2.異世界?
「夏ちゃん、夏ちゃん」
遠くで声が聞こえた気がした。
「夏ちゃん」
声と共に体が揺すられる。
「ん…」
私は目を開いた。
目の前には車のハンドルがある。
どうやらハンドルにもたれかかって眠っていたらしい。
「よかったー!」
声の方向を見ると、遥が抱きついてきた。
「あれ、生きてる? 助かったの?」
私が言うと、遥は曇った顔をした。
「ん? どうした?」
「生きてるかどうか分からない」
「え?」
「死後の世界かもしれない」
「どういうこと?」
遥は車の外を見た。
釣られて外を見ると、そこは全く見覚えが無い光景。
一つだけ分かるのは、明らかに地元ではない。日本でもないかもしれない。
ログハウスのような木組みの丸い球体のような小屋が10個ほど見える。
球体の上部にはヘリコプターの羽のようなものが付いていて、くるくる回っている。
それ以外は、森と畑、畑の植物はキュウリのような形の赤い実、トマトのような形の紫の実といったように見覚えがあるが、見覚えのない実が生っている。背後の森はうっすらと紫がかった緑で不気味な雰囲気を漂わせている。
そして何より日本ではない、いや地球ではないと思ったのは、小屋からこちらを見ている者たちの姿である。
「異世界?」
と遥が呟き、そして続けた。
「獣人族だよ。漫画やアニメで見たことがある、猫や犬のような耳が頭から生えている」
コスプレ大会かもと言いかけたが、折れた。
「あの畑の野菜だって見たことないものばっかだもんねえ」
その時、トントントンと運転席の窓が叩かれた。
驚いて見ると、そこにはフードを被った老婆がこちらを覗いていた。
「あらあら、生きているようね。あなたたちは一体どこからやってきたのかしら?」
老婆は言った。
「あらあら、怖がっているのかしら? 何もしないわよ」
老婆はあからさまな作り笑顔をこちらに向けた。
思わず目をそらしたと同時に、遥が私の袖を小さく引っ張った。
「これ、降りた方がいい系?」
私は再び運転席の外を見た。
老婆は作り笑顔のまま、首を傾けた。
「降りた方がいい系かもしれない」
老婆が運転席のすぐ向こうにいるため、私と遥は助手席側から恐る恐る降りた。そして、車を挟んだまま一定の距離を取りながら老婆の姿が見える位置に移動した。
「あらあら、まだ怖いのかしら? どうしたらいいかしら」
老婆が少し近づいてきたので、思わず距離を取るように後に引いてしまった。
老婆は作り笑いをやめて困った顔をした。
「あらあら、どうしましょう。あらあら、それでは自己紹介をしたらいいかしら? 私は魔法使いのロランスと言います」
ふと頭をよぎった。
竜巻に巻き込まれて、不思議な世界に着いて、魔女と出会う。
同じことが浮かんだのか、遥が声に出して言った。
「オズ?」
私は思わず車の下をのぞき込んでしまった。
ホッとした。
何も轢いていなかった。
「大丈夫、東の悪い魔女は轢いてない」
遥にセーフというジェスチャーをして知らせた。
「あらあら、あなたたちは東の魔女をご存じで?」
魔法使いのロランスは言った。
話に食いつかれて動揺しながら、遥が答える。
「いや、子供の頃にそんな物語を読んだことがあって」
「あらあら、どんな物語です?」
ロランスがめちゃめちゃ食いついてくる。
その前に、ふとした疑問が頭に浮かんで、遥に小声で話しかけた。
「何で日本語通じてんの? どう見ても日本人顔ではないよね?」
「たしかに」
「だよね」
「異世界あるあるのチート能力みたいな感じ?」
「主人公補正的な?」
「あらあら、二人で何の相談をしているのかしら?」
ロランスが割り込んできた。
「私たちが喋っている言葉は何語?という話を」
「あらあら、バチセレ語のことを言っているのかしら?」
「バチセレ語?」
「あらあら、今話している言葉のことよ」
「私たちは何故喋れるのだろうという話を」
「あらあら、そんなことを聞かれても私には分からないわ」
「ですよねえ。ここはどこなのでしょう?」
「あらあら、ここを目指してきたのではないのね。ここはシャルタル王国領内にあるアドリア村よ」