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5.ドヴィック

 この世界で最も偉大な魔法使いサンバチスト様は消えた。

 目の前にいる魔法使いロランスはそう言った。


「消えた理由は何ですか?」


「あらあら、それは私が聞きたいわ。最も迷惑被っているのが私たち配下の魔法使いたちなのだから」


 ということは、最も偉大な魔法使いサンバチスト様に会う方法が無い?

 つまり、『オズの魔法使い』をなぞれば日本に帰れる説、破綻。積んだ。

 私が頭を抱えていると、


「ロランス様」


 マルセルとは別の男性の声がした。

 声の方に目をやると動物の、猫のような、でも猫よりも先が丸みをお帯びた耳を頭に付けた男性が近づいてきた。

 私は一瞬怯んだが、遥の方は口元がニヤついている。そして呟いた。


「ほら、獣人族だよ。本物だよ。猫かな?」


 遥は妙に嬉しそうだ。

 恐ろしいもので、私もここが異世界であることを受け入れている。しかし年の功だろうか、私は遥と違い警戒心が残っている。


「いや、トラかライオンかな。耳の先丸いし。柄が無いからライオンかな。ライオンっぽいな」


 遥は嬉しそうに考察している。

 獣人族の男性がマルセルの斜め後ろに立った。


「人間族ですか?」


 ロランスがライオン耳の男性に対して、


「あらあら、ドヴィック。人間族が苦手ではなかったの? 近づいて大丈夫なの?」


「私はこの村のリーダーです。ロランス様に守られてばかりで、これ以上負担をかけるわけにはいきません」


 ドヴィックは目を細めて私たちの方を見ている。

 そしてロランスは「あらあら、まあまあ」と言いながら私たちの方を向いた。そして不思議そうな顔をした。


「あなたたちは獣人族に対して嫌悪感を持っていないの?」


 遥はどうして?というニュアンスで「嫌悪感?」と聞き返した。


「この国の人間の中には獣人族と同じ空間にいることを嫌う人たちがいるのよ」


 私は思い浮かんだ疑問をそのまま口にした。


「どうしてですか?」


 そんな私の質問に対して、ロランスは「うーん」と悩むような仕草をしてから答えた。


「私にも分からないのよね。なんだか勝手に自分たちに都合の良い身分制度みたいなものを作っちゃってね。獣人族は彼らにとって都合の良い格下の種族という扱いにされてしまったのよ」


「異世界あるあるだ」


 遥が言った。

 私も異世界に詳しいわけではないけれど、なんとなく状況は理解した。いわゆる階級問題だ。


「あなたたちの世界にはこういった問題はなかったのかしら?」


「いや、私たちの世界には言葉を喋るのは人間族しかいませんが、全く無いわけではありません。人間族の中で上だ下だということをやっています」


「あらあら。それはこの世界でも同じね。人間族の中でも上だの下だのやっているもの」


「人間族の上は貴族ですか?」


 遥が尋ねた。


「あらあら、その通りよ。あなたの世界でも同じかしら?」


「一昔前は、ですね」


 遥はそう答えてから、私に囁いた。


「異世界あるあるだね。中世ヨーロッパの世界的な」


 ふと気づくと、ロランスの隣でドヴィックが目を細めて、こちらを見ている。

 その視線に痛さを感じていると、ロランスはドヴィックの方を見てほほ笑んだ。


「あらあら、そんなに敵対心を向けていたら、彼女たちも怯えてしまうわよ」


「はっ、すみません」


 ロランスは再びこちらを向いた。


「そうそう、このアドリア村のことを紹介するわ。ここは獣人族が暮らす村で、彼はこの村の村長をしているドヴィック」


 ドヴィックは胸を張ってこちらを見た。


「我はドヴィックだ。貴様らはこの村に何の用でやってきた」


 なんだかものすごい敵対心を感じる。

 ロランスはそんなドヴィックに対してゆったりとした口調で制した。


「あらあら、ドヴィック。話が聞こえていなかったかしら。彼女たちはこの村にたまたま飛ばされて来てしまっただけよ」


「本当にたまたまなのでしょうか」


 どうやらドヴィックは疑り深い性格らしい。


「私には彼女たちが嘘をついているとは思えないわ。何よりもこの自動車という乗り物が証拠。この世界の乗り物ではないもの」


 ドヴィックは自動車をじっと見つめた。


「そう…ですか…? ロランス様がそう仰るのであれば…」


 ロランスは微笑みながらドヴィックの肩をトントンと叩き、そして私たちに話しかけた。


「私はね、今、この村で魔法を教えているの。先ほど話したようにサンバチスト様が消えてしまったことでこの世界を覆っていた結界も消失してしまったの」


「結界が消失するとどうなるのですか?」


「その結界は魔族からこの世界を守るものだったのよ」


 遥が神妙な顔で「魔族…」と呟いた。


「サンバチスト様配下の魔法使いは、それぞれの加護地域に再び結界を張ったけれど、サンバチスト様が消えてから私たち配下の魔法使いが結界を張りなおすまでの間に魔族が入り込んだ可能性があるの」


「可能性? 確実に入り込んだわけではないんですか?」


 私は思わず聞いてしまった。

 ロランスは困ったような顔をして答えた。


「今のところ目撃はされていないのだけれど、結界が無い時間がある以上それを否定できないの。そのうえ、魔法使い全員がサンバチスト様ほど強力な結界を張れるわけではないというのも問題で」


 ロランスはそう言ってから「あっ」と言い忘れたという風に続けた。


「私はサンバチスト様に劣らない強力な結界を張れるのだけれど、他の場所がちょっと弱いのね。ね、マルセル」


 突然振られたマルセルは一瞬逡巡した顔をしたが、小さく2回頷いてから答えた。


「その通りでございます。ロランス様」


 その答えに満足したロランスは再び続けた。


「その弱い部分を破られる可能性もあって、最悪の場合は魔族と戦わなければならなくなる」


 ドヴィックはロランスの言葉を聞いて姿勢を正した。


「我らは戦闘種族なので魔族や魔物と肉体を使った戦闘はできますが、魔族に魔法を使われた時には対応できません。ロランス様の加護も受けておりますが、我々自身でも魔族の魔法に対抗したり、怪我したときに治癒できるようにとロランス様に教えを乞うたわけです」


 ドヴィックが言った。

 村長というだけあって、言葉の端々にしっかりした印象がある。


「魔法は学べば使えるようになるものなのですか?」


 遥がロランスに尋ねた。


「そうね。魔力を持ってさえいれば、訓練次第で使えるようになるわ。魔力さえ持っていればね」


 ロランスはそう言って、意味ありげにマルセルを見た。

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