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◇26 第二王子は閃く

 ――同じ頃、とある公爵家の舞踏会にて。


 イヴァン・ハイル・フロックハートは悩んでいた。


 それはそれは悩んでいた。これから先何十年生きようとも、これ以上悩むことなんてないのではと思うほどに悩んでいた。


 悩みのせいで食事はまともに喉を通らず、頭もぼーっとして使い物にならない。

 兄には故障を疑われたほどであるが、こうも脳を侵食する悩みのタネは、至って単純だ。


 ――ステイシーに会えていない。


 おかしい。本当におかしい。何か不思議な力が働いているようにすら思える。


 始まりはもう遠い昔に思える兄の生誕パーティーだった。それから大した期間を空けずに会えていたのに、何故ここにきてぱったりと会えなくなってしまったのか。


(ジッタリヤの舞踏会となればステイシーも来ていると思ったのに……、社交の場に出れば会えるんじゃないのか?)


 今日は、ジッタリヤ公爵家が定期的に開いている舞踏会の日だった。


 ジッタリヤと言えば貴族の中でも古株だ。定期開催している舞踏会の知名度も高い故、令嬢令息たちの間では外せないイベントであるはずなのだが……、イヴァンの一番の目的であるステイシーがいない。


 ジッタリヤの息子に聞いたところ、招待状は送ったものの不参加の返事が返ってきたそうだ。……本当に間が悪いと言うべきか、何というか。


「イヴァン様」


 と、考え込んでいるイヴァンに、ふと高い声が掛かった。


 顔を上げてみると、ジッタリヤ家の長女が立っていた。少しばかり頬を染めた様子の彼女に、イヴァンはもうそんな時間かと時計を見やる。


「もう始まるのか?」

「ええ。……すみません、私がお相手で。ご不満でしょう?」


 招待客の中で最も地位が高いイヴァンは、この舞踏会の一曲目を主催の娘と踊ることになっている。


 正直ダンスはあまり得意ではないものの、マナーである以上、精一杯格好を付けてエスコートせねばなるまい。


「……いや、そんなことはない。精一杯尽くす」


 ――と言っても、格好を付けたい相手はこの場にすらいないのだが。


 娘の手を取りつつ、イヴァンは相変わらずの鉄面皮で告げた。娘は元より赤かった頬を更に赤らめて笑う。


 イヴァンは的外れにもドレスが暑いのかと思ったが、口に出しはしなかった。



 4曲目のワルツが終わると、それまで躍りっぱなしだったイヴァンにもようやく暇ができた。


 まばらに置かれた椅子のうちひとつに腰掛け、重厚な音楽に乗せて舞う煌びやかなドレス達を目で追う。


 気力が出ずただぼーっとしていただけなのだが、第二王子はそれだけでも強く目を引くらしい。


 暫くそのままでいると、イヴァンがフリーなのを見てか、親にせっつかれたであろう令嬢たちがわらわらと寄ってきた。


「イヴァン殿下、先程のワルツとっても素敵でしたわ」

「聡明であらせられる上にダンスもお上手だなんて……、殿下は本当に多才でいらっしゃるんですね」

「お相手の方がとても羨ましかったですわ。殿下、よろしければ私とも……」


 嫁ぎ先としてトップクラスの人気を誇る上、あまり社交の場にも出てこず、出てきたとしてもシャルナという番犬に守られていたイヴァンだ。ここぞとばかりにアピールをする令嬢たちの勢いは凄まじい。


(あのドレスはステイシーに似合いそうだな。……いや、肩が出たデザインは嫌がるだろうか)


 当のイヴァンはステイシーを想って上の空なのだが、場の空気は一触即発である。


 隣の令嬢の揚げ足を取り、取り返し……とマウンティング合戦が行われる最中、1人遠い目のイヴァンに、先ほど踊ったジッタリヤ家の長女が果敢にも話しかけた。


「ねえイヴァン様、来月の生誕パーティーでは、一体誰をエスコートなさるんですか?」

「……生誕パーティー?」


 一瞬はてと首を傾げたイヴァンだったが、数秒の逡巡ののちに思い至る。そういえば、自分の誕生日が来月に迫っていた。


 この国では、王族の誕生日は祝日に指定されている。来月に控えたイヴァンの誕生日もその例に漏れず、祝い事として大規模なパーティーが予定されているのだ。


 そんな場で主役たるイヴァンがエスコートする人物は、第二の主役と相成るに違いない。令嬢たちはそのポジションを狙ってやまないのだ。


「ああ、……そういえばそんな時期だな」

「ふふ、"そんな時期"って。他でもないご自分の誕生日じゃないですか」


 イヴァンは祝い事への関心が薄い。数ヶ月前にあった兄の誕生日も前日になってその存在を思い出したくらいだし、当時の思い出だって、ステイシーによって全部塗り替えられてしまった。


 それほどまでに夢のような時間だったのだ。自制ができなかったことは反省しなくちゃならないが、翌朝になって自分の一挙手一投足に反応し、顔を真っ赤にするステイシーは本当に可愛かった。


 あの日を思う度に、イヴァンは微笑ましさと共に後悔の念にも苛まれる。あの時、もっと甘い言葉を囁いていればよかった。


 であれば彼女はもっと可愛らしい反応を見せてくれたろうに、今となっては姿すらも見えず――。


「……あ」


 と、そう考えたあたりで、ふとイヴァンに天啓が降りた。


 そうだ、生誕パーティーだ。年に一度、兄でも他の貴族でもない、自分だけが主役になる日。言うなれば、わがままを比較的通しやすい日でもある。



 ――そんな日に、他の誰でもない主役からエスコートをされて、断れる令嬢がどこにいようか。



「そう、だな。……ああ、エスコートの相手は決めている」

「えっ」


 ジッタリヤの長女が短く声を上げたと同時、場の雰囲気が変わった。


 当たり前だろう。自身の生誕パーティーにエスコートする相手なんて、それはもう婚約に一番近い人と言っても過言ではない。


「え、えと、……それは、どなたを?」


 令嬢たちの間に緊張が走る中、イヴァンは来月のことを考え口角を緩める。


 こんなのほぼ職権の濫用と相違ない。断れない状況まで囲い込むなんて、悪いことだとは思っているが、とにかく一目会いたい。


 そうだ、ステイシーを誘えば良いのだ。


 はじめは見ているだけで良かった。

 一番近くで触れて、目が合って、欲が出た。

 今じゃ会いたいがためにずるい手まで使っている。


「――そうしてまで逃したくねえ奴だ。今決めた」


 途端に辺りがざわつき、笑みを浮かべたイヴァンに数人が頬を染める。イヴァンはそんな令嬢たちも意に介さず席を立った。


 ――そうだ、そうと決まれば早い方が良い。手紙でも書いて送れば、手紙の確認をしているらしい侍女も流石に無視はできないだろう。


 あれやこれやと考えるイヴァンの瞳は、まるで子供のように輝いている。


 やりたいことがたくさんある。誕生日がここまで待ち遠しいのなんて、生まれて初めてだった。

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