第八話 はたらく女神 ~驚愕の勇者 side:ラードルフ
女神の泉コアを確認すると、魔力ゲージはわずかではあったが、確実に減っていた。
「よし! 三パーティぶんでこれなら……
ギルド中の冒険者の武器を変換できれば、良いペースで減らしていけそうだ!
さらに他の町にも評判が広まれば……今度こそ、脱出できる!」
思わず万歳をすると、冒険者たちも皆盛り上がってるようで、
「すげえ! これで俺たちもランキング入りのパーティになれる!」
「しかし、あの泉の女神! めちゃくちゃ可愛かったな!」
「ああ、淑やかで、清純そうで! まさに女神だ!」
などと言う声が聞こえてきた。
「淑やか……? 清純……? 女神が?」
思わず俺は首をかしげる。
「この世には、知らなくていい事ってあるんだよな……」
「どういう意味なんじゃそれはーーー!?」
怒声と共に、金銀の斧が俺のすぐそばをヒュンと飛んでいった。
そういうとこだよ!
「あなたの落とした鎗は、金の槍ですか? それとも、銀の槍ですか?
……正直者には、全ての槍を差し上げましょう!」
「あなたの落とした細剣は、金の細剣? 銀の細剣?
はい、良いですね。全部あげましょう」
「はぁー。あなたの落としたのは金銀どっち?
はい正解、全部もってけ」
「あ゛ーそろそろ声も枯れてきたのじゃが!?」
と女神がぐったりした様子で文句を言ってきた。
「つってもなあ。まだまだ行列は続いてるぞ」
あれから連日連夜、冒険者の一団が次々に泉に殺到している。
目的は当然、自分の武器をオリハルコンとミスリルに変換してもらうためだ。
どかどか武器が天井から降って来て、そのたびに金銀に輝く武器が量産されていく。
おかげで女神の泉コアの魔力ゲージは、グングンとその量を減らしていた。
「ほらまた、両手剣が落ちて来た。仕事してくれ」
「もうめんどくさいのじゃ! おぬしは別になんもしとらんし!」
ちゃんとスキル、使ってるだろう。
「金銀に変換された武器を持って問いを投げかけるのは、女神の仕事だろ。
そして正しい答えを返したものには、全てを提供する。
それが神が課した『絶対ルール』ってやつじゃないのか」
「交代してくれなのじゃー! ルーチンワークは飽きるのじゃ!」
「応答もだんだん適当になってるじゃないか、イメージダウンになるぞ」
「おぬし女装して女神役引き継いでくれん?」
「絶対やだ……脱出まで、魔力消費は続けないといけないんだから、ほら頑張ってくれ」
「もー! 今日の分終わったら、お主にベタベタすりすりさせてくれ!
でないともう動かんぞ!」
「……善処します」
あの腕力で、ベタベタすりすりされるのは勘弁してほしいところだが。
ここはある程度、受け入れてやる必要があるか……
ずっとこの空間に閉じ込められっぱなしは嫌だし。
「よっしゃー! きりきり働くぞ! ふんす!」
突然よみがえった女神は鼻息荒く、変換済みの武器を両脇に抱えて浮上して行った。
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「こ……これは一体……どういうことなのだ!?」
私はギルドにあふれる、オリハルコンとミスリルの武器を持った冒険者たちを見て驚愕した。
現在、パーティメンバーの募集をかけているのだが、一向に希望者が来ていない。
現状最強である、アダマンティンの剣を持った私がいるというのに。
平民が、身分の違いをわきまえ、私と組むという事に対し遠慮をする気持ちは理解する。
が、一人も希望者が居ない、というのは一体どうしたわけか。
「おかげで高級宿に引きこもりっぱなし、という無為な時間を続け……
いい加減そろそろ希望者もいるだろうとギルドに来てみれば……」
大半の冒険者たちが、金銀に輝く武器を装備し、次々と高難易度クエストを受注しては意気揚々と出かけていくではないか。
しばらく来ないうちに、何が起こったと言うのか!
「おい! そこの!」
目の前を通り過ぎた、これもまた金銀の装備を持った戦士らしき男に声をかけた。
「……なんだよ。てめえは……って勇者ラードルフか。何の用だ」
平民戦士の舐めくさった口調にイラっとしかけたが、なんとか抑え、
「なぜ、皆はオリハルコンの武器を持っているのだ?」
と問う。すると戦士は見下したような目をして、
「はあ? あんた知らないのか?
ギルド中、いや町中を騒がせてる『女神の泉』の話を!?」
「い、いや……しばらく宿の外に出なかったもので……」
「そうか、あんたも冒険者だろうに、情報収集を怠るのは致命傷を招くぞ。
いいか……」
その戦士が語る話に、またしても私は驚愕した。
例の、ティムを始末した森にあった泉に、本物の女神が現れたという。
そして、武器を投げ込んだあと、女神の問いに正直に答えると……
「オリハルコン、ミスリルの武器が手に入る……無料で……
あの時の女神は、本当に存在したのか……!?」
「なんだ、あんた女神と会った事あるのか? の割には、アダマンティン程度の剣を持ってるみたいだが。
まあしかし、女神のおかげでギルドの全冒険者の戦力がバカ上がりってわけ!
あ、あんた以外の冒険者、だな」
いちいち訂正するな!
「そんなわけで、高難易度のクエストに挑み放題になってな。
このギルドの冒険者たちの、レベルが超底上げされていってるってわけだ。
他の町にも話題は伝わって、各地から冒険者が泉につめかけ、行列が出来てるありさまだ。
この調子だと魔王すら、倒せるだろうよ!」
「な……」
なんだと!?
今日は一体、何度驚愕させられるというのか。
「魔王が……復活だと?」
二百年に一度、復活を遂げると伝承にある、あの魔王?
すさまじい魔力を持ち、人界を二度、滅ぼしかけた、魔王?
だがここ何百年かは復活してこず、もう永遠に滅んでしまったのかと思われていた……魔王?
「それが、復活、したというのか!?」
「いや、実際はまだだ」
ええい紛らわしい!
焦らせるな、平民の分際で!
「だが、これだけのオリハルコン、ミスリルの武器があれば!
皆が伝説の勇者のように、魔王討伐できるんじゃないかってな!」
ちっ、ただの夢物語か。
もう何百年と復活していない、その兆しすらない魔王の話など。
やはり下賤のものは、ありえぬ夢を見ながら生きる下らないやつらだ。
だが、こいつらの勢いはあなどれぬ。
魔王城の残党狩り、私もそろそろ動き出さねばなるまい……
泉の女神が実在するのなら、私もさっそく行く事としよう!