第四話 俺のスキルが生きるとき
「やっぱりダメか」
女神から金銀の斧を借りて、白い壁に向かって打ち込んでみたのだが。
いったん食い込むものの、ぶにょんと壁に押し出され、壁の傷も自然に元通りになっていく。
さほど広くはない部屋を、手当たり次第に探ってみたが……
どこにも出口らしき物はないし、破壊できそうにもない。
「わしが千年、無駄にしたと思っておるのか? 脱出は不可能じゃと言ったであろう」
肩をすくめる斧幼女。千年もこんなところに居るのか……
斧幼女は俺から斧を取り上げると、「これがもう一つの必殺技、ブーメラントマホークじゃ」と
斧をまたぶん投げた。その斧は空中でくるっと向きを変え、女神の手元に戻って来る。
「千年の成果がそれなの?」
「すごかろ!?」
ふんす、とない胸を張る泉の女神カリン。
ちなみに、さきほどその女神に全身の骨を砕かれた俺だが、瞬時に回復してしまった。
なんでも女神の泉空間には、生命維持のための魔法が常時展開しているらしい。
なので、千年飲まず食わずでも生き延びられるとか。
この空間に落ちた時、ラードルフにかけられた鉄化魔法が解けたのもその効果のようだ。
「だから、のう、ティムどの。いっしょにここで暮らそうなのじゃ。
運命がこう言っておるのじゃ、産めよ増やせよ地に満ちよと」
そんな満ちるほどスペースないだろここ!
いやそれ以前に、何を考えてるんだこの女神は!
「斧を振り回す女神はタイプじゃないんです」
「泉の女神が斧を振り回して何が悪いんじゃ!」
物騒だからだろ……
なおも空間の壁を調べる俺に、
「なあ、無駄なことはやめるのじゃ。
物理的手段で脱出は不可能、と泉の『絶対的ルール』が規定しておる。
あくまで『ノルマ』をこなさねば、無理なのじゃ」
……ノルマ?
そういえばさっきもそんな事を言ってた気がする。
「ノルマって?」
「泉の女神に課せられた、こなすべき仕事じゃな。
それは金銀に変換した武器を、三人の冒険者に手渡すこと、じゃ」
「わりと簡単な事に思えるけど?」
「簡単じゃないわい! 人間はそうそう泉に武器を落とさぬし、金銀の武器を渡して良いのは
『素直な回答』をした者に限られる。さっきも超久々に泉の物質変換機能が働いたかと思ったら、
落ちてきたのはお主じゃし、回答も嘘というものじゃった」
ここで女神はガックリと肩を落とすかと思いきや、
「じゃが、そのおかげでお主と出会えた!
だからもうわしはノルマなんかええのじゃ、なあなあ、いっしょに暮らそうぞー。
ここでは食事の心配もいらぬし、体も汚れぬ、花を摘み(暗喩)に行く必要もないのじゃ」
多少、便利なとこかもしれないけど……
エルナが心配なんだよな。ラードルフの野郎、今頃何をしているのか分かったもんじゃない。
「いや、やっぱり俺はここを出る。出て、やらなければならないことがあるんだ」
「むう……勝手にせい。絶対無理じゃからのう。
じゃが、万が一お主が出られたら、わしも一緒についていくからな!
嫌だと言っても引っ付いて行くからな! 体に斧を食い込ませてでも!」
こええよ……
「ノルマ、ってあと何人残ってるの?」
「あと一人じゃ」
たった一人か!
……とはいえ、女神の言う通り、自分の武器をあやまって泉に落とすような冒険者はそうそう居ないか。
(確かに、難儀なノルマなのかもしれない……)
とその時、白い壁の一部がぶん、と唸ってその色を変えた。
テーブルほどの面積に、絵のようなものが現れたのだ。
しかも、絵が動いている……?
