7.ハルコ・ツチヤ
ハルコ・ツチヤ。
ロランスが口にした名前は唯一無二というわけではない。
しかし、もしも私たちが知る「土屋春子」だったらと思うと胸が高鳴った。
「あらあら、ハルコ・ツチヤは知り合いなのかしら?」
ロランスは驚いたように言うと、
「もしかしたら私のお母さんかもしれないです」
遥が興奮気味に答えた。
「あらあら、それは本当?」
「もしもハルコ・ツチヤが私たちの知る人物と同一人物だったら、ですけど」
次いで私は質問した。
「勇者が召喚されたというのはいつ頃の話ですか?」
「あらあら、いつ頃の話だったかしら。でも最近の話よ」
「最近…」
遥が少し落胆したように呟いた。
私も同じだ。召喚されたのが最近ならば、私たちが予想しているハルコ・ツチヤとは別の人物かもしれない。春子が海で行方不明になったのは7年も前である。
すると、マルセルが呆れたようにロランスを一瞥してから私たちに言った。
「ロランス様にとっては100年前も最近ですので、あなた方が想像した"最近"とは違うかもしれません」
「あらあら、まるで私のことをボケ老人のように言うじゃないの」
「お忘れになりました? 先日も50年前のことを先月と仰いましたよ」
「あらあら、仕方ないでしょう。350年も生きていれば、年月の感覚が鈍くなるのよ」
「350年?!」
私は驚いて素っ頓狂な声を出してしまった。
するとロランスはクスクスと笑った。
「あらあら、350歳には見えないかしら?嬉しいわ」
「魔法使いの寿命は長いのですか?」
遥が聞くと、ロランスは少し首を傾げた。
「あらあら、難しい質問ね。それは魔法使いによるのよ。700年生きた魔法使いもいるし、50年くらいで亡くなった魔法使いもいるわ」
人間の場合、平均80歳~90歳くらいだ。だから、なんとなく寿命の想像がつく。私も40歳を超えたくらいで「もう人生の半分過ぎてしまったのかな」なんて考えたくらいだ。
「寿命の想定が出来ないのは怖いですね」
私がそう言うと、ロランスは答えた。
「だいたいの想像はつくわよ。相応に老けていくから」
「相応に老ける?」
「50年くらいで亡くなった魔法使いは、35歳くらいには白髪が増え始めて、50歳になる頃にはヨボヨボのお婆ちゃんになっていたもの」
ということは、ロランスは既におばあさんには見えるので寿命に近づいているのだろうか?
そんなことを失礼ながら考えていると、ロランスに見透かされた。
「あらあら、私があと何年くらい生きるのかとか考えたのかしら? 大丈夫、私はあと150年くらいは行けるわよ」
大変失礼だけれども、想像より長かった。
そんな感想が顔に書いてあったのだろうか、ロランスはふふふと笑った。
「そうそう、マルセルは勇者が召喚されたのがいつ頃か知らない?」
「そうですねえ…。あまり正確に覚えていないですが、カザサリムのダンジョンに行っていた頃に聞いたような気がするので、5~6年くらい前には召喚されていたように思います。勇者は子供だから実践には向かないというようなことを聞いたような」
「召喚された勇者は子供?!」
私の胸は高まった。
そんな私の反応にマルセルは驚く。
「ええ、実際に姿を見たことはないですが、召喚された勇者は子供という話を聞いた記憶が」
「勇者の名前はエイタではないですか?」
マルセルは「う~ん」と思い出そうとしているが、思い出せないという顔をしている。
それを見てロランスが再び杖を顔の横で回した。
「あらあら、そうよ。勇者の名前はエイタ・サトウ」
私と遥は顔を見合わせた。
確定した。勇者と共に召喚された人魚は、私の妹、土屋春子だ。
海で行方不明になっていただけで亡くなっていなかった。異世界で生きていた。
そう確信した瞬間、涙があふれてきた。
同じことを思ったのだろう。遥は私の涙に釣られたように顔を歪めると、そのまま私に抱きついて、ワーンと泣き始めた。
「生きてた、ママが生きてた。生きてたよ」