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第七話 聖女去る side:ラードルフ ~泉わきたつ

 時は少しさかのぼる。



「何度も言うが! やつは行方不明になった。そしてもう三日も経っている。


 あの森から、やつ一人で抜け出せると思か? 我々ならまだしも、たかが弱体士の身で……


 きっと、今頃はもう魔物のエサとなり、骨すら残ってはおるまい」


 私はもう何度目になるか分からない話を、目の前の聖女エルナに繰り返した。

 


 ――ここは冒険者ギルド。


 あの日から、私……ラードルフが率いるパーティは動けずにいた。

 ティムの代わりに有能な女戦士でも加え、新たに栄光への第一歩を踏み出すつもりでいたのだが。


 聖女エルナが、もうずっとふさぎ込んでしまっているのだ。



(……このままでは、ずっと維持してきたギルド内ランキングの1位から、はじき出されてしまう日も近い。

 

 ふざけるな……何のために私が冒険者などに身をやつし、いらぬ苦労をしていると思っているのか。


 私をさげすむ親父と兄たちの、はるか高みに行くため……あきらめて、なるものか)


「……いいえ、やはり信じられません。あの人が、そのような……」


 エルナはテーブルに両手を投げ出したままの姿勢で、ぼそぼそとつぶやいた。


「いい加減にしたまえ。人間あきらめが肝心であるぞ。


 失われたものは戻らぬのだ。それが摂理だ」


 まさかここまで、エルナがティムに執着しているとは思わなかった。

 あのような卑しいものなどに! なぜ!


「あの人は生きています。わたしの『日課』による経験が、感覚が、そう言っているのです」



 ――なにやらこの女は、クエストを終えて帰宅するティムの後をつける、という事を日々行ってきたらしい。

 そして夜な夜な窓からのぞき込み、寝ているティムの様子を観察し日記にしたためる……


 それを『日課』と称しているのだ。

 

 選ばれし上級職たる聖女なのだ、平民の生活がさぞ奇妙かつ興味深く思えたのだろう。

 納得の行動である。


 

(それだけに、やつとの間に妙な縁でも出来たのかもしれぬ。


 これは、案外厄介なことになった)


 などと考えていると、エルナが突然、がたっと音を立てて椅子から立ち上がった。


「……ぴんと来ました。森が見えます……彼は、そこに……」


(むう……一晩、私のものとなる栄誉を与えてやろうと思っていたが。


 こうなるともう、彼女も私のパーティから除外したほうが良さそうだ……


 惜しい、実に惜しい)



 と考えている間に、エルナは見えないものに導かれるようにふらふらとギルドから出ていった。


(チッ……)


 私は黙ってパーティ解散の旨を専用の書類に書き込み、提出。受諾された。


 そして新たなパーティメンバー募集のための書類を作成、掲示板に貼る。


(くそ……ティムのせいで、無駄な足止めを食らってしまった。


 エルナすらも失うし……やつ一人のおかげで、私がこのような目にあう世の不条理!


 居ても居なくても腹立たしいやつだ)


 思わず地団太を踏みかけるが、かろうじて踏みとどまる。

 私はその辺の平民、冒険者などとは違うのだ。


 代わりに、掲示板に貼ってあった、とあるクエストの報酬金額に0を一つ付け足しておいた。

 クエスト達成の際に起こるであろうトラブルを想像し、多少気が晴れた。

 

 私が足止めを食らうのだ。平民がその隙をつこうなどと考えられても困るからな。



「だが私にはこのアダマンティンの剣がある。多少の遅れなど、簡単に取り戻してやろう。


 現状、最強の剣なのだからな! 


 これより上はオリハルコンやミスリル製だが、そんな武器は存在しない!」


 思わず出た独り言に、近くに居た戦士がビクッと反応したようだ。

 いかん、声が高かったか?


