ある楽団員のひとり語り2
よろしくお願いします!
「君は・・・僕がいなくても生きていける。でもアイラは、あの健気な私の妖精は一人では生きていけないのだ。風が吹けば揺れるスズランのような少女なのだ。だから、ごめん。シャーロット」
なにが?
これはあれだ、詳しく言わない系か?
そもそも妖精なの?スズランなの?
例えの方向性がふわふわだよ?
「意味がわかりませんわ、チャーリー様。メディナ伯爵家の舞踏会でいきなり腕を掴まれたかと思えば、このような人気のない場所に連れてきて」
「君はそうやってすぐに詰め寄るような言い方をする。僕がどんな気持ちかも知らないで」
知るか。
なんだ、知ってちゃんか?察してちゃんか?
このふわふわ男は。
「知るわけありませんわ。さっきからチャーリー様が私に何を言いたいのかわかりません。ましてやチャーリー様の気持ちなどわかるはずがございませんでしょう。言葉になさいませ」
おお!
このお嬢様は言うなぁ。令嬢としては気が強いのか。
そうかそうか。
「シャーロット・・・なんて言い方をするんだ」
「チャーリー様、はっきりと言葉にしなくては誰にも伝わりません。確かに貴族社会において明確な言葉は避けられます。
ですが、今夜はメディナ伯爵令嬢のお誕生日のパーティーに舞踏会なのです。私の従姉妹であるイヴリンにお祝いの言葉すら言えていないのです。会場に入って挨拶もしない礼儀知らずと思われたくありません。はっきりと言ってください」
「自分の都合ばかりだね。アイラはいつも僕の言葉を待ってから話すのに、シャーロットは・・・はぁ、どうして君が僕の婚約者なんだ。幼い頃に両親が整えた婚約なんて、大人になった当人には窮屈だと思わないかい?僕たちはもう子どもではないというのに」
「それはもうわかりましたから、用件をおっしゃってくださいませ」
「はぁ、なんて性急な令嬢だ。でも君、やはり僕との婚約に窮屈を感じていたんだね。君の気持ちが知れて嬉しいよ」
「チャーリー様、はっきりとお話ししてくださらないのならば私失礼いたしますわ。今夜は父と兄と参りましたの。一度じっくりお話いたしましょう。ちょうど父も兄もいることですし」
「待ちたまえ。君が僕との婚約に窮屈を感じているのはわかったよ。だから君との婚約を解消してあげようと思うんだ」
「は?」
「君が僕との婚約に苦しさを感じていたなんて知らなかったよ。知らないとはいえ、長い間苦しめていたなんて申し訳ない。君は自由になっていいんだよ。君が婚約解消を願っていることを父や君のお父様に伝えるよ。シャーロットは心配しないで。今までごめんよ」
このお嬢様、メディナ伯爵のイヴリン様とは従姉妹って言ってたな。じゃあルナ様とも従姉妹なのね。
この前、恒例になりつつあるバイオリン授業の後のお茶の時間、妹ーールナ様の様子を見にひょっこりイヴリン様がやって来ていっしょにお茶したんだよ。
一介のバイオリン奏者が同席。ありえぬ。
てか、私もうすぐ出番なのよね。
ちょっとトイレに行ってこようと席を立って帰ろうとしたらこれですわ。
これ、ぶっちゃけ『婚約破棄ショー』の姑息バージョンよね。
相手が婚約『解消』に同意したみたいな感じに話を持っていく。言質取ったぞーって。
今まで派手にばーんと婚約破棄するぞーって言ってたのが主流だった。それが国王陛下も関わった婚約でも起こったから言い出した張本人は家から絶縁、関係者も貴族社会において深刻なダメージを負った。
そうか。だからこのふわふわ男は自分悪くないよーって風に持って行きたいのね。
なんで普通に婚約解消できないんだ。
「・・・こんな屈辱は初めてですわ。
つまりチャーリー様は私と婚約解消したいのですね。それを遠回しにふわふわと。不愉快ですわ!」
お嬢様はふわふわ男をキッと睨んで反対方向へ歩き出した。
はあーやれやれ。あとはふわふわ男がいなくなれば私も動けるんだけどなー。
「チャーリー」
「アイラ!」
「シャーロット様とお話しできたの?」
「ああ、やはりシャーロットは僕との婚約に窮屈を感じていた様でね。可哀想なシャーロットだ」
「チャーリー・・・、元気を出して。私にできる事はなんでもするわ!」
「アイラ・・・君はなんて清らかな人なんだ。君のその純粋な気持ちに僕がどれほど救われているか。僕の心は喜びで溢れているよ」
聞こえますか、ふわふわ男とチョロ女よ。心に訴えかけます。早々に立ち去るのです・・・。
本当、なんで貴族の人間が人気のない場所(使用人通路)でずっと話すの。
さっきから察したメイドさんや従者さんたちが気の毒でならんわ。ま、メイドさんや従者さんは別の道を通ればいいからね。遠回りになるけどね。
問題は私よ。早く戻らないといけないのに!
