6.人魚
「とんでもない時にやってきてしまったんじゃ…」
私は思わず口にした。
すると遥が小さな声で答えた。
「異世界あるあるなら、魔族の背後には魔王がいる。でも、絶対にそんな魔王と戦える勇者もいるはず。でもね」
と言って遥は一度話を切った。
めちゃめちゃ気になる。
「でも、何?」
「異世界あるあるには2パターンあるの。勇者がチート級にガチで強いパターンと、全く使えないパターン」
「使えないパターン?」
「勇者が脇役のパターンだよ」
「脇役?」
「勇者が主役のパターンならチート級に強くて世界を救ってくれるんだけど、勇者が脇役のパターンは勇者よりも活躍しちゃう転生者や召喚者がいたりして」
「転生?召喚?」
「夏ちゃんは異世界物はあまり見たり読んだりしてない?」
私は小さく頷いた。
「異世界物の主人公は大抵が不幸な死に方をした後に異世界で生まれ変わって第二の人生を歩む転生パターンと、異世界から何かしらの理由で召喚される召喚パターンがあるの。ここまで理解OK?」
「分かったような、分からないような。今の私たちは? 転生じゃないよね?」
「うん、転生ではないね」
「じゃあ、召喚?」
遥は少し悩むような仕草をする。
「それとも違う気がする。どちらかと言うとオズの魔法使いパターンだし、あえて言うなら転移?」
「転生と召喚の他にも転移があるの?」
「召喚は転移の一種。で、異世界にやってきた人たちはお決まりとして特殊能力が授けられているのだけど、主人公補正みたいなものがあって、主人公は特にチート級の能力が授けられるわけ。つまり勇者が主人公の場合はチート級に強い勇者になるんだけど、主人公ではない場合の勇者の能力はモブレベル可能性がある」
「分かったような、分からないような」
二人でこそこそ話していると、ロランスが「あらあら、聞いていなかったわ」と口を開いた。
「ところで、あなたがたのお名前は?」
そうだった。私たちは全く名乗っていなかった。
「土屋夏子です。で、隣にいるのが姪の遥です」
「土屋遥です」
私たちがそう名乗ると、ロランスは「ツチヤ?」と驚いたような反応をした。
「あらあら、ツチヤは聞いたことがあるわ。確か何年か前に召喚された勇者と共にやってきた人魚の名前がツチヤじゃなかったかしら? マルセル聞いたことが無い?」
マルセルは困ったように首を傾げた。
「勇者の噂は聞いたことありますが、名前まではちょっと」
「あらあら、そうなの」
遥がブツブツ言い始めた。
「このパターン初めてだ。召喚は人間の世界からしかされないと思っていたけど、それは私の固定概念にすぎないんだ。人魚の世界から人魚が召喚がされるパターンもあるんだ。ということは勇者も人魚?」
確かに。目の前に魔法使いやら獣人族やらが立っている今、人魚の世界が存在しないなんて言いきれない。人魚の世界から人魚が召喚されても驚きはない。
しかしロランスは言った。
「あらあら、勘違いしているようね。勇者も人魚も人間の世界から召喚されたそうよ」
遥はなぜか納得できないような顔をして聞いた。
「では、なぜ人魚と言われているのですか?」
「あらあら、私も詳しくは知らないの。実際に会ったことはないので聞いた話にすぎないのだけれど、なんでも、空を泳ぐことができるとか。それで人魚と言われているとか」
空を泳ぐ。なんだか気持ちよさそうだ。
ロランスは「うーん」と唸っている。
「なんという名前だったかしら、ツチヤ…ツチヤ…」
「ロランス様、魔法で思い出してみたらいかがでしょう?」
ロランスの様子を見ていたドヴィックが助言した。
その言葉にロランスはハッとした表情を返した。
「あらあら、さすがドヴィックね。村長やるだけの男だわ」
そう言ってロランスは手に持った杖を頭の横でくるくると回し始めた。そして言った。
「ハルコ・ツチヤ!」
その名前を聞いて、私と遥は同時に「え…」という声を漏らし顔を見合わせた。
私は身を乗り出すように聞いた。
「もう一度、名前を教えてください」
ロランスは私たちの反応に驚いた表情をしている。
「あらあら、聞き覚えのある名前だったのかしら? ハルコ・ツチヤよ」
私と遥は再び顔を見合わせた。
「春ちゃん?!」
「ママ?!」