましょう。さあお嬢様、ごゆっくりレイマン様とご歓談なさってください」


 ユリウス様は私の手を掴むと、そう言って私をぽいと門の中へ放り投げた。それから緩く手を振り、さっさとクレアの方へ向き直ってしまう。


「な、なんて勝手な……」


 ……文句はたらたらだが、こうなったら仕方ない。ユリウス様の真意は不明だが、彼を信じてレイマン様の元に向かうしかなさそうだ。


 私は大仰な扉に向き直り、気持ち早足でスティード邸への道を歩み始める。


 目的を見失ってはいけない。これは、自分の行いを改める謝罪行脚の第一歩なのだ。

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