第三話 泉のルール
泉に沈められた、と思ったら、謎の部屋に俺はいた。
驚く俺の目の前に、白い薄物に身を包んだ、謎の幼女が天井から降り立つ。
女神のような格好の幼女は、女神らしからぬ毒を吐き、斧を壁に向かってぶん投げるのだった。
なんなんだ、この斧幼女は。
ただただ困惑する俺。
そして、斧幼女がついに俺に気づいた。
「あれ? おぬし……生身の人間か? 生きて、おるのか?」
その斧幼女は首を傾げながら聞いてくる。
「え、ええ、そうですが」
「……あ! さっきの金のティム像と銀のティム像の、元になった鉄像なのか?
魔法で姿を変えられていたのか!」
ぽんと手を打った。
きんのてぃむぞう……
「そーかそーか、さっきのアホが嘘を答えたもんだから、全没収になったんじゃった。
惜しいのう、あのアホが素直に回答すれば、金銀本体ともどもまるっと……」
とそこまで言って、斧幼女は目をぱちくりさせ、改めて俺を見つめてきた。
「?」
「ひひひひひひ」
ひ……?
「ひとじゃあああああーーーーー!!!」
叫ぶなり、いきなり抱き着いて来た。
それも凄まじい力で。
そういやこの人、金銀の等身大ティム像を両手に抱えられるくらいの腕力がある!
「ぎゃあああああ!!」
「ひとじゃ、ひとじゃ! な、何年振りかのう! こんなに近くに人がおるなど!」
斧幼女はさらに抱きつく力を強くする。
「うぎゃあああああ!!」
「これじゃ、わしが求めていたのは、この人肌のぬくもりなんじゃ!」
「離してくれえええええ!!」
「話すのじゃ、会話じゃ! ひととの会話!
わし以外のひとと、対話! 交流! 相互理解したかったんじゃあああ!」
「対話出来てねえええーーー! 苦しいーーーーー!!」
「ここに閉じ込められて五百年!
寂しかったんじゃ、寂しかったんじゃ! 死ぬほど寂しかったんじゃあーーー!」
「俺が物理的に死ぬううううう!!!」
斧幼女の背中をバンバン叩きつづけ、ようやく彼女は身を離してくれた。
……あやうく、昇天するところだった。
美少女に強く抱きしめられたというのに、苦しみしかないとは。
「いやーすまんすまん。あまりに嬉しくてな。
まさかここに人間が落ちてくるとは、想像もつかんかった。
それに、泉に物が落とされるなど久々すぎてな。慌てて金銀の像を持って浮上したが……
しかし人間が鉄になって落ちてくるとか、想定外すぎたわ。
ようこそじゃ、女神の泉空間へ」
女神の泉空間???
ということは……確かにここは、あの泉の下にある場所なのだろう。
隠れ里という、人間には見つける事の出来ない場所に住んでいる妖精の話なら、聞いた事はあるが。
ここもそういった場所なんだろうか。
「そういや名乗ってなかったな、わしはカリンという」
「俺はティム。って俺の名前、さっき言ってたよね……名乗ったっけ」
「ああ、この泉に落ちて来た物の情報は、瞬間的にわしの知るところとなるのじゃ。
それと同時に、その物からは二つの複製品が自動的に生まれ……
複製品は金と銀に、素材変換される仕組みになっておる。
おぬしの後ろにある、『女神の泉コア』に蓄積された膨大な魔力を使ってな」
女神の泉コア!?
振り向くと、ほんのり青く光る透明なクリスタルが宙に浮かんでいる。
さっきは気づかなかったが。
しかし『女神の泉コア』って……
ダンジョンには『ダンジョンコア』という、モンスターを生み出し続ける中心核が存在しているが。
「ここでは、コアが物を金銀に変換しているのか……」
「ただの金銀じゃないのじゃ。魔晶黄金と魔晶銀じゃぞ」
「オリハルコンにミスリルじゃないか!」
てことは俺の像も、その超希少金属で出来てるのか!」
床に転がってる像を見て、価値のすさまじさに身震いする。
俺の姿格好をしているのがモヤモヤするが……
しかし。
おとぎ話に聞く『女神の泉』が実在したのにも驚くが、そういう仕組みになってたとは。
世の中何があるか分からんな。
「……そして、物を落とした人物に問うんだよね。『落としたのは金か銀か』って」
「その通り! 素直に答えたものには全てを与え、嘘を答えたものからは全てを奪う。
それがこの泉の『絶対的ルール』なのじゃ」
……つまり。
俺がこの場所に居る、ということは。
「ラードルフが、嘘を答えた……?」
「ん? ああさっきのアホの名前か?
そうじゃな、金のティム像を指定してきおった」
あの野郎!!
つか、俺を亡き者にしようとしやがって。
そしてあいつの言動からするに、聖女エルナの身も危なそうだ。
助けにいかないと……
「えーと、じゃあ俺はこの辺で」
と俺はきょろきょろと周囲を見回し、
「出口、どこです?」
とカリンを振り向いた。
「まあまあゆっくりしていけ。と言っても何もないがの……
あ、わしの金と銀の斧、見る?
前にも一度、斧をここへ落として、嘘を答えた奴がおっての。
そやつから没収したものじゃ。そやつの前の人間は素直じゃったのに」
と、床に落ちてた斧を拾って持ってくる。
「長年、暇じゃったから斧投てき術を極めに極めたのじゃ。
わしの必殺技、見てくれ。今度はブーメランのように戻って来るやつじゃぞ」
「興味ないです……それよりも出口は」
「ないのじゃ」
……は?
「ないのじゃー! そんなもんあったらとっくに脱出しておるわ!
ノルマを消化せん限り、ここからは永遠に出られぬ!
おぬし、いっしょに居てくれなのじゃー! うわーん!
ここはとても寂しい場所なんじゃあー!」
と泣きながら抱き着いて来た。
なんだこの情緒不安定女神は!!
いや、それよりも出口がない!?
俺はここから永遠に出ることが出来ないのか???
「ぎゃあああああ!!」
さっきより力強く抱きしめられ、全身の骨がバキバキと砕ける音を聞きつつ……
俺の意識は、絶望感と共に遠のいていくのだった……