舞踏会が始まっちゃう!
「チャーリー、私、シャーロット様に言ってみる。もうチャーリーを解放して欲しいって」
「アイラ、気持ちは嬉しいよ。だけどシャーロットはマウントバッテン伯爵令嬢。君と僕との家は子爵。身分が違う。よした方がいい」
「ごめんなさい、私、どうしてもっ・・・悔しくてっ・・・」
「泣かないで、妖精さん。さあ、少し風にあたろうか」
遠ざかる靴音確認。
ーーーはあ、やっと言ったか。
長かった・・・。
よし、仕事にいこう!
貴族たちが談笑しながらホールに集まっている。楽団員は壁際に集まっているので、いつもの影になれるスキルを使って席まで戻った。
お願い、バルトさん睨まないで。
「皆様、当メディナ伯爵家の第三子イヴリンのためにお集まりくださり感謝しております。
おかげさまでイヴリンが成人いたしましたことをご報告させていただきます。貴族としてまだまだ未熟ではありますがよろしくお願いいたします」
「イヴリンでございます。皆様、どうぞよろしくお願いいたします」
「まあ、なんて上品なお嬢様だこと」
「伯爵夫人譲りの金髪は、ひいては王家の金髪か」
「あのカーテシー、完璧な淑女で有名なウォルデン夫人の教育の賜物ですわね。それに宝石の様な青い瞳。お美しいわ」
「確か婚約者はヘイブン侯爵のご子息だったかな」
「そういえば、イヴリン嬢の妹御の話、聞きまして?」
「ええ、国王陛下にも失礼なお話しでしたね。婚約破棄など言って何もわからぬ子どものようです」
「レディング侯爵家もお終いですわね」
現在、音量小さめで軽やかな曲をお届けしております。
当主ご挨拶が終わり、舞踏会までしばしご歓談を、の時間です。
貴族の皆様、壁側にある軽食など見向きもせずに内容の無いお話に夢中です。
軽食っていってもプチケーキにプチキッシュ、サクサククッキーてんこ盛り。美味しそうだよ?いや、美味しい。なぜなら私はお茶の時間に恐れ多くも食べたからだ!
なんで手に取らないのよ。その噂話に使ってる口を食べることに使って、メディナ伯爵の料理人の方達を褒め称えたらいいのに!
「イヴリン!お誕生日おめでとう!」
「シャーロット、来てくれて嬉しいわ」
「ご挨拶が遅くなってごめんなさい」
「いいのよ。いつも礼儀を守るあなたなのだから余程のことがあったのでしょう」
「うん・・・ちょっとね」
「まあ、どうしたの?」
「なんでもないわ。今夜はあなたのお誕生日なのにつまらない話をしちゃいけないわ。ごめんなさい、私ったら感情が顔に出やすくって。いつも母に叱られるのに」
「ふふふ、それがあなたのいいところなのよ」
「え?」
「私はあなたがいてくれるから気が楽なの。今夜から本格的な貴族社会に入っていかないといけないのに、そばにあなたがいないと息苦しくなってしまうわ」
「イヴリン・・・、ありがとう。そんな風に私のことを思っていたなんて。大丈夫よ!私、あなたのそばにいるわ!」
「ふふふ。大好きよ、シャーロット」
あのー。
イヴリン様、いくら楽団員のそばに貴族がいないからって、今夜の主役が友だちと何キャッキャうふふしてるんですか。
うん、二人で仲良くクッキー食べてる。
おかしい。違う所で誕生日パーティーで演奏、何回かしてるけど主役がこんなに自由なの見たことない。
なんか尊いから癒されるから、いいのか。
いいのですか、メディナ伯爵様!
と思ったら、夫人を伴ってメディナ伯爵が直々にイヴリン様をお迎えに来ましたよ。
あ、シャーロット様も一緒にエスコートしていく。すごい、メディナ伯爵様、何気に両手に花だらけ。無意識か?無意識にジェントルメンなのか!
向こうの貴族のおじさん、いいなーって顔してる。
ファーストダンスはイヴリン様と婚約者様。
貴族の皆様、うっとりとお二人を見ている。
私もじっくり見たいが仕事中です。目の端から拝見いたします。
私たち楽団員もお二人に合わせた溌剌とした曲から、心踊る華やかな曲へと移る。皆様あのお二人を見ていると若い頃を思い出して踊りたくなるんだろうな。他のパーティーで見てると、仕方なく踊っていたりダラダラした雰囲気で踊っていたりで演奏しているこちらも、あれ、私たちって壁か何かかな?みたいになって。でも今はとても楽しい。イヴリン様と婚約者様の踊りは周りの心を踊らせた。
「シャーロット様!お願いがあります!」
はい、でたー。
踊っていた人たちも談笑していた人たちも、一斉にその無粋な声に目を向ける。
あ、音楽の手も止まりました。逆にこの状態で弾ける楽団員はいない。みんな心得ています。
「あなたは・・・、失礼、どちら様かしら?」
「っ・・・。私はコンウェイ子爵の長女、アイラ・オルスターです。シャーロット様、お願いがあります!」
「ここはメディナ伯爵令嬢の誕生日で開かれた舞踏会です。それを承知で『お願い』なさるの?無礼ですわよ」
「それは申し訳ないですが、これはとても大切な話なんです。あとで謝ります。
シャーロット様にはチャーリーを解放してほしいのです!」
「は?」
「シャーロット様はチャーリーとの婚約を窮屈に感じているのなら・・・婚約を解消して欲しいのです」
「よく知らないあなたに、私たちの婚約についてとやかく言われる筋合いはありませんわ。第一、このお話は今しなくてはならないのかしら」
「シャーロット!どうしたんだい」
「「チャーリー」様」
「ああ、僕を美しい令嬢たちが取り合うなんて・・・。なんて罪深いのだ・・・」
は?
