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第二十話 ユグドラシルの枝

 魔王は完全に消滅した。

 カリンはこの時代に残る事を決意した。

 神の代行者は去った。


 ……そして、手元に『ユグドラシルの枝』が残った。


「さて、どうしよう? これ」


 全知全能の杖だからなあ。


 言うからには、何でも出来るんだろう。

 冷静に考えると、なかなかに恐ろしい杖だ。


「わしに使え! わしを今すぐ、ティムどのと同じ年齢まで成長させるのじゃ!


 そうすれば、すぐにでも籍を入れられるじゃろ!


 未来のわし、きっとバインバインじゃぞ!」


「身体だけ成長してもなあ……体は大人、心は子供とかキッツいわ」


「わしは千年生きた女神じゃぞ! 子供ではない!


 体の成長はあの部屋のせいで止まっておるが、精神年齢は千と十歳じゃ!」


 とてもそうは思えん。

 引きこもってただけで、心の成長になる事は一切やってないからな。


「不満なら、杖の力で心も成長させればええじゃろー!」


「何もかもいじくるんじゃないか! さすがにそんな力を使うのって気持ち悪い。


 精神操作にもほどがある」


「んがー!」


「エルナは、何か望みとかある?」


「わたくしは今のままで十分ですわ。


 ティム様の後から三歩下がってついて行ければ。


 家族になれたみたいですし、これからは堂々と」


 エルナは両手を頬にあて、目をつむって恥じらいの表情を見せる。


 三歩下がって、ってそのままの意味だもんなあ……

 堂々とか言ってるし、控えめとかいう次元ではない。


 あと、籍を入れるだの家族になるだの、俺の意見まったく聞かれてない気がするんだが。

 

「人の事ばかり聞いて、お主は何を求めるんじゃ?」


 お前は聞かなくても自分から言って来ただろ……

 それはともかく、俺の望み、ねえ。


「平和になったし、冒険者稼業はそのうち畳むことになりそう。


 なら。……金?」


「夢も希望もないヤツじゃの! 現実的ではあるが」


「お金ならなんとかなりますよ?」


 エルナが妙な事を言いだした。

 そういやエルナの家は、代々聖女を輩出する名門のお家柄だったか。

 それって、俺がヒモになるみたいでなんかなあ?


 などと考えていると、エルナが何やら魔法の術式を展開しだした。

 すると地面に魔法陣らしきものが現れ、その中から……


「お、俺の像!?」


 例の『金のティム像』と『銀のティム像』が現れたのだ。


「な、なんでここにー!?」


「泉が消滅する前に、わたくしが確保しておきました。


 元々はわたくしの抱き枕がわりに使おうと思ってたのですが……


 二つありますし、片方を売るなりすれば相当の額を確保できるかと」


 とんでもない事を考える聖女だ。抱き枕って……


 こんな硬くて冷たい抱き枕があるか!


 と突っ込みたかったが、その前に疑問が一つ。


「オリハルコンもミスリルも、硬くて加工どころか欠片を切り出す事すら出来ないだろ。


 像を一体丸ごと買い取ってくれる、酔狂な大金持ちが居るとも思えないし」


 そもそもこの希少金属。

 周囲の山から採掘される年間採掘量は、1グラムにも満たないほど。


 その粉のようなレベルで、どうにか加工できるくらいだ。


「ん? ようは細かくすればいいんじゃろ?」


 突然、カリンが何でもない事のような口調で言いだした。


「エルナ姉、像を一つ換金するなら、どっちを手元に残すのじゃ?」


 えるなねえ、って。


「ええと……では、銀のほうを確保しておきましょうか……」


「なら細かくするのは金の方じゃな! とりゃ!」


 カリンは金の斧を取り出すなり、金の像の首に打ち込んだ。

 ズバン! と音を立てて転がったのは……


「お、俺の首があーーー!」


 オリハルコンで出来ているはずの像の、首と胴が泣き別れになったのだ。

 転がった首を持ち上げ、


「お主の首じゃないじゃろ。同じオリハルコン同士なら、切れ味がある方が勝つ。


 これを繰り返せば細切れにすることも可能じゃ。金の問題はなくなったな!」


 わっはっはと高笑いするカリン。

 俺の姿をしたものが細切れになっていくのを想像し、ややぶるっと体を震わせる。


「……まあ、よっぽど小さくすれば買い取り手もあるか。


 じゃあ、いよいよこの杖の使い道もなさそうだなあ」


「なら、今すぐ使わず、取っておけばよいのじゃ。


 いつか何か起こった時に、奥の手として助けになるじゃろ」 

 

 でもなあ。


 俺は代行者の言葉を思い出していた。

 神が実在すると分かれば、人間は堕落する、と。


「神の指針で、人間を甘やかさないってのがあったろ。


 俺、こういうの持ってると、頼り切りになりそうでなあ。


 つまり甘えが発生するんだ。だから、杖は……捨てよう!」


 なにー!? と目を剥くカリンを無視して、俺は思い切り振りかぶり……


 目の前にあった、元女神の泉へと放り投げた。

 杖は泥の沼の真ん中ほどに、ぼすっと音を立ててめりこみ、そして静かに沈みだした。


「ももももももったいないのじゃー!」


 カリンの叫び声が響き渡る。


「まあ……でも、わたくしもティム様のお気持ちはわかります。


 これで良かったのかもしれません」


 とエルナ。聖女はいつも穏やかで慌てたりしないな……

 これで日課とかいう、特殊な性癖がなければなあ。


 それはともかく。


 俺はあわあわしているカリンの肩をぽんと叩いた。


「まあまあ。良く言うだろ。

 

 過ぎた力は、その身を滅ぼしかねん……ってな。


 地道に行こう」


「くっ……これじゃからティムどのは! 悔しいが、実に好みの良い男じゃ!


 やはりこういう人間こそ、地に満ちるべきじゃな……!」


 一応、納得してくれたみたいだ。満ちるべきかどうかはさておき。

 それじゃ帰りますか……と言いかけた、その時。


 沼の、ちょうど杖を投げ込んだあたりから、ボコボコといった音が聞こえ始めた……


「おい……まさか。この展開は」

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