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第二十一話 魔神の沼

 ボコボコ、ブクブク……


 やや汚い音がどんどん大きくなり、沼の中心が膨らんでいく。

 そして泥の山が立ち上がり、ボンとはじけた。


 その中から出てきたものを見て、カリンが叫ぶ。

 

「ば、ばけものなのじゃー!」


 青い鱗にびっしりと覆われた体。 

 背中からはコウモリのような羽が生え、頭には羊のようなツノが飛び出ている。

 目はランランと赤く輝き、口からは凶悪な牙が伸びて……


「い、いかにも魔神って感じの人(?)が出てきたんだが?」


 俺も思わず少し後ずさる。

 盛り上がった胸部から判断するに、性別は女性っぽい。


「ここは女神の泉から、魔神の沼に変貌した……ということでしょうか。


 つまり、この方は魔神……」 


「なんじゃそりゃあ!?」


 冷静なエルナの指摘に、またカリンが叫んだ。

 その魔神は、両手に落としたはずの『ユグドラシルの枝』を持っている。


 ってことは……


「貴様が落としたのは、このアンオブタニウム製の杖か?


 それとも、このヒヒイロメタル製の杖か?」


 魔神が口を開き、こちらに問いかけてきた。やっぱりか。

 こいつも女神みたいな、二択と見せかけて三択問題を出してくる存在!


 そして聞いた事も無い単語が出てきたな……

 魔神の持つ杖の輝きを見るに、どうも金属のようだが。


「おい、どうするのじゃ? 何が正解なのじゃ?」


「いや……普通に答えればいいんじゃないの?」


「あの金属の価値も、全く分かりませんしね」


 ひそひそと顔を寄せ合って相談する俺たち。

 結論はまあ、無難なとこだとは思う。

 

 なので、


「いや……その二本じゃなくて、普通の『ユグドラシルの枝』なんだけど」


 と答えてみる。


 素直で正直な答えに、魔神は顔をゆがめた。


「ちっ……綺麗な心の持ち主には用はないわ。

 

 そもそも貴様ら、ニンゲンではないか。


 どっちみち、全部没収。じゃあ」


 と沼に沈みはじめた。

 泥だけに、スムーズに沈まずにゆっくりと。


「待て待て! 念のため聞きたいんだが、どう答えれば正解だったんだよ!」


 思わず魔神の沼に駆け寄る。

 魔神は無視して沈んでいこうとするが、気が変わったように動きを止めた。


「……久々に会話できる機会、か。相手はニンゲンだが、まあいいだろう……


 何しろ我は、千年ここに囚われているからな。さすがに、寂しくもある」

 

 千年、囚われている!?


「おお……お仲間が、ここに居たぞ、オイ」


 カリンを軽く小突く。


「うるさいわ。こんなのと一緒にするな。やってる事は同じのようじゃが……」


 やや、同情的な目をするカリン。

 しかしこの魔神、見た目と違って案外話せそうだな?


「さっきの疑問に答えよう……」


 と魔神が話し出した。


「当然、我が提示した杖のどちらかを選ぶべきだった。


 最高の答えは、二つとも選ぶ。だがな」


 女神と真逆だな……

 ラードルフ向きかもしれん。


「我が求めるのは、強欲で野心ある者。魔族の頂点に立つべき資質だ。


 運命に導かれ、沼を訪れた魔族の強者に、強き武器を与える。


 魔族を強化し、魔王様が眠りについている間の戦力を保持する……


 それが魔王様が我に与えた、任務なのさ」


 ほとんど、女神の泉と同じだ。


 女神の泉が勇者支援に対し、魔神の沼は魔族支援。

 代行者のそれは魔王討伐へ直接つながるものだが、魔王の目的は自分が復活するまでの繋ぎ、という違いはあるが。


「……それでお主はその任務のため、千年もそこで?」


 カリンが魔神へ問いを投げかけた。


「ああ。三回目の魔王様の復活が妙に遅れてなあ……ただただ待つばかりの日々……」


「わかるのじゃ。わしも千年、女神の泉に囚われておった。わかるのじゃ……」


「おお……我と同じ境遇の者が……!」


「つらかったな……お互い……!」


 両者、うんうんと頷きあっている。

 間に沼が無ければ、肩を組みそうな雰囲気すらあるな。


「お前はその泉から、解き放たれたのか? 地上で、自由に動けてるようだが」


「ああ……ノルマをこなせたからな。お主には悪いが、魔王も討伐されたし」


 カリン、やや魔神に同情的になってる……


「なんと! 魔王様が倒されたのか!? 三回目の復活後、か!?」


「そうじゃ。復活した、その日のうちに討伐されたのじゃ。つか、さっきじゃ」


「なんてことだ……! 我、任務未達成なり……!


 だが、魔王様が倒れたなら……我が住んでいた、魔神の沼空間を維持する魔力がなくなるということ。


 つまり、消える……ということだ」 


 魔神の沼空間……俺たちがかつて居たあの部屋みたいなのが沼の下にあるのか。

 そして、それを維持していたのは魔王の魔力だったらしい。


 コアに頼らず維持するとは、魔王はやはり侮れない存在だったようだ。 


「……確認したが、確かに空間維持のための魔力が送られてきていない。


 なら、そろそろ解放の時ということだ……!」


 くぐもった笑い声を立てる魔神。

 こいつ、解放されたら、人間の敵になるんじゃないだろうな!?


 思わず身構えてしまうが、


「案ずるな。我はもうこの世界に興味はない。


 この空間とともに、消えよう。魔王様も居ない場所に、我だけ居ても……


 千年の孤独が、また続くだけだ」


 そう言う魔神の姿が、だんだんとおぼろげになっていく。

 言葉通り、沼と一緒に消えるつもりらしい。


「ま、魔神よ! お主、それでいいのか!? 


 ただ辛い目にあっただけなのではないか!?」


 完全に魔神に感情移入しているカリンがわめいた。


「良いさ。最後に、我と同じ境遇の者が居たと知れただけで、何か救われた気持ちになった。


 魔王様が消滅した今、ニンゲンの時代が来るのだろう。我に居場所はない。


 ニンゲンたちよ、話せてよかった。さらばだ……」


「魔神ーー!」


 ふっと笑みを浮かべた(たぶん)魔神は、黒い粒子となって、消えていった。

 同時に、泥の沼も、普通の泉にその姿を変えた。


「お互い、分かり合える存在じゃったではないか! 魔神よー!


 共存共栄、出来たはずではないのかー!」


 カリンが叫ぶ。

 確かに、悪い奴じゃなかったのかも……

 千年の年月で、魔神はおだやかな精神を得られたのかもしれない。


「千年という時間は、カリンの心を歪ませたが。


 魔神の心は真っすぐになった、という事か……」


「ティムどの! 隙あらばわしの悪口を言うてないか!?


 そうじゃ! 元々歪んどった魔神の心が、さらに歪んだせいで逆に真っすぐになった……


 そう言う事ではないか!?」


「なるほど。一理ある。


 でもその理屈だと、カリンは歪んでる事を自分で認めたことになるな」


「しまったのじゃーーー!!」


 頭を抱えるカリン。

 なんだかな……


 しかし。とりあえず、これで完全に決着したな。

 魔王は消滅。代行者も去った。

 魔神の沼とその主も消えた……ユグドラシルの枝とともに。


 世界を乱す要素は、その全てが消えたのだ……

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