ふわふわ男、めっっっちゃ笑顔なんですけど。
なん・・・なんなん、あ、ふわふわ男はコレがしたかったのか?
婚約解消・破棄で令嬢たちが自分を取り合う図を見てみたかった?
え、やだ、なんか笑顔が悪い意味でピカピカしてる・・・。
「チャーリー様、アイラさん、よくも私の従姉妹であるイヴリンの誕生日を祝う舞踏会を台無しにしたわね。言いたいことはたくさんありますけれど、別室に移動いたしましょう」
「シャーロット様、この際だから皆さんの前でチャーリーを解放することを宣言してください!」
「馬鹿ですの?」
「馬鹿じゃないです!私はチャーリーが自由になるために頑張っているんです!」
「二人とも、やめないか。皆様の前で」
ふわふわ男、大丈夫か!
大丈夫じゃないからニヤニヤしてるんですね!
あーこれ、どうなるの?
「ふふふ、なかなか面白いお話が聞けてたいへん有意義でした。ですが、皆様まだ踊り足らないのです。せっかく素晴らしい楽団も呼んでおりますのに。
さあ、でもその前に、当家自慢のスパークリングワインをお楽しみくださいませ。口当たりの良い葡萄ジュースもございます」
イヴリン様が軽やかにパンパンと手を打つと、召使たちが盆に乗せたシャンパングラスを招待客たちに配った。
淡いゴールドのシャンパンと綺麗な葡萄のジュース、貴族の手にそれらが収まると「乾杯!」とメディナ伯爵がハリのある声で言った。
口々にシャンパンやジュースを褒めそやす中、メディナ伯爵家の執事さんが指揮者にこっそり指示を出した。
リクエストはもちろん華やかな曲で。
あ、ふわふわ男とチョロ女がこっそりと会場を退場させられる。警備の人たちに首根っこ捕まえられて。
「イヴリン!ごめんなさい、あなたの誕生日の舞踏会でこんな・・・」
「あなたが悪いのではないわ、シャーロット」
「でも!」
「ふふ、じゃあ私と踊って?」
「え?」
イヴリン様、シャーロット様の腕を優しく引いて、はい、お嬢様二人で踊り始めました。
さっきのクッキー食べてキャッキャウフフの延長ですね。いや、それ以上に尊い!
イヴリン様のリードでシャーロット様が頬をほんのり赤くさせて、くるくるドレスを翻して踊る。
ごちそうさまでしたーーーー!
ふわふわ男はイヴリン様が間に入らなければ自分が(いい感じに)とりなして称賛が欲しかったそうだ。そんな馬鹿な。
シャーロット様には素っ気ない態度で悋気を起こさせ、チョロ女には甘い言葉で煽って。二人が争う中、カッコよく登場するふわふわ男。うん、すごい計画。
ふわふわ男ことチャーリー・ヤーマスはビーチャム子爵家から勘当。自分の私欲のためだけにマウントバッテン伯爵家に喧嘩を売ったようなもの。勘当して平民になるという処分で済んでよかった。
なんでもこれから役者になるそうな。頑張ってくれ、他人に迷惑をかけない程度に。
チョロ女ことアイラ・オルスターはコンウェイ子爵から何もしなかったが、貴族令嬢としての評判は地に落ち、婚約相手が見つからないためーーいや、本当は他の貴族たちの白い目に耐えられず修道院へ入れられたそうだ。
「傍迷惑な方達だったわね」
「ふふ、でも私シャーロットと踊れて楽しかったわ」
「ま、まあ、あんな事がない限り女性同士で踊るなんてありませんものね。
それに、イヴリンがダンスに連れ出してくれなかったら、あの場で面白おかしく言われたり見られたりしていましたわ。ありがとう、イヴリン。あと、私も楽しかったわ。一緒にダンスができて」
にっこり微笑むイヴリン様、照れるシャーロット様。
でもね、なんでこのお二人まで一緒にお茶を飲んでるのかな。ルナ様のバイオリン授業の後のお茶の時間で。
「災い転じて福となすーーー」
「ルナ様・・・」
おわり
ありがとうございました!