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23 私と悪役令嬢

 ――ああ、どうしよう。


 もう少しだって痛くなくなった額に手をあてがい、私は小さく溜息を吐いた。


 頭の中のカンペは最早不要になった。

 だって言えないのだ。過去の行いなんて。


 ……何故って、殿下が好きだから。

 嫌われたくないから、何も言えない。


 私の背を押してくれた、リズの顔を思い出す。


 リズとの約束は果たせなかった。自分の気持ちを優先したせいで、親身になってくれた彼女すら失望させてしまったらどうしよう。


 好きだから何も言えないなんて、誰に話しても笑われてしまう。


 ――「ステイシー・リナダリアを名乗っておきながらここまでヘタレなのも考えものね」


 と、そんな時、頭の中に声が響いた。


 私と同じ声でありながら、しかし全くの別人。私を悩ませる直接の原因である、魔性の方のステイシーだ。


 ――「好きだから何も言えないって、逆でしょ。好きだからこそアタックするんじゃない」


 確かにそうだ、けど。……私と魔性の伯爵令嬢は思考から何から別人だ。積極的になれるステイシーと私を一緒にしないでほしい。


 ――「はあ? じゃあ何で悩んでんのよ」


 ステイシーがほとほと呆れたように言った。

 悩んでるって、それはステイシーの過去の行いが、


 ――「あたしとあんたは『別人』なんでしょ? じゃあ何であんたがその別人の行いを憂いてんのよ」


「……」


 ――「あたしを勝手に枷にしないでよ。あんたがやったことじゃないんだし、どうせバレてないなら黙っておけば良いじゃない」


 吐き捨てるように言ったステイシーに、唇を噛む。

 そうだ、その通りだ。でも違う。


 ――「そっちの言い分では、あんたは前世を思い出しただけだけなんでしょう?」


 違うんだ、そうじゃない。

 別人なんて言っておきながら、私はただ。


 私は、ただ。


「…………ご、ごめん、なさい。違うの」


 ぽろりと、からっぽの頭から言葉が零れ落ちた。


「そうやって、逃げてるだけ。あなたと私は別人だって、言い訳してるの」


 震えた声が無駄に広い部屋に響き渡り、自分のことが余計嫌になった。もやもやした何かが、お腹の中に溜まる。


「前世を思い出しただけだけど、でも、突き詰めればそれだけなんだよ。……私とあなたは同じステイシーなの」


 それでも、別人だと言い張りたかったのは。



「…………でも私、あなたと一緒にされたくなかった」



 視界が歪み、両手で目元を覆った。

 本当に、自分の意地汚さが嫌になる。


「殿下が、言ったでしょう。ステイシー・リナダリアに一目惚れしたって」


 わかってるんだ。彼女と私は別人だと思うことにして、自分のプライドを保っているだけだって。


「でもそのステイシーは私じゃない、あなたなの。殿下は、前世を思い出す前のあなたが好きなの」


 息を吸う。声はまだ響く。


「それがずっと怖かった。いつか見放されるんじゃないかって思って怖くて、気付かないふりしてた。本当は、ずっと前から殿下のことが好きだった」


 なのに今日、気持ちに見て見ぬ振りができなくなってしまった。


「ごめんなさい。……私、あなたを隠れ蓑にして自分を守ってるだけだった」


 呟いた声が、空気に溶けて消える。

 頭の中のステイシーも私も、それから少しは何も言わなかった。


 ただ私の浅い呼吸だけが響く。


 私はステイシーの身体に憑依したわけじゃない。本当にただ前世を思い出しただけで、私とステイシーは同一人物だ。


 でも、殿下は確かに前世を思い出す前のステイシーに一目惚れしたのだと言っていて。


 今私に構ってくれているのも、その延長線上なのではと勘繰ってしまう。


 嫌な女だ、と思う。自分が嫌になる。

 ステイシーが羨ましい。強くなりたい。


 今の私なんて、悪役令嬢にもなりきれないただの内気な女じゃないか。



 ――「馬鹿じゃないの、本当」



 ステイシーが、吐き捨てるように言った。


 ――「あたしの癖に勝手に決め付けてうじうじしないでよ。あんた、あの王子サマがなんて言ったか忘れたの?」


 ……殿下が、なんて言ったか?