 その戦士が、こそこそと自分の剣に巻き付けた布を気にしている様子を見て、私は憐れんだ。


(なんともみすぼらしいものよ。


 まるで自分の武器がオリハルコンで出来ており、誰かに盗まれはせぬか、と


 無駄な妄想をしているかのような……)


 思わずはぁ、とため息が出る。

 平民はそうやって、オリハルコンの夢を見る事しかできんのだ。


(しかし、オリハルコンか……そういえばあの泉であった、あの出来事。


 ティム大のオリハルコンやミスリルからは、どれだけ強力な武器防具が鋳造できるか知れぬな。


 まあ、それら超希少金属を加工なぞ、いかなる鍛冶師にも不可能なことだが)


 腰に下げた現状最強の剣の柄に触れると、ニヤニヤ笑いが自然と込み上げてくる。

 最強……頂点……! 力だけでなく、権力をもその高みに至ってやるぞ!



 そして、その夜のことだった。


 息を切らしてギルドに走りこんで来たエルナが、冒険者たちに集合をかけたのは。



 ▽



「遅いのー。やはり、無駄だったのではないか?


 あの女、常軌を逸した目をしとったからのー」


 ごろごろ転がりながら、女神がぶつぶつ言っている。


 とりあえずエルナと俺がそういう関係にはない事は信じてもらえたようだが、怪しんでいる事には変わりがないみたいだ。


「そうかなあ。いつも大人しくて、控えめで、いかにも『聖女』!って感じだったけどな」


「むう……やたらと高評価じゃのう……わしだって女神じゃのに……」


 ジト目で睨んでくる。


「あまり話した事はないけどな。


 気が付くと、いつも俺の後ろに回り込んでいたし。恥ずかしがり屋っぽくもあったな」 


「そうかのう。隙あらば命を取ろうとしてたんじゃないのかの?


 そうでないなら、お主をつけまわす趣味があるとか」


「んなわけあるか!」


 とその時、また妙な音を立てて映像壁に反応があった。


「おっ、来たぞ」


 エルナが冒険者を数人連れてきているのが見えたのだ。


 見た感じ、三パーティといったところ。

 さすがにいきなり何十人、とは連れてこれなかったか。


「なんじゃあれっぽっち」


 と女神がぶーたれるが、


「十分だよ。あのパーティの中に、口の軽い奴が混ざっているのを確認した。


 帰ったら、絶対ギルド中に言いふらすに違いない」


「なるほどのう。やつが頼まずとも泉の宣伝係になってくれる、というわけか。


 おぬし、やっぱ頭ええのう!」


 そして再び【ドロップ】のスキルを使い、エルナに信号を送る。

 エルナがうなずき、冒険者の一人に捨ててもいい武器を投げ込むよう、指示を出した。


 どぼん、と刃こぼれが目立つ長剣が投げ込まれる。


 ……


 しかし、女神の泉空間に、その武器が落ちてくることは無かった。


「……なんで?」


「ああ……たぶん、わざと落とすのは不可なんじゃろ。


 この話が広まれば、後から後から金銀目当てのやつらが集まって来るじゃろうから」


 それを求めてるんだけどな、こっちは……

 泉の女神のおとぎ話には、わざと投げ込む欲張りの話があった気がするんだが。

 

「じゃあ、前の冒険者の時はなんで大丈夫だったんだろう。


 ってそうか。俺のスキルで落とさせたんだった。


 あくまで本人の意思で投げ込むのでなければ、泉は機能するんだ!」


 再びエルナに信号を送り、今度は冒険者を泉へ体を乗り出すよう、指示してみた。


 その冒険者に向かって、(映像壁ごしに)スキル発動。

 無事、装備していた武器が外れ、泉に沈み……

 空間の天井を突き抜けて、床に転がった。


 そして三つに分かれ、増えたぶんが金銀に変化していく。


「よし! あとはよろしく!」


「わかったのじゃ!」

 

 それらを持って、カリンが泉から姿を現す。そして例の問い。

 冒険者は素直に回答し……めでたく、オリハルコンとミスリルの武器を手にすることが出来たのだった。



「こ……これはすげえ!」


「本物のオリハルコンだ! ミスリルも!」


「マジか! とてつもない戦力アップになるぞ!?」


「つ、次! 俺! 俺投げる!」


「投げないで、泉の際に立ってください!」


 表の冒険者たちはもう大騒ぎだ。

 エルナが必死に仕切って、冒険者を一人ひとり誘導。



 そして無事、ここにいる全ての冒険者に、金銀の武器が行き渡ったのだった。

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