「な、なんだこれは!?」
「ああ、それは泉の近くに冒険者が来た時に反応して、外の様子を映し出してくれる映像壁じゃ。
声なども聞ける」
良く見ると、動く絵は確かにこの泉だった。
この壁の魔法は、女神の泉空間にいながら泉の周辺が見られるようだ。
「この森のダンジョンの泉は、冒険者にとっては休息所でもあるからな。
立ち寄る機会もよくあるだろうし、それなら武器を落とす奴も中には……」
「あまいあまい。チョコレートよりあまいのじゃ。わしも何度も期待してこの映像を見続けたが……
泉に武器を落とすような冒険者など、千年かかって数人という、超レア事象じゃ」
確かにこの森のダンジョンは、そこそこのランクの冒険者でないと通用しない難易度。
ルーキーならともかく、武器を落とすようなうっかりさんが居るはずもない。
俺は壁の映像を食い入るように見つめるが、冒険者たちは泉から水を汲んだあとは近寄りもしなかった。
「くそ、もっと近くに寄ってこい! 泉をのぞき込んだりすれば、もしかして」
「無駄じゃ無駄じゃ。そう都合よく物を落っことすものか。
諦めておとなしく、わしと一緒に過ごすのじゃ……永遠に……」
不穏な事を言いながら、にじり寄って来る斧幼女。
とその時、戦士らしき冒険者の一人が泉に近寄り、水をすくって顔を洗い出した。
だが、武器を取り落とすような様子はない。
「く、あと少し! 【ドロップ】! 【ドロップ】!」
俺は思わず、壁の映像に向かって固有スキルを発動させてしまう。
こんなところからスキルを使ったところで、届くはずも……
と思ったら。
「うわっ!?」
映像の中の戦士が叫んだ。
腰から吊り下げてる剣が剣帯からはずれ、うまいこと泉の中にぼちゃんと沈んでいったのだ。
壁映像を通して、スキル、通じたみたいだ!
すると天井からその戦士の剣が、がっしゃんと落ちて来た。
そして剣は三つに分裂し、うち二つが金銀の輝きを放ち始める。
俺と女神は二人してぽかんとしてしまっていたが、
「ほ、ほら女神! 仕事仕事!」
「あ、ああ!」
俺がせかすと慌てて女神が金銀の剣を拾い、天井へとすっ飛んでいく。
壁映像の方を見ると、
「お主が落としたのはこの金の剣か? 銀の剣か?」
と女神が戦士に問いかけている様子が映っていた。
「い、いや……普通の鋼の剣だけど……」
やや混乱してそうな戦士がおそるおそる返答するなり、
「合・格!」
女神が喜色満面になって金銀の剣を戦士にぶん投げ、勢いよく泉に沈んで行くのが見えた。
「やったのじゃあああーーーーー!!」
そしてこの部屋に戻って来た女神は両手を広げ、俺へと突撃してきた。
「危ねえ!」
とっさにかわすが、「あまいのじゃ!」と女神は無理やり直角に軌道変更し俺を捕らえる。
「ぎゃああああああ!!」
「やった、やった、やったのじゃ!
すごいのじゃ、お主のスキル! これでノルマクリアじゃ!
最高じゃ、最高じゃよティムどの! うわあああん!!」
体を離し、泣き出す女神カリン。
「……まあ、良かったな。これで俺も外に出れるってものだ」
正直、俺は自分の固有スキルを気に入ってはいないのだ。
誰かを幸福に出来るスキルが欲しかった。
【ドロップ】……『落とす』『落とさせる』、ネガティブな響きのスキル。
しかし、このスキルの成果で、女神は泣いて喜んでいる。
初めて俺のスキルで、誰かが幸福になれた……
そう思うと、俺も何か、熱いものが込み上げてくるのを感じずにはいられなかった。
「出れる! ここから出れるのじゃー! 出れたら、一緒に地に満ちようぞ!」
「十年早いよ、まったく」
だが、この女神の泉。
そんな簡単に済むような場所ではなかった……