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24 自分を変えたいんです

 鬼コーチステイシー・リナダリアによる特訓が始まり、早くも2週間が過ぎた。


 最初の1週間は早起きと寝不足の身体に鞭を打つようなストレッチに不平を垂れ流していた私であるが、2週間ともなると慣れてきたものだ。


 ステイシーの朝は早い。頭の中に巣食う『魔性の伯爵令嬢』の怒声という世界でも類を見ない目覚ましに起こされ、未だに何かよくわかっていない液を肌に浸すが如く染み込ませるのが第一ステップ。


 次に窓を全開にし、残る眠気を吹き飛ばしながらのストレッチだ。


 ベッドに寝転がって足をぱかぱかさせてみたり、姿勢やら何やらの維持のため腹筋を鍛えてみたりと内容は様々で、これに関しては私の前世由来の知識が結構活躍した。


 そんな私の変化に驚いたのが使用人たちである。特に初日なんかは酷かった。


 まず私を起こしに来たメイドが窓全開で足をぱかぱか開閉する私の姿に絶叫し、叫び声を聞き付けたリズに化け物を見るような目を向けられた時にはやめてやろうかと思ったくらいだ。


 ちなみにリズには後で医者を勧められた。……おかしくない? 魔性の伯爵令嬢も同じことやってたのに……。


 ――「そりゃそうでしょ、あたしはメイドが来る頃にはストレッチもケアも全部終わらせてたもの。あんたあたしの癖に覚えてないの?」


 ……そういえばそうだった。流石はハイスペック悪役令嬢さんである。


 おかしいなあ、身体は一緒なはずなんだけど。やっぱ前世思い出してからぱったりやめてたのがいけないのかなあ……。



 それから更に1ヶ月が経つと、先の見えない美容地獄にも少しずつ成果が出てきた。


 姿見で見る自分の身体が心無しか細くなってきたような気がするし、ドレスを着る際のコルセットにも、少し余裕があるように感じる。


 ここ半月で始めた食事制限のおかげかリズからも輪郭が細くなったと言われたし、元は強制されたものとはいえ、結果が出てくると流石に嬉しくなった。


 ここまで継続した自分のことは多少褒めてやっても良いだろう。逃れようのないステイシーの目があるからサボるにサボれなかったのが実情なんだけど……。


 それから、私はこの1ヶ月出来る限り社交の場にも出るようにした。


 単純に運動にもなるし、何より私にはコミュニケーション能力が足りない。


 2人きりの会話でもすぐに目を逸らしてしまう上、話題を続けるというスキルも皆無で、これじゃまず自信以前の問題だろうとステイシーが判断したのだ。全く以ってその通りで反論の余地もない。


 元より、ステイシーには『魔性の伯爵令嬢』の名のおかげかパーティーの招待状がよく届く。


 これが今の状況下ではありがたく、流石に全てとはいかないまでも、コミュ症を理由に断っていた分くらいは出席しておいた。……顔を合わせづらい殿下がいらっしゃらないところを狙って、だけれど。


