第九話 女神と聖女
夜。
泉につめかけた冒険者たちの行列もはけて、どうやら休息できる時間になったらしい。
「あ゛ー。喉、カラカラじゃ。まあ、この部屋に戻ればすぐ治るが」
「お疲れ。魔力ゲージもだいぶ無くなった。あと一息だ」
女神の泉コア、その円筒内部の青いゲージは、残り三分の一ほどまでに減っていた。
「ほんとじゃなあ。……いま思い出したぞ。
魔力ゲージの色じゃが、魔力が濃くなると緑から青に変化するんじゃ。
青色は、緑色の数倍の魔力量を示す仕組みになっとったはずじゃ」
「今頃かよ。つまり、この青い魔力ゲージはとてつもない量の魔力を示してるってことか」
「あの詐欺神め……コア魔力が尽きる事のないよう、補充の仕組みを組み込んでたに違いない」
ほんとかね……でも、だとしてもその魔力は、一体どこから来たんだろう。
部屋の中には、魔力を補充するような仕組みなんてなさそうだけど。
魔力は、自然や人間が日々生成するもの。
人間が生成する分は微々たるものだが、自然が、特に大地が生成するものはかなりの量になる。
「それを吸収したんだろうか……といってもオリハルコンやミスリルだぞ。
そんなものを作り上げる魔力量は膨大、というか想像もつかないくらいだ。
大地には魔力の流れ、龍脈というものがあるらしいが……
この泉は、その流れの上にでも位置してるんだろうか」
だったら、最初からゲージは減りようがないのではないか。
青ゲージすら今も微妙に増え続けているのに、緑ゲージなら即満タンになってもおかしくなかったはず……
「さて、お約束のものをいただくとするかのう?」
何やらつやつやした感じの女神が、いつの間にかそばに居た。
さっきまで喉はカラカラ、肌はカサカサ、疲労困憊といった感じだったのに。
ってそうか、ここの空間の生命維持機能が作用してるのか……
「そう……ここでは無限に、体力尽きることなく、いちゃいちゃできるのじゃあー!」
がばっと俺に抱き着いてくる女神。
しまった忘れてた!
「この人肌のぬくもりー! たまらん、たまらんのう!
おたがい全部脱いで、温め合おうではないか!」
「そ、それは雪山で遭難した時の対処法では!?」
「どうせここだって遭難してるようなもんじゃろ!
永遠にベタベタするのじゃあ!」
「ぎゃあああああ!?」
女神の腕力にまたしても骨が軋む。
いくら生命維持機能があるとはいえ、痛いものは痛い。
なんとか脱出の助けになるものはないか、と周囲を見回すが、元より何もない空間。
どこもかしこも白い壁……と、例の映像壁はまだ外の様子を映し出していた。
もう誰もいなくなったはず、だが。
「エルナ?」
聖女エルナが、まだ泉の周囲をウロウロしているのが目に入った。
「ティム、私は助けになれたんでしょうか?
そして、確かに近くにあなたが居るのを感じるのですが……姿を見せてください。
そろそろ、日課不足の禁断症状が出てしまいそうです……」
何か良く分からないことを言っているが……
俺はここに居る、助けて! ここに来てくれ、エルナ!
と思わず、俺は映像壁のエルナに向かい、手を伸ばし……
思わず【スキル】を発動してしまった。
「……きゃっ!」
可愛らしい悲鳴があがった方を見ると、エルナがお尻をさすっているのが見えた。
彼女の近くに、金銀のエルナ像も転がっている。
……しまった、やらかした!
エルナまで、この牢獄に入れてしまうとは……
「な、なんじゃあ!? なんでこの女が二人の愛の巣に侵入しとるのじゃあ!?」
俺から身を離し、カリンがエルナを睨む。
「あっ! ティム! やはり無事でいらした……その女性は、誰なんです?」
エルナの声が、ハイトーンの可愛らしい声から、妙にドスの利いた声へとグラデーション変化した。
「!」
「!!」
カリンとエルナの間で、言葉にならないやり取りがあったように感じられた。
部屋中に、良く分からないプレッシャーが沸き上がる!
「ダブル! カリーン・トマホゥーク!!」
女神が金銀の斧を取り出し、交互に投げつけた。
いきなりの必殺技! しかも目標はエルナ!?
「ホーリー・プロテクション!」
聖女が作り上げた魔法の障壁が、女神の斧を弾いた。
あらぬ方角へ飛ばされた二つの斧は、回転しながら女神の手元へと戻って来る。
カリンはそれらをバシッと掴み取ると、
「ほう、やるのう。オリハルコンとミスリルの斧、正面から受けるのは危険と看破し……
障壁に斜めの角度をつけて逸らす、とは」
「あなたの斧投てきも、年季が感じられます。相当訓練したのでしょうね」
「くっくっく」
「ふふふっ」
カリンとエルナ、二人ともニヤリと笑い合った。
なんだ? 何が始まったんです?
「行くのじゃあーーー!! あやつは、わしのもんじゃあ!」
「来なさい……! 絶対に、渡しません!」
斧を振りかぶった女神が、右の手のひらを突き出した構えの聖女に突進した。
……そして女神の泉空間は戦場と化した。
エルナの神聖魔法が飛び交い、カリンの斧からは飛ぶ斬撃が放たれ。
お互いがお互いの技、魔法を弾き、受け止め、跳ね返す。
女神の泉空間の壁は二人の戦いによりボロボロになるも、即時修復され元に戻っていく。
武器や魔法ではらちが明かないと見るや、二人の戦いは肉弾戦へと突入した……!
「のじゃあっ!」
カリンが左回転しながらの左肘打ちを繰り出すが、エルナはそれを両腕の十字受けで止める。
だがカリンは回転の勢いをつけたまま、今度は右の膝蹴りをエルナの胸へ。
「ふん!」
エルナは両手のひらをカリンの右ふとももへ打ち降ろし、膝をそらしつつカリンの態勢を崩す。
そこへエルナが右正拳突きを放つが、カリンも左腕でいなした。
カリンの前蹴りをエルナが両手ではたき落とし、エルナの回し蹴りをカリンはスウェーでやり過ごす……
そんな戦闘が、目にも止まらない速度で繰り返され続けた。
それも、次の朝になるまで……
不思議な事に、俺の方へは一切の流れ弾やらは飛んでこず、無傷である。
「くっくっく……やるのう、お主」
「ふふふっ……あなたも、です」
また、笑い合う二人。
「お主の想いも、受け取った。お互い、あやつへの感情に違いも優劣もなさそうじゃの」
「そうですね。私もあなたを理解しました。であれば」
カリンとエルナは、ごつんと拳をくっつけ合う。
「「二人で、いただきましょう」」
……なんだかわからんが、和解したらしい。
拳で語り合うってやつなんだろうか?