 わからない。答えを言い淀んでいると、頭の中のステイシーは大袈裟に溜息を吐いた。完全に呆れられている。


 ――「まあいいわ。……そんなことより、謝ってる暇があったら行動しなさい。過去の自分の尻拭いくらい、自分でしなきゃでしょう?」


 ステイシーは高圧的に言った。

 見えやしないのに、何故か自信たっぷりな彼女の表情が想像できて。



 ――「あたしとあんたは一心同体。『別人』なんかじゃないんだから、ちょっとくらい気張りなさい」



 ◇◇◇



 その翌日。いつもより2時間も早く起きた私は、ベッドの中で小さく唸り声を上げた。


 ――「ほら、さっさと起きる! ぼさっとしない!」


「ゔー……」


 頭の中で轟音、もとい魔性の方のステイシーの声が響いている。……新感覚の目覚ましだ。


 渋々ベッドの中から降り、ドレッサーの前に腰掛ける。ステイシーの「これを塗れ」「こうマッサージをしろ」とのお声を元に朝の準備を終わらせると、それだけでどっと疲れが襲ってきた。


 ――ね、寝不足で頭が痛い……。


 昨日。吐露した気持ちを聞いたステイシーは、私に喝を入れてくれた。


 そしてこうも言った。「ちょっとくらい気張れ」「あたしが明日からあんたを矯正してやる」……ということで、今朝からこの鬼コーチぶりを発揮しているのである。


 名前もわからない液をたぷたぷに浸けながら、ぼーっと鏡の中の自分を見つめる。


 酷い顔だ。昨日のこともあって顔はむくんでいるし、瞼も開ききっていない。外も暗い時間帯なのだから当たり前なんだけど。


 ――「全く……、浸け方がなってないわね。そんなんじゃ肌に浸透しないわよ」


 浸け方って。そんなの塗っちゃえばどれも同じだろうに。


 ――「全然違う。あんたね、それどうせ寝るなら椅子でもベッドでも同じって言ってんのと同じよ。馬鹿じゃないの?」


 ……怒られた。これは素直に従っておいたよさそうだ。


 ――「良い? 人の自信はね、その大半が美貌から来るのよ。自分で自分を綺麗だと思えたら、何やるにも自然と活力が湧いてくるもんなの」


 だから2時間も早く起きてのケア、か。なるほどそれは一理ある。明るく活発な人が大抵美人なのも、自分に自信があるからだろう。


 ――「あんたのその後ろ向きな性格は自信の無さの表れよ。ちょっとでも前向きになれたら、あんたが躊躇ってる罪の告白とやらもできるようになるわ」


 ステイシーはそう言い、フンと鼻を鳴らした。それから塗り方に関しての指導を行い、違う違うと元気に文句を付けてくる。


 なんだかんだで良い人なんだろうな、と思った。


 悪役令嬢なんて肩書きが先行しているだけで、ステイシーは強くてしっかりした女性だ。少しやんちゃな部分に目を瞑れば良いお姉さんなのだろう。面倒見も良いし。


 ――「……ちょっと、余計なこと考えてる暇があったら手を動かしなさい。これからストレッチも控えてるんだから」


「えっ、……ま、まだあるの……?」


 ――「当たり前でしょう。ものを塗るだけで結果が得られるなんて甘いこと言ってらんないわ」


 ステイシーの言葉に項垂れつつ、また小さく溜息を吐く。自信をつける道のりとは、随分と遠いらしい。


 鏡の中の自分を一瞥し、ふと窓の方を見やる。


 まだ薄暗く肌寒そうな外では、ようやっと朝日が登ってきていた。

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