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8.佐藤家

 夏。

 私と遥は毎年、春子が消えた日に、あの海に行く。

 そして、そこで佐藤家と合流する。

 佐藤家とは、春子が助けに向かった少年の家族だ。


「遥ちゃん大きくなったわね」


 佐藤家のお母さんは会うたびに、そう口にする。

 少年は遥とほぼ同じ年齢だった。


「ごめんなさいね、すぐにエイタと重ねてしまって」


「いいえ、全然大丈夫です」


 佐藤家のお母さんの右手には小さな手が握られている。


「チィちゃんは何歳になったの?」


 遥がしゃがんで、佐藤家のお母さんの横に立つ女の子に聞いた。


「チィ、4さい」


「もう4歳かあ」


 遥はチィちゃんのほっぺをプニプニと触る。

 それに対してチィちゃんはキャッキャと笑っている。


「子供の成長は早いですね」


 私が言うと、佐藤家のお母さんは大きく頷いた。


「本当に。時が経つのが早いというのか、あっという間にあれから7年です。年々1年が短く感じていきます」


「すごく分かります。年を重ねるたびに、相対的に1年を短く感じるようになっていくらしいです」


 佐藤家のお母さんとチィちゃんの後ろに立っていた年配の男性が口を開いた。


「俺はそれをより一層強く感じます。最近は記憶も怪しくなってきて」


 男性は佐藤家のお父さんだ。正確な年齢は聞いたことは無いが、もう60歳手前くらいではないだろうか。エイタ君は年を取ってからの子供だと言う話を以前聞いたことがある。

 60歳手前くらいならば、私よりも1年がもっと短く感じるのだろうな、なんて思う。

 佐藤家のお母さんは「老人みたいなこと言わないで」なんて言っている。今日の顔色は良い。


「体調はいかがですか?」


 私は佐藤家のお母さんに訊ねた。


「最近は落ち着いています」


 佐藤家のお母さんは、エイタ君が行方不明になった日に一緒に海に来ていた。しかし、トイレに行っている間に当時8歳のエイタ君は「待っていて」の言葉を聞かずに海に入ってしまった。そして行方不明になった。

 春子を巻き込んだ謝罪のために佐藤家は我が家へ何度か訪れてきたが、子供を失った二人のやつれた姿は見ていて痛々しく、その悲壮感がこちらにも移って胸が苦しくなったため、佐藤家のお父さんと相談した結果、年に1度この場所で会う流れになった。

 その後も佐藤家のお母さんは自分を責めて、責めて、責めて、結果うつ病を発症し、何度か自殺未遂を図ったため、佐藤家のお父さんは仕事を早期定年退職して彼女を支えた。そして3年後チィちゃんが誕生した。

 佐藤家のお母さんはチィちゃんと遥の姿を見ながら、


「あの子に救われてます。病気のこともあって子育てできるか初めは不安でしたけど、最近はあの子相手にバタバタと過ごして、ガハガハ笑って、時々怒って、そんな毎日を過ごしていると体調もどんどん戻ってきて…感謝です」


 佐藤家のお母さんは幸せそうに笑っている。

 その笑顔を見て、私も気持ちが穏やかになった。


「では、行きましょうか」


 佐藤家のお父さんの合図で、私たちは海岸のある場所に向かった。

 この時期、砂浜は海水浴客で溢れているので、少し外れた場所にある岩場だ。


「チィちゃん足元に気を付けてね」


 チィちゃんと手をつなぎながら歩いている遥が、チィちゃんの足元を気にしながら語りかけている。

 その姿にエイタ君を重ねているのだろうか。佐藤家のお母さんは時折浮かんだ涙を指で拭っている。

 岩場の端に到着すると、私は持参した紙袋から花の部分だけ切り取ったグラジオラスを取り出して、オレンジ色の花を遥に渡し、薄ピンクの花を自分の手に取った。

 佐藤家も同じように花の部分だけ切り取った小さなひまわりを取り出して、それぞれが手に持った。


「では」


 佐藤家のお父さんの合図で、私たちは花を海面にそっと浮かべた。


「また、何も見つからないまま7年」


 遥がそっと呟いた。


「何か一つくらい見つかってくれれば…」


 遥に呼応するように佐藤家のお母さんが言った。

 春子とエイタ君はこの海で行方不明になった。行方不明になっただけで、体どころか水着の破片の一つも発見されていない。

 何も発見されていないから、私たちは失踪宣告の手続きを行っていない。

 戸籍上は春子もエイタ君も生きていることになっている。

 だから、毎年この話になる。


「失踪宣告の手続きどうされますか?」


 佐藤家のお母さんが私に聞いてくる。

 私は首を横に振って、


「いや、もう亡くなっているのだろうから手続きした方が良いのかもしれないという気持ちと、遺品の一つも出てきていない以上どこかで生きているかもしれないという気持ちがまだあって…踏ん切り付かずで」


「そうですよね」


 私の答えに佐藤家のお母さんは頷いたが、海の奥の方に目をやって言った。


「でも、希望を持ち続けていて良いのでしょうか…」

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