第五話 コアの魔力
「……」
「……」
無事、女神の泉のノルマを達成し。
囚われた女神と俺は解放される、はずだったのだが……
「……何も起こらないが?」
「何も起こらんの……?」
二人、顔を見合わせる。
女神はまた斧を取り出し、壁に投げつけるが、やはり跳ね返されるだけだった。
確かに三人目の武器を金銀に変換し、正しい回答者に与えてやったはずだが。
扉やら出口やらが出てくる様子も無く、周囲の壁も変わらず破壊不可能。変化なし。
「どういうことじゃ! 話が違うではないか!」
怒りの形相で両手の斧をブンブン振り回す女神。危ない。
「話……って、そもそもカリンはどういう経緯でここの女神になったんだ?」
「千年ほど前……わしがエイシュウ国の巫女をしとった頃じゃ。
当時わしは蝶よ花よと育てられ……純真無垢が服を着て歩いていると言われたものじゃった」
それが今はこんな有様か。
とは言わず、話を続けてももらう。
「曲がりくねった枝の杖を持った、神を名乗るものがやってきての。
そやつに『数万人の中から選ばれし巫女よ。今ならこの紙に名前を書くだけで必ず泉の女神に昇格できる。
女神ノルマを達成すれば、何でも望みをかなえてやろう』と言われて、うっかり……」
怪しい神だな……うっかり署名するこいつもこいつだが……
エイシュウ国というのは、確かに千年ほど前、この辺りで栄えていた国だ。
その後、民族大移動を開始し、遥か東方の島国に収まったと聞く。
その後、俺たちの祖先が今のベルネット王国を作って今に至る。
「そして神はこう言ったのじゃ。
『ここはやがて魔王が降臨する地になるだろう。魔王は倒されても二百年に一度、復活する。
だがそれも三回まで。おぬしは泉の女神となり、泉に導かれし戦士に強き武器を渡す使命を与える。
このコアには物質変換のための魔力を三回分、込めてある。コアの魔力を使い切るとき、お主の使命は終わる』
……じゃってよ!!!!!!」
突然女神が声を張り上げ、
「そんな長い期間の仕事とは普通思わんじゃろ! そもそもが前説にはなかった要素じゃし!
親兄弟には、『女神に選ばれるとは栄誉な事』と言われ快く送り出してもらったが!
魔王も魔王じゃ! 消滅から復活を三回繰り返すとのことじゃったが……
三回目の復活がいっこうに来ないらしいのじゃ!」
――大昔、魔王は二度復活し、二度勇者の手によって討伐されたという。
それからベルネット王国は長い間、平和を維持し続けている。
だが数年前、魔族の残党が今も魔王城にとどまっていることが判明。
王国は国軍を動かし、残党狩りを行おうとした。
しかしその総力戦で、国軍は八割の戦力を失い……
動けなくなった国軍のかわりに、冒険者が残党狩りを引き継いでいるのが現状だ。
「つか、魔王討伐にはカリンが関わってたのか……それは驚きだな。
勇者の手助けをするために、この泉は存在したのか?
まだるっこしい仕組みだが……」
「わしもそう思う。じゃが神は、『魔王を倒すものは運命によって泉に導かれる』つってたからの。
二度目までは、確かに不自然にも武器を落とす輩が現れたのじゃ。
それが過去の勇者たちじゃ。その後も一度落とすやつが現れたが……
魔王とは関係のない、おっちょこちょいの木こりじゃった」
それ以降は、なしのつぶてってやつか。
百年単位で放置プレイされたら、やさぐれ女神が爆誕するのも致し方なし、か?
「……でも。勇者じゃないにしろ、三人目は現れたわけだ。じゃあなぜ、解放されない?」
「わしに聞くでない! あの神を名乗る詐欺師に聞けい!」
「やれやれ……そうだ。女神の泉コアだ。コアになにか不具合でも起きたんじゃないか?」
思い立った俺は、女神の泉空間に浮かぶコアへと駆け寄る。
「とは言ったものの」
この空間を維持し、中に居る者の生命を保証し、そして武器をオリハルコンとミスリルに変換すらする。
そんな魔法の遺物なんて、見た事も聞いた事も無い。
「そもそも見た目はただの六角柱のクリスタル、どこをどう触ればいいやら。
ん? これは……この筒は?」
クリスタル内部に、透明な円筒形の物体が埋め込まれており、青っぽい液体のようなもので満たされていた。
「ああそれ魔力ゲージじゃ。武器を変換するたびに減って行って、それが尽きた時に……
ってオオイ!?!」
「いきなり叫ぶな、心臓に悪い」
「じゃって! このゲージ、ほとんど満タンに近いではないか!
二回目の物質変換した際にも見たんじゃが、三分の一にまでなっておったぞ!?」
なんだそれ……でも、おかしいな。
物質変換は俺が来た事で一回、さらにさっきの剣のぶんで一回。
だったら完全にコアの魔力は消失しているはず、というか足りないくらいじゃないか。
「いや、このゲージ、良く見ると……回復していってる!」
「なんじゃとお!?」
だが俺の言う通り、円筒内の青の液体の量は、今も少しずつ増えつづけているのだ。
「じゃが、以前見た時は青じゃのうて緑だった気がするが……」
ん? 色に何か意味が?
「そんなことより、これは完全に詐欺!
あの詐欺神はわしらを永遠にここに閉じ込め続けるつもりじゃ!
やはり、運命からは逃れられぬ……だから、な!
わしとつがって、産んで増えて満ちようではないか!」
落ち込むかと思いきや、前向き過ぎる方向転換!
抱きしめようとしてくる女神をなんとか引きはがし、俺は考えを巡らす。
ここから出るには、魔力ゲージの回復量以上に魔力を消費しなければならない。
それには、立て続けに武器を変換しまくる必要がある。
……であれば。
「なんとかして、大勢の冒険者をこの泉に導き、武器を落としてもらうしかない!」