 そうして再び顔を出し始めた社交界では、魔性の伯爵令嬢時代の知り合いと出くわすことも多かった。



「あらあら、まあまあ。……どんな虫が迷い込んだのかと思えば、ステイシーさんじゃありませんか」



 ――「……うーわ」


 声を掛けられたと同時、頭に嫌そうなステイシーの声が響く。


 全く同じ反応をしそうになったのを堪え振り返ると、シャルナ・キンバリー侯爵令嬢が数人の取り巻きと共に立っていた。


 ……クレセントのお茶会以降見なかったのに、まさかここで再会してしまうとは。


 しかも今回は虫呼ばわりだ。お茶会でのことを引きずっているのか、中々ご立腹のようである。


「ご、……ごきげんよう」

「ええ、ごきげんよう。暫く姿を見ませんでしたけれど、一体どうなさって?」

「あ、え、えっと……」

「寂しかったですわあ、わたくし。ステイシー様といえばどこにでも現れるハエのような存在でしたのに、家計が苦しいのかと思って心配でしたのよ」


 う、うーん……、これはお茶会の時より3倍増しでエンジンがかかっている。


 ステイシーの「唾でも吐いてやりなさい」という言葉を苦笑いで流し、どうすべきかと思案する。お茶会の日助けてくれた殿下はいないし、そもそも他人任せなのはいけない。


 自立できるようにと、そう考えてまたパーティーに出席し始めたのだ。せめて、殿下に顔向けできるような伯爵令嬢にならなくては。


 意を決して拳を握った。


 大丈夫。モットーは、穏やかに相手を思いやって。

 前世で部長が口癖のように言っていたことだ。


「あの、……シャルナ、さま」

「あら? そんな申し訳なさそうな顔をしないで。良いのですわ、わたくしあなたに怒ってなんておりませんし」

「ちがうんです、シャルナ様」


 尚も言葉を続けようとするシャルナの瞳を見つめ、一歩距離を詰める。


 語りを遮られた驚きか、一瞬怯んだように言葉を途切れさせた彼女の隙は見逃さない。更に一歩詰め、私はシャルナの右手を取った。


「は」

「シャルナ様」


 くすくすと笑っていた取り巻きたちがざわめき、数歩後退する。都合が良い、私が話したいのはシャルナだ。


「なっ、なに、なによ!離して!」

「できません」

「はあっ?!」

「私、シャルナ様にお伝えしていないことがあるんです」


 気付いた。見てしまった。


 シャルナのガラス玉のように綺麗な瞳の奥には、確かに羨望が、嫉妬が混ざっている。


 シャルナは殿下を想っている。昨日今日で自覚したような私とは違い、シャルナはそれこそゲームの悪役にまでなってしまうほど、殿下のことが好きだ。


 見たことがあるなと思った。この間までの私だ。


 『魔性の伯爵令嬢』を、ステイシー・リナダリアを妬んで羨んだ私と同じ。でも私は前を向けと諭されたから、叶うならば、同じように。



「――……私、イヴァン殿下のことが、好きです」



 取り巻き達には聞こえぬよう手を引き寄せ、囁くように言う。


 シャルナは目を見開いた。そりゃそうだ、突然脈絡のない告白をされたら誰だってそうなる。


「今言うことじゃないのかもしれません、けど。……でも、シャルナ様には言っておきたかった」

「……は」

「殿下に対して1番真摯なあなたに言っておかないとずるい気がしたんです。何だか、ヒロインを気取っているようで」


 私は好きじゃないのに愛されて困っている、だなんて、ヒロインにだけ許された芸当だ。自覚した時点でもう既に手遅れなのだから。


「ごめんなさい。今まで」

「……」

「私は、変わります。過去の罪も懺悔します」


 掴んだシャルナの腕を両手で握り込む。

 まるで祈るように。


「……ですから、あなたに見ていてほしいのです。私が殿下を想うに値するか、同じく恋慕を抱くあなたに」


 シャルナは瞬きひとつしなかった。彼女の肩越しに、ひそひそと喋る取り巻き達が見える。


「恨み言を吐き合う仲じゃなく、――1人の、ライバルとして」


 あれだけシャルナを毛嫌いしていた『魔性の伯爵令嬢』ステイシーは、黙りこくって何も言わない。


 気を遣ってくれたんだ、と思った。気に食わないのだろうが、私のことを考え好きにさせてくれている。


「…………ばかじゃないの」


 暫しその綺麗な瞳と見つめ合い、言葉を発したのはシャルナの方だった。


 確かに馬鹿なことを言っている。それに傲慢だ。何せ、今までのことを全て水に流せと言っているも同義なのだから。


「あんたとのことを、全部忘れろっていうの?」

「……」

「意味がわからない。イヴァン様本人に『惚れた女』ってあんたを指して言われたわたくしを、あんたコケにしてるの?」


 シャルナの声は震えていた。掴んだ腕も震えている。


「違います、断じて」


 その震えを止めるように、私は更に力を込めた。

 目は逸らさない。逸らしたら伝わらない。



「……友達に、なりたいんです。シャルナ様と」

「は」

「でも、そのためには全部包み隠さず言わなくちゃならないでしょう。後ろめたいことなしで、私はあなたと友人になりたい」



 ――元より、ステイシーとシャルナは気が合うのだ、と思う。


 出会い方が悪かっただけで、きっと話せば良き友人になれると思うのだ。シャルナは真摯で一途に想いを伝えられる良い人だし、ステイシーも面倒見が良くて優しい。


 ただ2人とも恋や異性に対する感情が強くって、それが相反してしまっただけ。故に悪役と銘打たれたのだ。


 シャルナは数度、口をはくはくと動かしつつも、何も言葉にしない。


 心臓がばくばくとうるさい。誰の助けも借りずに1人で気持ちを伝えることが、こんなにも難しいなんて。


 それからどのくらい経っただろうか。


 シャルナは突然口を引き結ぶと、右手をぶんと振って私を引き離した。

 真っ赤になった顔でバッと後ろを向き、取り巻き達に手で何かを合図して。



「――っ、もういい! こんりんざ……っ今日はもう話しかけてこないで!」



 と半ば叫ぶように言うと、ツカツカとヒールを鳴らして去って行ってしまった。


 残されたのは私、と、シャルナの叫び声を聞いてざわめく貴族たちだけ。


 はいかいいえの答えが返ってくると思っていた私は、追いかけることもできずただシャルナの背中を見て固まっていた。……やはり、友達なんておこがましすぎただろうか。仲良くできると思ったんだけど。


 と、項垂れる私にひとつ声がかかる。


 ――「いいや、あれは照れ隠しね。嬉しいはずよ、あいつあれで友達がいないから」


 愉快そうに笑う魔性の伯爵令嬢だ。……しかも照れ隠しって、都合の良い解釈すぎやしないか。


 ――「あんたは悲観的すぎよ。次見かけたら話しかけてやんなさい、尻尾振って喜ぶから」


 そんなもんだろうか。これで余計にシャルナの怒りを買っていたらもう目も当てられないし、一体どうしたものか。やはり、コミュ症歴が長かったぶん対人方向の塩梅はさっぱりだ。


 会場の隅で取り巻きと何やら騒ぐシャルナを見ながら溜息を吐く。


 ――「でも、よくやった方じゃない? あんたがここまで思い切るとは思わなかったわ」


 未だくつくつと笑いつつ言ったステイシーに、私は一抹の不安を感じざるを得なかった。

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