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1 今世はビッチ悪役令嬢でした

 ステイシー・リナダリアと言えば、年頃の貴族令息の中ではかなり有名な存在だった。


 とはいえ、彼女は特別頭が良いわけでも、国でも有数の良家出身なわけでもない。令息たちがこぞって話題にしたのは――彼女の『美貌』、そして『夜のテクニック』である。


 美しい顔立ちやプロポーションに加え、男が喜ぶ場所を的確に突く天性の技術。彼女を一度抱いた者たちはこぞって絶賛し、その他の令息はステイシーとどうにかして知り合おうと躍起になるのだった。


 そんな『魔性の伯爵令嬢』ステイシーはこの日、王城にて行われる第一王子の生誕パーティーに招待されていた。


 主役である第一王子に挨拶をし、下心が見え見えな令息たちと交流しつつ過ごす。そんな折、ステイシーはふと肩を叩かれた。


 振り返ると、そこには思わず溜息をつきたくなるほど美麗な顔立ちをした第二王子が立っている。


「こんばんは、イヴァン様」

「……ああ」


 第二王子のイヴァンは、社交的で明るい第一王子と違い無表情な青年だ。


 がしかし、そのイヴァンがステイシーの肩を叩いている。ステイシーは悟った。――きっと彼も自分を抱きたい令息の1人なのだ、と。


 であれば話は早い。

 ステイシーは蠱惑的な笑みを浮かべた。


「ふふ、……殿下に野暮なことを言わせるつもりはありませんわ。お部屋に向かいましょう?」

「……」


 ――それから程なくして、会場から男女2人の影が消えた。


 行き先は決まっている。イヴァンの部屋に入った2人は口付けを交わし、服を剥かれ……後は展開の為すまま。


 ……がしかし、ここでステイシーの予想外が起こった。


 この第二王子――大人しい顔をしておいて行為がめちゃくちゃに激しかったのだ。


 単純に強い握力と、まるで獣のような腰使い。ステイシーは押し寄せる波に抗うすべもなく、生まれて初めて行為で失神した。



 ――そして、突如として前世の記憶を思い出したのである。



 この世界は、ステイシーが前世で幾度となくプレイした乙女ゲーム『王都メイデンローズ』の中だ。


 そしてステイシー・リナダリアと言えば、ゲーム中に数人登場するライバルキャラの1人、所謂悪役令嬢である。


 ステイシーはとにかく男癖が悪いキャラだった。


 未婚の貴族令嬢でありながら様々な男と身体を重ねる問題児で、その暴君さには侍女も呆れ気味。。


 一方、前世のステイシーはバリバリに働くOLだった。


 ちょっとだけ人と関わるのが苦手な所謂コミュ症で、友人も恋人もなし。


 アラサーにして処女どころか交際経験すらない拗らせ女……というのが、悲しすぎるステイシーの前世だ。


 そうして経験もないまま若くして亡くなり、転生したら前世の自分とは真逆の『魔性の伯爵令嬢ステイシー・リナダリア』だった、というわけである。


 失神から覚醒したステイシーは目の前の状況に混乱した。そして荒い息遣いでこちらを見る第二王子と色々襲いくる(主に下腹部の)感覚に顔がぶわあと熱くなり――叫んだ。


「きゃああああっ!!」


 焦った顔の第二王子、外から聞こえてくるばたばたという足音と、あまりの衝撃にブラックアウトした視界。


 ……これが、ことの顛末である。



 ◇◇◇



 ――や、やっちまった…………!!


 前世の記憶を思い出すというめちゃくちゃな体験をした翌朝。キングサイズベッドの上にバスローブ一枚という姿で転がっていた私は、昨夜のことを思い出し頭を抱えた。


 なんてとんでもないことをやらかしてしまったんだ私は。前世ですら経験がないのに、気付いたら男の人に組み敷かれていたなんて。


「……ど、どうしよう……!」


 ……とにかく整理だ。整理しよう。


 今世の私――ステイシー・リナダリアは『王都メイデンローズ』に登場するキャラクターで、『魔性の伯爵令嬢』なんてあだ名まで付けられた端的に言えばビッチ令嬢だった。


 抱かれた男は数知れず。貴族令息からその使用人、その他何かノリでやっちゃった人たちまで含め途方もない数の殿方と身体を重ね、社交界ではちょっと名の知れた令嬢だった。


 そんなステイシーは昨夜第一王子の生誕パーティーにお呼ばれされた。そして、そこで声を掛けてくれた第二王子と……ええと、色々やってしまった。


 その後まあ様々な要因によって失神し、その衝撃で拗らせ処女OLだった前世の記憶を思い出したのである。


 整理してもよくわからない状況に混乱した。しかも第二王子って、メイン攻略キャラクターじゃないか……!


 枕にぐりぐりと顔を押し付ける。ついでに今まで営んできた行為の数々が頭を巡り、私はぶんぶんと頭を振った。


 ……しかも、昨夜の私の行動ってかなりまずかったのではなかろうか。


 王族と身体を重ねながら突然叫び声を上げ、加えて気絶するお馬鹿令嬢なんて前代未聞だ。


 第二王子――イヴァンも相当お怒りになっているだろうし、王子の怒りを買ったとなれば事態は深刻だ。領地や領民を搾り取られてもおかしくない。


「……どうしよう」


 恥ずかしさで赤くなった頬からさあと血の気が引いた。本当にどうしよう。


 昨夜気絶してからの記憶はないし、この見覚えのない部屋はきっと王城の一室だろう。


 ここが王城である以上、遅かれ早かれイヴァンには会わざるを得ない。大層お怒りであろうイヴァンに、だ。


 ――もしかして私、逃げ場がない?もうこうなったらもう窓から飛び降りるなり何なりして逃げるしか道がないのでは?


