3.マルセル
「ここはシャルタル王国領内にあるアドリア村よ」
ロランスは言った。
シャルタル王国。聞いたことがない。
やはりここが異世界である可能性は高そうだ。
「あらあら、これは乗り物なのかしら?」
ロランスは興味深そうに車を覗いている。
「これは自動車という乗り物です」
「あらあら、馬か牛はどこかに行ってしまったのかしら?」
「いや、これはエンジンの回転力で走ります」
「あらあら、エンジンの回転力とは何かしら?」
なんと説明したら良いだろう。
私が困っているのを察したのか、ロランスは次の疑問を投げかけてきた。
「あらあら、この丸いものは何かしら?」
ロランスはハンドルを指した。
「丸いものはハンドルと言って、車が走る方向を調整するものです」
「走る? あらあら、ではこれは飛ぶものではないのね?」
「私たちは日本という国から、そこで竜巻に巻き込まれて、気づいたらここに」
「あらあら、だから空から降ってきたのね?」
「降ってきた?」
ロランスの斜め後ろに体格の良い長身男性が現れた。今まで車の陰に隠れて見えていなかっただけで、ずっといたようで、私たちが見える位置に移動してきたようだ。
「その前に、ロランス様に感謝の言葉をいただきたいですね」
「あらあら、マルセル。名乗りもしないで突然話に割り込むなんて」
「失礼しました。しかし」
と言って、マルセルは私と遥に体ごと視線を向けた。
「まず、あなた方がここに現れた時の状況をお伝えしましょう。この自動車とやらが突然上空に現れて、すごい勢いで落下してきたところ、地上激突スレスレのところでロランス様が止めてくださったんです。この車が空を飛べないというのであれば、あなた方が生きているのはロランス様のおかげなのです」
「そうだったんですか。ありがとうございます」
私の後に続いて遥も「ありがとうございます」と言った。
「あらあら、お礼なんていらないのよ。あなた方を助けたというよりも、空から落ちてきた物体の墜落を避けただけなのよ。それにしてもニホンという国は聞いたことがないわね」
「あの、ここは魔法使いの国なのでしょうか?」
遥がロランスに聞いた。
「あらあら、それは違うわ。私の他にも魔法使いは存在しているけど、私たちが国を治めているわけではないわ。先ほど話していた物語は魔法使いの国が舞台なの?」
「そうですね。『オズの魔法使い』という物語で」
私は、概要を話した。
竜巻に家ごと巻き込まれた少女が不思議な世界に飛ばされて、家は東の魔女の上に落ちて死なせてしまう。しかし、東の魔女は悪い魔女で、苦しめられていた国民や北の良い魔女から感謝され、東の悪い魔女の靴を授けられ、それによって不思議な力を使えるようになる。そして、元の国に帰るために旅の途中で出会った脳みそが欲しいカカシ、心を失ったブリキの木こり、臆病なライオンと共に強大な力を持つオズという名の魔法使いに会いに行くという話だ。
「あらあら、竜巻に巻き込まれて違う国に飛ばされたというところでその物語と似ていると言ったのね」
「はい、そうです」
「魔女の靴を履くだけで魔法が使えるようになるなんて都合の良い話ですね」
マルセルが口を挟んだ。
ロランスはマルセルを見てクスクスと笑った。
「あらあら、マルセルからしたら面白くない話かもしれないわね」
そしてロランスはマルセルを紹介するかのように前に引っ張り出した。
「この男はマルセル。元は冒険者だったのだけど、剣士だったかしら? 今は私の元で魔法の勉強中なのよ。かれこれ1か月かしら? 全く成長しなくてね」
「師匠、余計なことを言わないでください。”まだ”1か月です。」
「あらあら、そろそろ踏ん切りつけた方がよいと思うわ」
ロランスは真面目な顔でマルセルを見つめている。
マルセルは苦笑いをしながら、
「師匠、冗談きついですよ」
マルセルはハハハとから笑いをしたが、ロランスの表情が変わらないことに少し動揺しているようだ。
遥はマルセルを救うつもりだったのか、話に割り込んでロランスに尋ねた。
「私たちはどうしたら日本に帰れるのでしょうか?」
「あらあら、ごめんなさい。それは私には分からないわ。でも、東の魔女が悪い魔女というのは共通しているわね。もしかしたら、あなた方が知っているお話にヒントがあるかもしれないわ」
「え?!」
私と遥は同時に驚いた。