 と、私が身投げを本格的に考えていたその時。


「……あれ、起きていたのか」

「ひょわあああ!?」


 突然ノックもなく扉が開き、私は反射的にベッドに飛び込んだ。


 誰だ。忙しない心臓はそのままに、私は私は掛け布団から目だけを出して確認し……絶句した。


 そこにいたのは、もう忘れられないほど脳に焼き付いた美麗の男性で。



「イ、イヴァンさま…………」



 名を呼ばれた殿下は、相変わらず無表情ながら首をこてりと傾げる。


 随分と可愛らしい仕草だが、昨夜彼に抱かれた衝撃で失神した私は身が凍えて仕方がなかった。


 ――イヴァン・ハイル・フロックハートは、高貴なる王族に産まれた優秀な第二王子だ(公式ホームページより引用)。


 社交界でも無口で無表情。クールで人を寄せ付けないオーラを纏う彼だが、その人外的に美しい容姿により、嫁ぎ先を探す令嬢たちの中では注目の的とされてきた人物だ。ゲームでは攻略対象の1人である。


 冷や汗がだらりと背中を伝った。

 ……こ、これは――。


「ステイシー、その――」

「申し訳ございませんでしたっ!」

「!?」


 殿下が口を開くと同時、私は俊敏な動きでベッドを降り、床に額を擦り付けた。謂わば土下座である。


「さ、昨夜、はしたない姿を晒したどころか殿下のお顔に泥を塗ってしまい……!本ッ当に申し訳ございません!」

「ス、ステイシー……?」

「私1人の命で償えるなら何でも致しますのでっ!ど、どうか領地と領民だけは……!」


 三十六計逃げるに如かず……ではないが、とにかく謝るが吉。


 ふしだらなハレンチ娘に育った私と違い、今の両親は比較的穏やかな人物だ。使用人さん達も優しいし、そんなリナダリア家が私のせいで没落なんて悔やんでも悔やみきれない。


「さ、昨夜のことは、私の不貞の致す限りですので……っ!」

「ステイシー」

「父と母は何も悪くないのです。本当です!」


 とにかく言いたいことを言い切ると、私と殿下の間には数秒の沈黙が落ちた。私の覚悟は決まっている。ハラキリギロチン電気椅子なんでも受け止める覚悟だった。


 ……が、しかし。


「……頭を上げてくれ、ステイシー」


 切羽詰まった私とは対照的に、殿下の声は随分と優しいものだった。


「で、……でも」

「おまえが何に対して謝っているのかはわからねえが、少なくとも俺は気分を害してなんかいない。……だから、頭を上げてくれ」

「……」


 素直に驚いた。怒っていないなんて、そんなことあるはずがない。だって彼は、行為中に気絶された上に悲鳴まで上げられたわけで。


 素直に顔を上げると、ほんの僅かだけ表情を綻ばせた殿下と目が合う。


「……やっとこっち見てくれた、な。……おまえの顔が見れないのは、ちょっと寂しい」

「…………は」


 人外的美麗の男性に甘い言葉をかけられる。普通の令嬢なら顔を赤らめるのだろうが、いかんせん状況が不気味すぎてそれどころじゃなかった。


 ――どういうことなの?


「あの、その、……わ、私に対する罰、なんかは……?」


 あまりの不可解さに、思わず自分からそう尋ねてしまった。殿下はぱちぱちと瞬きをする。


「……罰?罰が、欲しいのか?」

「ほ、欲しいってわけじゃないですけど、えっと、……な、何かしらの罰が下るのが、正当かなと、思いまして……」


 およそ罪人の側から言うべきことではないが、後が怖いから先に聞いておくしかない。


 すると、殿下は顎に手を当てうーんと考え込み始めた。恐ろしいくらいに絵になる構図だった。


「そうか。俺は別に気にしてねえんだが、……でも、そうだな。おまえが罪を償わないと満足できねえって言うなら、ひとつ提案がある」

「へ」

「?……だっておまえ、自分1人の命で償えるなら何でもするんだろ?」


 突然の死刑宣告に心臓が飛び跳ねた。と同時に、3秒前の自分の言葉を後悔する。――そりゃそうだ。殿下だって、気分を害していないはずがない。


 やはり窓から飛び降りるしかないのか。いよいよ死期が近付いてきた私の前に、いやに綺麗な顔をした殿下が跪いた。



「――ずっと前から好きだった。俺と結婚してくれ」



 ぎゅっと目を瞑った私に、殿下の声が降りかかる。


「…………は?」


 ステイシー・リナダリアは、求婚に慣れていた。


 『魔性の伯爵令嬢』を求める殿方の中には熱心な人も多く、婚約を迫られることも珍しくなかったからだ。


 そんな彼らに対し、ステイシーは毎度同じ『嘘』でお断りを入れていたわけだが、それがいつの間にか癖として染み付いていたらしい。


 だからこそ、唖然として何も考えられない私の口から、ぽろりと言葉が出たのである。



「…………こ、婚約者がいる、ので……。…………むりです……」

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